忍者と歌 後編

 新月が笑っている。しんしんたる闇夜から、剣が交差する音だけが聞こえていた。4隅の柱は、その役割を終えたとばかりにリングの外に捨ててある。魔力がつきた今、両者にあるのは魂に刻まれた力のみ。さあ、剣が舞う、あるいは手裏剣や、足元には気をつけろ。先端がいやに尖ったマキビシが眠っているぞ。


 リュウはじっとりと湿り、肌に密着してきた汗を、額だけでもと拭った。敵は強い、とリュウは認めざるを得なかった。日が出ていた頃はまだ勝ち目があったが、今は勝機が見えてこない。と、思う間もなく背後から凍てつくような殺気がリュウを覆う。後ろを見たが、何も見えない。だがいるのだ。次の瞬間、ドスッと鈍い物が、リュウがいた地点辺り辺りにから聞こえた。


「これはまずい……」


 吐くようにリュウは呟いた。ブラウン色の床は所々が削れていて、足元より先はどうなっているのか分からない。その闇の中を忍者は自由自在に走り回る。忍者の吐く荒い息で何とか居場所を特定できるリュウであった。だが、それもいつまで続くであろうか――


 不意に足音が止まる。ギロギロとリュウは体を回す。ばさーっと風が唸りを上げた。リングの外で見ているらしい、聴衆からも音が止まる。どうやら、もう一方の勝者がついたようだ。恐らく、というか十中八九コルが勝ち上がっているのは疑いがない。ともすれば自分が負けてたまるものか。リュウは、胸からこみ上げてくるものを、そのまま受け入れて闘志の燃料としていった。



 忍者がじりじりとにじり寄っていく。残された体力も少ない。ここは一発で仕留めなければ、と息を殺して忍び足で移動しているのであった。リュウに近寄りながら、忍者は考えていた。これほど強い奴に会った事は今までなかった。


 黒髪黒目さえ除けば、どこにでもいそうな平凡な少年。その生涯を全うするなら、戦いに身をおく事はなさそうな優しそうな面構え。しかし、一たび戦闘に入ると信じられぬ強さを誇る。確かに技は多い。魔法も使えるし、剣の腕も中々だ。


 だがそれよりも。強いのはそれらとは違うところ。リュウは時折にやりと笑うのだ。戦いを楽しんでいる。死の狭間を行き来しながら、冥界に何度も落ちそうになりながらもそれを怖がるそぶりもなく、ただただ戦い続けている。それはまさしく、神が手助けしているかのような、そんな錯覚。


 そう、忍者は震えていた。このままでは負けてしまう。この男に屈服してしまう。それだけはいけない。故郷の皆の為にも負けるわけにもいかないであった。




 リュウが身構えたその時、忍者の気配をようやく感じ取った。方角は南東、すぐにリュウは剣を異空間へと突き刺す。グン、いやゴンか。ともかく剣の切っ先と面の部分がぶつかった。それだけで、両者は外へと飛ばされそうになる。リュウは不安定な足で衝撃に耐えて再度攻撃を仕掛ける。刃先を頭より上へとあげて、リュウは一心に剣を縦に線を描いていく。彗星のごとく儚くきれいな一本線。俗にいう唐竹割りと呼ばれる剣技の一つである。空間を切り裂きながら放たれた攻撃は、ようやく忍者の体に赤を混じさせる事に成功した。


 忍者が苦痛に呻いた。よたよたとまるで幼児のように蹲っている。傷口はそれほど深くはない。しかし、出血が止まる程浅くもなかった。痛みが神経を焼き付くように広がり、脳が降参の指示を出している。だが、


「せいっ!」


 自らを呼応させるように、忍者は体を一発強く叩いた。げほっとグロテスクな血塊を吐きながらも、戦う事はやめられない。これはもう、そんな事で終わっていいはずがないのだ。散るなら花のごとく散ってしまえ。忍者は鬼神に魅入られたように気高く立ち上がった。その目は先ほどの忍者とはかけ離れたものだった。



