忍者と歌 前編

「5人いるじゃないか!?」


「何を拙者は一人でござる。これは拙者の忍術影分身なのだ」


「何か腑に落ちないなぁ……」


 一回戦こそ苦戦したものの、その後は順調に勝ち上がっていったリュウ。これに勝てば決勝戦という所まで来ていた。戦いで魔物を倒した大量の経験値によって、リュウのレベルも80に上がっている。肩の上ににゅるっと乗っているスーちゃんの機転によって、助けられた事もしばしばであった。


 しかし、準決勝の相手は一筋縄ではいかなそうだ。敵は忍者とハーピーであるが、どういう事か忍者が5人いいるのだ。いや、本人は影分身だと言っているのだが、リュウから見れば5人にしか見えない。蝋色の頭巾と忍び装束に身を包んでいる姿は闇に紛れると、判別は難しそうだ。日は地平線の少し上あたりをふわふわと浮いている。世界が暗闇と同化するまで、半時ぐらいかと思われる。



 今日の戦いはこれで5回目、これを倒せば明日はついに決勝だ。さあ、ここが踏ん張り所、とリュウは戦い前の最後の水分補給を終わらせるであった。



 リングにてハーピーがパタパタと白色の羽を動かしていた。容貌は可愛らしい少女、しかし、しなやかな脚先に掴まれたら離すのは容易ではない。リュウとて相当の苦労を覚悟せねばならないだろう。


 さあ、鐘がゴーーンと鳴り響いて試合開始だ。


                     ▽


 敵はここまで完勝。相手に攻撃すら触れさせないで勝っている。それは忍者の素早さとハーピーの空中攻撃にある。地では忍者の速さに難儀して、かといって空中ではハーピーが風魔法を放ってくる。疑似台風を瞬間的に発生させるのである。


 前述したように、この世界では空を飛べる者は殆どいない。揚力の概念は今だ発見されていないのである。つまり、飛行機はないので、空を飛ぶには魔物の手を借りるのが一般的なのだ。


 リュウはそこまで考えて、まずは敵の隙を探る事にする。忍者がリュウの視界で消えたり見えたりする。後ろと思えば前にいたり、忍者に気を取られていると上から魔法がリュウに襲い掛かる。リュウは右に飛んで逃げるが、その瞬間にわずかなスキができてしまう。忍者の残像がリュウを覆い隠していく。リュウの影と忍者の影がぴったりと張り付き、忍者刀がリュウの腹に突き刺さる――



 と思われたが、忍者の感触はぬるぬるした感じであった。リュウは剣を足場に体の向きを変えていたのだ。忍者の剣はスーちゃんの体を貫くが、死傷には至らず。即座にリュウが傷を癒して忍者から距離をとった。忍者は驚いた様子で、てかてかと光っている剣を茫然と見つめていた。


「ちょっとぉっ、しっかりしなさいよ!」


 愛らしい見た目から毒のある声が漏れた。声の主はハーピーだが、彼女は忍者を睨んでいた。ハーピーから風魔法が地面に発生する。不意を突いたつもりだろうが、リュウは難なくかわす。後ろにバク転しながら忍者から距離をとる。それを見てハーピーはさらに、怒りの色を増していく。


「すまぬ。何分あ奴は一筋縄ではいかないようでござる」


「確かにあいつは強敵みたいね。なんせスライムを使いこなしているんですもの。あんな奴に負けたら、私達ばかみたいよ!」


「同意でござる。こうなったら奥の手を使うでござる」


「そうよ、やっちゃいなさい!」


 忍者がリングの中央に立つと、一人に戻った。手を合わせて、呪文を低い声で唱え始めた。


「イ黄、イ紫、火青、土黒!」


「何をいっているんだ? ……はっ!」


 なんと、リングの柱が取れてしまった。不安げにハーピーは審判を見るが、お咎めがないのでにっこりとした。戦いは魔物と共に戦えば何でもあり、場外に落ちるか、降参しない限り何をやっても問題はないようだ。



 ともあれ、柱がリュウに押しつぶさんとゴオオッと、落ちてくる。しかし速度はミノタウロス並。リュウはあっさりと交わして、忍者に向かっていく。剣を首に当てて、降参させてしまえばそれで終わりだ。リュウが刀を首筋に添えようとした刹那、後ろから『柱』がやってきた。


「はっ!? ど、どうなってんだ!」


 思わず声を上げて、宙へと逃げてしまったリュウだが、すぐにそれは迂闊だと気付いた。ハーピーは獲物がきたとばかりに、にっこりと笑ってリュウの頭ををその長い爪で掴んだ。


「ばかねぇ、ハーピー相手に空で戦おうなんて。さあ、首をおられたくなかったら参ったと言いなさい」


「だ、誰がっ! うぐっ!?」


「あら、強情ね。でも無駄よ! それとも気絶するまでこうしてあげようかしらね」


 ハーピーはAランクではあるが、脚力は魔物界でも随一である。しなやかや脚から出される締め付けは一種の魔術であり、攻撃をくらったものは戦力をそがれてしまうとか。繁殖期になると、ハーピーは好意を寄せているものをこうやって自分の巣に連れ帰ると、ギルドの魔物図鑑に書いてあったのをリュウは思い出した。しかし時すでにおそし。万事休すである。


 ニラの技『反射』は今日は使えない。前回か、前々回で、ワイバーンを倒すときにつかってしまったからだ。だとすれば、リュウがこの状況を打破するのはあの手しかない。だが、あの手を使うと後々面倒な事になりかねないが、果たしてリュウは決断したようでハーピーの足を掴んだ。


「やだっ! 何してるのよ! やぁっ、そんなとこ触って……ひぅっ!?」


 リュウは足、正確には足の近くでパタパタと羽音を立てている羽を『吸血』した。世奈がリュウにした技であるが、リュウはあの後、こっそり技を習得していたのだ。ちなみにこの技を使うのはおすすめできない。なぜなら、異性に使うと大変面妖な事になってしまうのだ。


 ハーピーは力を失い、地面に落ちてしまう。忍者が念力を止めて、慌てて駆け寄ってくるが、どうした事か彼女の瞳は潤んでいた。頬はぽおっと熱に浮かされたように、真っ赤に染めている。その視線の先はリュウである。これにて、ハーピー脱落である。後は忍者を倒すだけだ。


                    ▽



 地平線はとっぷりと地平線上に浸かっているが、今にも落ちそうだ。闇は忍者に無限の力を与える。というのは言い過ぎではあるが、現状より良くなる事はない。リュウは空を飛んで、上から黒魔法を射出していく。大砲から鉛まで、多種多様な弾が音速で忍者に迫る。が、当たったのはブラウン色のリングだけで、瓦礫が出来ただけであった。上からは柱が4本、不規則にリュウに当たらんと動いている。縦横無尽に空を飛んで、回避していくがこれではキリがない。



 そうして、無為に時間を浪費してしまい、ついに夜が到来してしまった。忍者の姿が闇に溶け込んで見えなくなっていく。この時、鐘がゴーンと鳴った。1時間が経過したのだ。戦いはこれから正念場を迎えるだろう。

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