神道

  さて、翌日。朝早くからリュウは急用が出来たと宿屋から姿を消した。元々ティア、世奈、桜美の3人は大会に参加する気はないので、若干の寂しさを覚えながらも仲良く街をうろついていた。


魔物王決定戦(尤もリュウは大会の内容はまだ知らないのだが)のせいか、街には魔物が溢れかえっている。ひらひらと空を駆けるハーピーに、目に着いた人に難問を問いかけるスフィンクス等はもう何匹見た事か分からない。


 事が起こったのは昼頃であったか、3人は偶然にもコルと出くわした。というのは、もうすぐ予選が始まるからである。時間開始は午後二時きっかり。リュウは今になっても現れていない。気まずさからか、すすすと身を隠す女性陣だが、


「おや、君たちはリュウと一緒にいた人ではないか?」


「アハハハ、……どうも」


しかしあっさりとコルにばれてしまった。


「いやいや気にしてないよ。悪いのは全てリュウなのだからね。君たちはリュウに無理やり手伝わされたのだろう?」


「いやぁ……なんといいますか……その」


 さしものティアも返しようがなく、困ったように肩をすくめてしまうがコルは我関せず、といったように一人で納得していた。エリは近くにはおらず、コルが言うにはまだ寝ているのだと。


 それから一時間が経過した。リュウはまだ現れない。その時、ゴーンとドラが打たれる音と共に出場選手達は魔物を受付に見せた。魔物にドーピングを仕掛けていないか検査するためである。つまり、もうすぐ大会が始まる事を意味していた。コルも御多聞に漏れず黒い大きな袋から魔物を出していた。ヘルドラゴンが顔を出したのを見て、選手たちは目を奪われてしまった。


 ドラゴンの高さは10メートルを超えようかという程で、歩くだけで地面がどしんと揺れた。黒色の鎧を全身に纏っているかのように、キラキラと神秘的に光っている。対照的に眼光は刺すように鋭く、実際魔物の何匹かは本能的に逃げ出してしまった。最恐にして頂点の魔物、それがヘルドラゴンなのだ。


 噛まれたら骨まで持っていかれそうな牙をカチカチと鳴らして、ヘルドラゴンは(以下ドラゴンと呼ぶ)よだれを数滴たらすと、けたたましい咆哮をならした。


 しかし、様子がおかしい。目を血走らしているように見えるが。コルはコルで、焦った顔を惜しげもなく晒している。じりじりと離れていく見物人に、ドラゴンもギロリと見回した。ひっ、と悲鳴が漏れるが、それはティア達も同じ。ただ、彼女達はか弱くはないだけだ。数秒を貯めてから、ドラゴンが飛び上がった。狙いの方向はなんとティアである。


「えっ、い、いやああああああああ!」


 身を翻して最初の攻撃は避ける。ドラゴンは天性の素早さですぐに反転して、ティアに目を据えた。ドラゴンを倒せるのは勇者だけ、とは昔の伝承だがまんざら嘘でもないようだ。事実、こんな化け物を倒せるのは確かに『勇者』という化け物じみた力がなければ不可能であるように思われる。


 ティアの目から涙がこぼれる。体は震えて立っているのがやっととなる。顔は青ざめているが、気持ちが絶望に染まってはいないようだ。そこに、ドラゴンとティアの間に割って入るのがあった。額に手を当てて、


「しょうがないよなぁ。ドラゴン用の餌が全部盗られちゃったし。おーいヘル! 大会で勝てば餌を買ってやるからもう少し我慢してくれ!」


苦笑いを浮かべながらコルがドラゴンの頭部を撫でる。ドラゴンは嫌そうにコルの手を払い飛ばすと、またも咆哮をあげた。狙いはティア、ではなくティアのリュックである。中からドラゴンの食欲を刺激する匂いが漂っているのだ。ドラゴンの嗅覚は人間の数倍もあるのだ。


「ギィャアアアア!」


震えさせる為の大声にティアもびくっとしてしまった。そしてそれはドラゴンの絶好の機会となる。目にもとまらぬ速さでドラゴンのごつごつした手が、爪がティアに襲い掛かる。万事休すか、誰もがそう思い目を閉じたその時、ドラゴンの腹部に赤い鮮血が刻まれた。


