魔物王決定戦
それから数日、一行はアルト王国に着く事ができた。濃い褐色色の門の前には溢れんばかりの人だかりがある。彼らは一様に袋から『魔物』を取り出して、受付の人が魔物に呪文を唱えていた。弱体化の魔法でもかけられたのだろうか、魔物は見るからに衰弱してぐったりとしてしまった。
「あれが大会の受付かな?」
「しかし、なんでみんな魔物もってきてるんだろ?」
リュウと世奈は互いに首を傾げた。そもそも、魔物が街に入って大丈夫なんだろうか。考えれば考える程分からなくなるが、一行はとりあえず列に並んだ。
未だ季節は夏。風呂はなんとかなったが、衛生面は完全にはカバーできない。風呂という概念はこの世界ではあまり浸透していない。時代が中世に似ているだけあって、やはり価値観も現代日本とは異なるであろう。
「うぅん、熱いです」
あまりの暑さにティアは顔をしかめた。頭からは汗が滝のように落ちていくので、拭う意味もないのだ。水が無かったら、大変だっただろう。水をくれたコルに一行は深い感謝をするのであった。
「次の方どうぞ~」
「あっ、はーい!」
世奈の快活な声につられるように、一行は前にでた。その時、リュウの瞳の色が変わってしまう。ぼうっと見とれているリュウに、受付嬢は怪訝な顔を顔に出した。
「どうされました?」
「ああっ、いや、何でもないです……」
さらりと金髪の髪が揺れる。ただ、それだけの事でリュウの心は動かされてしまうのだ。どうせなら、このままこの時間が続かないかな、なんて思っているリュウだったが、そうは問屋が卸さない。
「リュウ様? 何をしているんですか?」
声は後ろから。氷のような視線を背中越しに感じて、リュウは思わず身震いしてしまう。恐る恐る振り返ると、般若のような顔をしたティアがそこにいた。対照的に悪魔的な程に笑みを深める二人の天使も。
「いや! なんでもないよ!」
ああ、どうしてこうなるのか。リュウは思わずにはいられない。せめてもう少し、おしとやかになってくれればいいのに。例えば目の前にいる金髪幼女のように。しかし、そんな事は口が裂けても言えないのだ。この間は何とか収めたが、今度は命がいくつあっても足りないかもしれない。命が無限にあるのが、この場合はデメリットであるのだった。
断っておくがリュウはロリ〇ンではない。ただ、心の安定がほしいのだ。彼女達は容姿こそ可愛いのだが、普段の性格も申し分ないのだが、ヤンデレモードに入ると途端に周りが見えなくなってしまう。だが、リュウは諦めない。いつの日か、3人のヤンデレを治してみせるのだ。その為に、ヤンデレでない女の子を3人に見せる必要があるだけだ。決してヤンデレじゃない女の子と仲良くなりたいわけではない・
「貴方様も大会参加希望ですね」
「ええそうです」
「では、参加料として銀貨5枚を。それと、魔物はお持ちですか?」
リュウはやはり首を傾げる。ティアを見ると、まだ起こっているのかむっすりとしながらも、スーちゃんを渡してきた。受け取ったリュウは受付嬢に見せる。銀貨5枚は安い。なんせ優勝すれば聖金貨100枚なのだ。洋紙に何やら記入した受付嬢だが、終わるとリュウに微笑んだ。
「これが参加証です。失くしますと、再発行はできかねますのでなるべくなくさないようにお願いします。
大会は明日正午から行いますので、指定の場所に向かってくださいね。それでは、次の方~」
受付も終わったので、一行はスーちゃんを街に入った。スライムに弱体化はしなくてもいいだろうとの事である。どうしてか、
「あんた、これで戦うのかい? やめといた方がいいよ」
「そうだよ。痛い目見る前に辞退したらどうだい?」
忠告されてしまった。どうもコルのよれよれの案内状は所々すりきれているのがいけない。あれでは、読み解くのも一苦労だったのだ。まあ、食料はうまかったから、一行は文句はいわないのであった。
街に入ると、メライ王国とはまた違った光景が広がっていた。尖った耳に、にょろんと伸びった尻尾。やけに体がごつい男もいれば、ローブを被った人もいる。至る所で商売がなされ、一行が見た事もないような食べ物がたんまりとおいてあった。つまり、