 暗闇とは言っても断続的に匂いが漂ってくるならば、場所は丸わかりだ。そして案の定、忍者は姿を現した。暗くてはっきりとは分からないが、もう長くは戦えないようにリュウは思う。肩をかすめて腹の肉を少し割いて、出血は動くならば止まるはずはない。人間の血液量は約5リットル。無論個人差はあろうが、忍者の体格を推し量るにこのぐらいが妥当である。もって30分、いや、相手が負けを認めるまでリュウは斬る。非情だからではなく、真に相手を尊敬するから斬るのだ。


「随分と辛そうだな。降参したらどうだ」


 一応、リュウはそう提案した。忍者はその言葉に激怒したようだ。


「拙者! 敵に情けを駆けられる程落ちぶれてはおらぬわ!」


 きっぱりと言い切ると、膝を曲げて跳躍した。血がドバドバ出ているが、苦痛に顔を歪めながらも忍者はリュウに刃を向ける。また、リュウも横なぎの構えをとる。二人は深い夜の中、確かに交差した。その結果、忍者は地面に立ちリュウは地に伏せる。


 忍者は笑った。


「やった。勝ったでござる――」


 しかし、それは長くは続かなかっ。膝は笑い、足は落ちる。頭は月を見上げて、忍者は愉快そうに頬に無理やり笑顔を作らせる。それに這いよって来るものが一人。剣はおとりであった。忍者は拳でリュウの胸部を殴ったのだ。肋骨が何本かは確実に折れている。しかし、まだリュウは動ける。血が出るほどに、握りしめた剣を片手にずりずりと近づいてくる。


 新月は相も変わらず笑っている。と、忍者は故郷の事を懐かしむように涙ぐんだ。ああ、無常。すまない故郷の皆達よ、金は持って帰れそうにない。それどころかここで無為に命を終えようとしているのだ。ああ、しかし、だ。それほど悲しくはない。これほど強い男に会えたのだ。もう満足だ。



 やがてリュウはたどり着いた。これで戦いは終わる。ハーピーが見えないが、彼女に戦意が喪失しているのは分かり切っていた。リュウが剣を逆手に持ったその時、こんな歌が聞こえてきた。


「ラーラララ~ラララ~ラー」


 からころと鈴を転がしたような優しい声。どこか、懐かしさを思い出させるような、そこでリュウははっとした。忍者はもう戦えない。ならば殺す理由がどこにあるのか。リュウが剣を収めると、忍者は浅く笑った。


「どうした……? 早く止めをささぬか」


「いや、もう勝負は終わりだ」


 忍者の顔が怒りで曇る。血をペッと吐くと、リュウに鋭い眼光を向けた。


「このままのうのうと生きていられるか。拙者は故郷の民を救わねばならぬ」


 リュウが訳を正すと、忍者はこんな感じの事を述べた。故郷は貧しく食う者もない。村の皆は自作農で助け合っていたが、魔王のせいで農地は荒れ果て、神のご加護はなくなったのか雨は降らなくなった。元来貧乏な村。そこで思い立ったのが、忍者、サスケであった。忍者の跡取りとして育てられてきた彼は、自分が賞金を稼いでくるいって村をでていってしまったのだ。


 リュウはそれを黙って聞いていた。うんうんと頷くと尋ねた。


「どれくらい聖金貨が必要なんだ?」


「聖金貨50枚あれば村を復興させる事ができるそうだ」


「なら、やる」


 そういうと、リュウは忍者を押した。ずずっと地面を擦りながら、忍者はあっけなくリングの外に落ちた。瞬間、遠くからティア達の声がほのかに聞こえてきた。今夜は彼女達の存在がやけにありがたい。微笑む月を背景に戦いは幕を閉じるのであった。闇が近づいているとも知らないで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る