ミノタウロスの正体

 スライムとは最下級の魔物に位置している。それはこの世界の誰もが認識している事実である。どこの世界も弱肉強食、殊に魔物に関しては基本的に下は上に勝てないのだ。と、リュウはブラウン色の闘技場の上で何度も考えていた。


 ドラゴンとの一戦で大会の開催時刻が遅れはしたが、結果として開催はされるらしい。トーナメント式の敗者復活戦はなし。勝てば聖金貨100枚得られるのだ。もし勝てたら今後の軍資金の足しになるだろう。リュウの考えでは、この国で商売をしようかなと、そして金庫屋でも作るつもりでいるのだ。


 が、スライム。スライムである。今大会は魔物と共に出るので、リュウも出るのだがこれでは1vs2で戦うようなものだ。とても勝ち目はない、ないが、所持金もない。それに、リュウが負ければコルとドラゴンのコンビが勝つのは自明の理である故、リュウは負けるわけにはいかないのだ。拳を音が鳴るほど強く握りしめると、リュウは対戦相手を確認した。


 紫色の巨体に手には古びた棍棒。ちょうどミノタウロスの腹がリュウの頭と同じくらいの高さである。筋骨隆々の体躯から振り下ろされる一撃を食らっては、とてもまともではいないだろう。ミノタウロスはBランクの魔物に登録されていて、性格は狂暴で目につくのを手当たり次第に襲うとか。だからミノタウロスを懐柔するのは高位の魔物使いにしかできない。つまり、今回に限ってはサシで戦えるというわけである。


「貴方が対戦相手……?」


 藍色のフードを頭まですっぽり覆っているので、顔は見えないが高い声からすると女性のようだ。ミノタウロスを見ていたリュウも、頭を自然に下げる。


「俺はリュウ。お互い、悔いの残らないように戦おうな」


「うん。でも……負けないから」


 どうやら負けず嫌いのようで、女性の口調には力があるように感じた。鐘がゴーンとなって、両者は向かい合って、試合開始の鐘を待つ。魔物使いは魔物を自由自在に操れる分、自分で攻撃はしてこない。魔物の制御に魔力の大半を使うからだ。という事はリュウはミノタウロスを倒す事だけに集中すればいいのだ。リュウは剣を握ると、神経を研ぎ澄ませていった。



 ▽ 


 最初はリュウが押しているかに見えた。リングの柱を巧みに使い、ミノタウロスの体に切り傷の後を増やしていき、自身にはダメージは与えさせない。大ぶりの棍棒はリュウからすれば止まっているのと同じである。確かに、見た目はリュウが圧倒的優勢。だが、事はそう簡単にはいかなかったのである。


「ハァッ、ハァっ。くそっ、まさか全然効いていないのか?」


 息が切れて、ミノタウロスから距離をとってしまうリュウ。胸を押さえて肺に空気を供給していくが、その間も敵は待ってはくれない。隙を見ては何度も攻撃を加えるが、血が出ても魔物はうろたえたりしてはくれない。リュウが倒れるまで、攻撃を続けるだけなのだ。


「無駄……この子は私が特別に育てた特別なもの。貴方はとても強いけど、やっぱり勝てない」


 女性の口調は相も変わらず無感情だ。大ぶりの攻撃を飛んでかわしながら、


「けど結構効いてるみたいだけどな。奴の攻撃は俺には当たらないぜ」


 リュウは答えた。リングのどこを逃げてもミノタウロスは殆ど動かない。その巨体をぐるりと回すだけで、リュウの動きを捉える事ができるからだ。リュウは遠くから魔法を放つ。『吸収』で会得した跳ね返し能力を使うための時間稼ぎである。ただ、ニラは永久に使えたがそれは魔力あっての事である。リュウではもって30分くらいか。



 大ぶりの棍棒が物凄い音と共に風を巻き込んでリュウに襲い掛かる。しかし、リュウはそれをあえて避けなかった。手をかざして意識を集中させる。


「観念した……? ……え?」


 リュウが棍棒に潰されそうになった刹那、女性は目を閉じていた。自分が命令したとはいえ、目の前で起きるだろう惨劇を見たくないからだ。が、目を開けると女性は別の意味で驚くことになった。


「攻撃が跳ね返っている? どうして?」


 ニラの能力は無事に使えた。全力の攻撃をそのまま受けたミノタウロスは始めて、体のバランスを崩して頭を押さえている。その間にリュウはミノタウロスの手を斬ろうと残った力の全てを剣に注いでいく。天高く飛び上がり、弧を描くように体を舞わせてその腕を根元にあわせる。ミノタウロスはまだ呻いていて、リュウの存在には気づいていないようだ。