「おおぉ、エルフだぁ~! あっちには獣人がいるぞ! やっと異世界に来たって気がしてきたぜ!」
リュウのテンションも上がりまくりだ。なんせ、メライ王国ではいきなり奴隷スタートだ。ハードモードもいいとこである。
さて、一行が宿を見つける事が出来た時、日は沈みかけていた。借りた部屋は2つ。
「兄さまと一緒がいいです」
「私も、私もそれがいい!」
という、怒涛の口撃に打ち勝ち手に入った自由。神殿の時の魔物退治で金はあるようで、世奈達はしぶしぶといったように街に溶け込んでいった。聞けば、銭湯にいくのだとか。たしかにここ数日は、衛生的にいい環境とはいえなかったし、気分転換にもちょうどいいだろう。そう思ったリュウも銭湯に向かうのだった。
混浴ではない。リュウは男湯で疲れを癒していく。桶を被って少し熱めのお湯を頭から被ると、心から温まるようだ。惜しむらくは石鹸が少ししか使えない事ぐらいで、のんびりとお湯に浸かるのであった。周りには人は殆どいない。銀貨1枚で風呂にはいれるが、やはり庶民向けではないようで。かくいうリュウもティアから金貨を貰ってきているのだから、人の事はいえないが。
「借金がありますから、無駄遣いはいけません。何か必要な物がありましたら、私に行ってくださいね」
「じゃあ、遊んでくるからお金」
そういったリュウが地獄を見たのはいい思い出だ。いやぁ、あの時は怖かったなあ。なんて、すばらしい思い出に思考を巡らしていると、女性の声が。どうも声の主はティアのようだ。黙って聞くのも悪いと思ったのか、リュウは風呂を終わらせた。
「はぁ~、さすがに野宿暮らしを続けるのは疲れましたね。温泉なんて、久しぶりです」
「ホント、ほんと! にしてもリュウちゃんには困ったよっ!」
「全然私達の事目に入っていませんね」
はぁ、と3人はため息をついた。リュウが好きと言ったのは方便なんて、事はわかっている。それでもいいのだ、愛は奪い取るものなのだから。一緒にいればそのうち、勝手に恋が芽生えるもの。そう思っていたのに――
再度、3人はため息をついた。しかし、まだ時間はある。まずは、私に惚れさせてしまえば後は何とかなる。今のところ条件は互角。問題は、
「世奈さんって、意外とおっきいんですね。ほぅら、こんなにも」
「わわっ! 大きくっても邪魔なだけなんだもん……」
桜美が自分の胸をさすってみるが、反応は薄いようだ。
「どうせ私は胸がないですよ、ええ分かってますとも」
「あ、ごめん」
その後、すねた桜美を撫でてあげる世奈とティアが湯気の中にありました。
「お客さん、もう時間ギリギリですよ」
夜、ボロボロの男が門の前に現れた。地図がない状態でよくこれたものである。コルは賞金を得る思いのみで執念で場所を探しあてたのだ。エリが銀貨5枚を受付に渡して袋を開いた。袋は魔法式の特別袋だったようで中からは超大型のドラゴンが地面に降り立った。受付嬢もさすがに驚いたようだ。
「こ、これはSランク指定の超危険モンスターヘルドラゴンじゃないですか!? もう既に絶滅したときいていましたが、これは一体……?」
「フフフ、それは人間の中での話です! 偉大なる魔王様はペットとして、ドラゴンの一匹や二匹を飼っていにゃ!」
うっかりばらしてしまう所だったエリの口を、コルは慌てて塞いだ。
「魔王様……?」
「と、いう設定なんだ。すまんね、この子は旅の疲れで気が動転しているのだよ。ドラゴンは『たまたま』見つけただけだよ」
「まぁ、かわいそうなお方」
同情の目を向けれられるエリであった。弱体化の魔法を100回かけて何とか、眠ったヘルドラゴンを袋に入れて、コル達は街へと入っていく。残された受付嬢はふと、嘆いてしまう。
「最弱のスライムと最強のドラゴンの対決ならどちらが勝つのかしらね……?」
その声は風がヒュゥとかすめ取ってしまい、誰も聞き取れなかったようである。
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