決闘編 魔王のレベルはいかほどか?
冒険者の資質
リュウ達が最初に向かったのは太陽の昇る方角、東であった。メライ王国とフセイン王国との距離間は、馬車で数日とかからない程近いのだが、実はこの世界は意外と広いのであった。魔王が治めているフセイン王国の近くに好んで住むような酔狂な人間は少ないのだ。 一行が金貨10枚を支払い馬車を買って早五日。遂に恐れていた事が起こってしまったのだ――
「飯がぁ……飯が何もない……」
「まさか商人が誰も通らないとは、辺りに人の気配はありませんし困りましたね……」
「リュウちゃん……食べていい?」
「もう骨しか残ってないけどそれでいいなら」
空腹の為か、一向にも元気が見えない。世奈はリュウの肩にカプリついたが、そのままもたれかかってしまった。物音がする度に振り返るが、見えるのは魔物だけだ。魔物を食っても栄養は取れないのだ。
そう、飯が尽きてしまった。まさか馬を食う訳には行かず、ヤギではあるまいし、草を生かじりするのもなんとも。転移魔法で戻ると、また一からやり直しになってしまう。水は川の水をろ過して、何とかなったがもってあと二日と言ったところである。
「キキャ、キキキ! キキキキ!」
さりとて、このままではどうしようもない。そう思ったリュウは目の前で煽るように踊っているサル型の魔物を食べる事にした。よろよろと身を乗り出し、魔物を鋭い眼光で睨むと、魔物は怯えて動けなくなってしまった。幸い調理道具はティアが持ってきていたので、美味く食べる事はできる。塩でもかけて食ってやろうと魔法を放とうとしたその時、人の声がした。
「……! ……やりましょう!」
「……し、……に、……ではないか?」
「……!」
何を話しているのかまではリュウには分からない。赤色のワンピース姿で、まるで避暑地のお嬢様のように木の下でうたた寝をしている桜美を起こすと、一行は人に近づいていった。逃げられてはいけないからである、いや逃げる事はないとは思うが万一の為にと、リュウは考えたのだ。
だんだんと声が聞こえてくる。それにつられて人の姿も一向は確認できた。人数は二人、若い男女に見える。前髪ぱっつんで、道着のような白い服を着ている活発そうな少女と、もう一人はコルのようだ。我を忘れて殴りかかろうとするリュウをティアが止める。
「まってください。まずは何をしているか探りましょう」
サデラを斬った恨みもあるし、腹ペコでイラつくので、とりあえず殴ろうと思ったリュウであったが大人しく身を低くした。声を出さなければコルにばれる事はないだろう。
コルは荷台を引いている。生き物でも乗っているのだろうか、黒色の袋に入れられた『何か』はモゾモゾと動いている。コルの横で少女が自信満々そうに話しかけている。それよりも。一行が注目したのは、コルが背負っているバッグである。他に食べ物を隠している様子でもないので、必ずそこにあるはずなのだ。力なくリュウの頭をかじっていた世奈も、匂いを感じ取ったのか正気を取り戻した。
リュウは3人を振り返る。これまで幾夜も乗り越えてきた仲だ。信頼された仲間にとって言葉など不要、言わんばかりに黙って頷いた。リュウが3、2,1の合図をゆっくりとしていく。3、2,1――
「おらぁ! 食べ物をよこしやがれ!」
「ああ、なんという神のお導き。食べ物があっちからやってきましたよ」
「リ、リュウ!? お、落ち着け! 冷静に話し合おう」
神殿で会った頃とはかけ離れた行動に、コルも目を疑うが、すぐに足を旋回した。
「隊長! あれは誰ですか!?」
「前に話したリュウという男だ!」
「ということは隊長の敵ですね。隊長の敵は私の敵。エリ、参ります……うわぁっ!」
リュウと対峙しようとしたエリを抱えて、コルは逃げた。しかし、リュウ達はどこまで行っても、死神のようなしつこさで追いかけてくる。気づけば、4人に囲まれてしまった。
「コルさん。食べ物を渡した方が賢明ですよ。出ないと……ひどい目にあっちゃうかも」
寝ぼけ目をこすりながら、桜美がコルに笑いかける。
「お前ら、荷台の中身が狙いか! いくらこれを食えば、極上とはいえ……! 俺がどれだけ苦労してこれを運んできたか、絶対に渡さんぞ!」
「食べ物だ、食い物を出すんだぁ!」
リュウの人間離れした形相に、コルも体が竦んでしまった。リュウが近づくとバッグを落として、空に飛んでいった。逃げるときにエリを背中に乗せているのは、男の鏡であったが、リュウはそんなものには目もくれずに戦利品を確認した。
中身は非常食が数日分と地図。大量の水と塩が入っていた。最後に、どこかの案内状らしき地図がよれよれになって、リュウの手の中に残った。広げてみると、それは大会の案内状であった。優勝者には聖金貨100枚とある。
「これは……アルト王国ですね」
「ティア、知っているのか?」
飯を食べて元気になったティアは地図を指さした。メライ王国から100キロ東に離れた所に、アルト王国はあった。ここまでハイスピードで馬を飛ばしたが、それでもまだ道の半分程である。まだまだ、旅は続くのかとがっくりするリュウに、少女の手が伸びる。健康そうな肌が太陽に焼けて綺麗な小麦色を呈していた。
「大丈夫、リュウちゃんならきっと優勝できるよっ!」
「そうですよ。兄さまならこれくらい朝飯前です」
「ピーちゃんもいますし、何とかなりますよ」
三者三葉の言葉に励まされて、リュウは大会に出場を決めたのだった。惜しむらくは食料が芳しくない事だけか。しかしそれも、些細な問題にすぎないのだ。一行は朗らかな気持ちで旅の続きをするのであった。
それを空から見る者が二人。コルは怒りの拳をしっかりと握りしめた。
「おのれ、リュウめ……! このままではすまさんぞ!」
「まずは食糧を集めましょう。はい、隊長。釣り竿です」
根こそぎ奪われたコルだが、神殿での行為を考えると妥当であろう。かくして、コルとリュウとの溝は密かに深くなるのであった。
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