「怪我はないかティア!?」


「リ、リュウ様。あのドラゴンが急に!」


「ようし、もう大丈夫。後は俺がなんとかするから後ろに隠れてな」


リュウであった。ここに来た所で、ティアが襲われているのに気づいて無我夢中でドラゴンに斬ったのだ。安堵の気持ちで泣きじゃくるティアを背中越しに感じながら、リュウはドラゴンを睨む。先ほどの傷は修復され、見た目上は無傷に戻ってしまったドラゴンだが、ダメージは大きかったようで、すこしよろめいていた。それでもドラゴンとしては、人間にいいようにされるのは気に入らないのだろう。戦闘が開始されようとしている。


「リュウ! 貴様今頃出て来よって」


コルが剣を抜いて、リュウの隣立った。大会に勝つため、それと魔王から無断で持ってきているので、殺したくはないのだが、このままではいけないと思ったのかコルはドラゴンを半殺しにする事にしたのだ。リュウ目にも殺意がこもる。


「どうして、ティアを殺そうとした?」


言動次第では容赦はしない。そういった雰囲気をコルは感じ取った。情けないことに少し声が震えてしまう。


「そ、そもそも! 貴様がドラゴンの食べ物をとらなければこんな事にはならなかったのだ。人の物を盗んでおいてよくぬけぬけと言えるな」


そういわれるとリュウも辛い。おまけに、急に腹の調子がわるくなったような気がしてきた。


「ま、まあ。過ぎた事は忘れようや。それであの化け物はどうするんだ」


「ううむ、何か食わせる物があればいいのだが……!」


コルはリュウが今まさに、手に持っている串焼きに目を輝かせた。焼いているのはオークの変種。肌が金色で魔物故栄養はないが、味は格別なのだ。口の中で蕩けるかと思えば外はサクサクで、なにより噛む事に味が変わっていくように感じられるのだ。お値段、なんと銅貨2枚。リュウはこれを買う為に朝から、行列に並んでいたのだ。


コルは指を3本たてる。


「銅貨3枚で買おう!」


「俺は6時間も並んだんだ。金貨5枚だな」


「金貨などとっくに尽きた。銀貨5枚で!」


「その剣高そうだな。それと交換なら一つでいいぞ」


「だ、ダメだ! これは代々伝わる伝説の剣だぞ。それを、串焼きと交換なんぞとんでもない。見ろ、あの飢えて苦しそうなドラゴンを。可哀そうだと思わんのか!?」


「思わん」


 あっさりとリュウがいうものだから、コルも唖然としてしまう。ドラゴンはだんだん近づいてくる。銅貨3枚と売れば大金となる名剣と交換するしかないのか。コルの脳内で激しい論争が巻き起こる。やがて、コルは屈辱に歪んだ顔を見せながら、リュウに鞘ごと剣を渡した。リュウはひょいとドラゴンに串焼きを3つ投げてやった。



リュウの背中に顔を押し付けていたティアに、残った一つを渡した。幸せそうな顔でティアは食べていく。

温かい感覚が脳を捉えて離さないのである。にっこりと笑うと、満面の笑みで、


「リュウ様! ありがとうございますっ!」


「…っ! い、いや当然の事をしただけだよ」


 二人の身長はティアの方が低いので、ティアからするとちょうど見上げる格好になる。ティアの嬉しそうな表情、純粋な気持ちにリュウはティアを可・愛・い・と思ったのだった。戦いの最中で木が揺れたせいか、花びらがゆらゆらと空を舞った。それは、遅く咲きすぎた桜の花のように、綺麗であった。



「リュウちゃ~ん?」


「兄さま?」


「うわっ!? こ、これは、その」


「言い訳無用! お仕置き~!」


 その後、どうしか世奈と桜美の二人に追いかけまわされる事になるリュウであった。余談ではあるが、コルの剣を売りさばいた所、鑑定額は銀貨2枚であったそうな。コルが自称名剣を取り返す為に、世界中を捜す旅に出ることになるのだが、それはまた別のお話しである。

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