 が、リュウの攻撃は遠方から飛んできた炎弾によって遮られてしまった。予想していない攻撃に、集中力をかき乱されて剣がその力を失う。同時に、ミノタウロスが体を戻してしまった。千載一遇のチャンスは不意の、まさかの女性の魔法攻撃によってなくなってしまった。



 ▽ 


 リュウを覆う透明の膜が消えてから、勝負は再開された。この間にリュウが失った代償は大きい。魔力の枯渇。体力の消耗。それに、1vs2になってしまった事である。スーちゃんはどこにいるのか、誰も知らなかった。もしかしたら攻撃の最中に場外に落ちたのかもしれない。まあ、それはおいおいわかる事であろう。


 女性は意外そうな顔つきを、フードから覗かせた。その目には羨望と嫉妬。そして優越感が込められていた。女性は極小の氷塊をリュウに飛ばす。リュウがさっと逃げたのを見て、ふっと笑った。


「どうやら手品の種は尽きたようです。……それでは終わりにします」


 もはや返す言葉もないのか、リュウは荒い息を繰り返している。その時ゴーンと鐘が空しくなった。これで3回目。すなわち、戦いが始まって3時間が経過している。にもかかわらずミノタウロスに疲れた様子はない。まるで機械で動いているような、そんな気さえしてくるくらいに。



 再度棍棒が振り下ろされる。リュウは何とか攻撃をいなして見せた。しかし、すぐさま攻撃がくる。単調な攻撃故に、しのぐのは容易ではない。柱をばねに見立てて、何とか宙に活路を見出した。直後、落下の衝撃を上半身に受けて、苦痛にリュウは呻いた。が、すぐさま立ち上がり次の攻撃を捜す。




 心なしか棍棒の速度が増しているようにリュウは感じる。周りの空気もどことなしかおかしい。まるで歪んでいるような、リュウは頭を激しく振って視界を正す。憔悴しきった顔でミノタウロスを睨むと、ギリッと歯を食いしばった。リュウは考える。何か、何か策はないか。敵はまるで機械のように正確に攻撃を仕掛けてくる。そう、まるで機械のように。


 その時、地上でこんな声がした。


「ピーーーーー!」


 リュウが見上げるとスーちゃんがミノタウロスにくっついていた。しかし、あっけなくはがされ、地面に落ちてしまう。重い両手を差し出して、リュウはスライムをキャッチする。


「ピーーーーー!」


 先ほどと同じ声。リュウはそう感じた。そこでもう一度頭上を見上げる。雲にまで届きそうなミノタウロスのちょうど胸部分。そう、スーちゃんがひっついていた部分に光った物が見える。青白く光って、継続的に点滅しているそれは、まさに魔力石に相違ない。


「なるほど……これは勝ち目があるかもしれねえな」


「ピー! ピッ! ピゥ!」


「よしよし、でかしたぞスーちゃん」


 誉めて、と言わんばかりに手をすりすりしていくスーちゃんにリュウは手を当てた。ひんやりとした感触に喜びのダンスが加わったのか、青いスーちゃんに赤みが増す。リュウはスーちゃんを肩に乗せると、残された力を使って最後の攻撃を始めた。


「もう終わりです。……結構楽しかったですよ」


「どうかな。まだ勝負は終わってない」


「しつこい男は嫌われますよ。さあ、ミノタウロス始めなさい」


 やはり機械のようにミノタウロスは動き出した。そして、胸が一瞬光るのも確かだった。棍棒が振り下ろされると、リュウはその腕を利用して空を駆けていった。雲で落下して頭に着地すると、今度は垂直に走っていく。ミノタウロスも負けてはいない。ごつごつした体をよじって、何とかリュウを振り落とそうとしている。見えないリングからは魔法攻撃がリュウの肩をかすめていく。


 それでも、リュウはたどり着いた。残されたのは剣一振り分の力のみ。それをふんだんに使って剣をミノタウロスの胸に突き刺した。瞬間、機械の化け物から嗚咽が漏れる。そして力の源を失った元ミノタウロスはその姿を曝け出していく。出てきたのはなんとゴブリンであった。無論、その後はリュウの人蹴りで試合は終了となったのだった。


 リュウ、一回戦勝利で飾るのでありました。

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