旅
ほ~ら触りたくなってきたでしょう?」
「なりません」
『淫魔』に変身した桜美はリュウに胸を押し付けた。豊満な乳房がリュウの肩で潰れる。リュウは毅然と桜美を見下ろしているだけだ。乳房を顔に押し付けたり、淫らな尻尾で背中をさするが、リュウは首を振るだけだ。
「妹にエロい事されて興奮する兄はいない」
ガーんとなって、首をうなだれる桜美は何とも可愛らしい。やがてリュウに対面するように、床に敷いたクッションに座ると桜美は頭に手を置いた。目を閉じて、願いの内容を確認するとぐっと手を握りしめた。
「私と契約を結んでください」
意気込んで発したので、声のトーンは高い音が出た。リュウは口にかざすように手を置いて、桜美に瞳を見た。
「魔力を提供してほしいと?」
真意を読み取った。桜美は目を見張りリュウに近寄った。二人の吐息が絡み合って淫靡な雰囲気を演出していく。窓は閉じており、同じ空気を二人は何度も吸う事になる。時が経てば、桜美の吐いた息がリュウの肺を犯していくのだ。額を合わせると、桜美から甘い息が漏れた。
「さすが兄さまです。一言でそこまで見抜くとは思いもしませんでしたが」
ばっさばっさと桜美は拍手代わりに羽を動かした。桜美としてはこの姿を常時維持しておきたいのだが、魔力量が足りないのだ。現状では一日30分が限度で、後はペッタンコ胸に戻ってしまうのだ。夢のスライムバストが、収縮するのは涙を誘う。
そこで契約である。淫魔と契約すると快楽と引き換えに精を取られてしまう。人間がサキュバスと睦言の関係になって、一夜経てば腹上死。というのは子供でも知ってるおとぎ話だ。
「断る!」
空間を斬りさくようにリュウは叫んだ。桜美にも驚きの色が出て、尻尾がくねくねと蠢く。
「どうしてです?」
「妹と情交を結びたくないわ! 断固拒否!」
何度も言うがリュウは平凡な少年である。アブノーマルなプレイは専門外だ。だが、桜美はクスリと口元を上げた。
「では脱走の件は報告しますね」
うぐっと声を詰まらせ、リュウは乞うように桜美を見つめた。桜美は柔らかな微笑のまま、首を横に振った。リュウに拒否権など始めからないのだ。観念したようにリュウは首肯すると、
「フフフ、始めから従順にしていればいいんです。その方が兄さまらしいです」
テキパキと道具を用意していく桜美を冷めた目つきで見下ろしながら、リュウは思う。
彼女達はネジが飛んでいて、リュウの手にはとても負えない。ティアは奴隷だ、お仕置きだとまるで女王様だ。世奈は焦げた料理を食べさせてくる。館で美味しい料理を振舞ってくれたので世奈の腕はいいはずなのだが、リュウは口にするのはブラックマターだ。地球にいた頃は愛嬌があってリュウの胸も躍ったものだが、今はげんなりである。
最後の砦とばかりに桜美を信じて見ればこのありさまだ。近親相姦だと。ああ、嘆かわしい。
「兄さま手を合わせてください」
食前の作法のように、リュウは目を瞑って手を合わせた。アーメン、神よお許しを。
「さあ、どこからでもかかってこい!」
「そんなに身構えなくても何もしませんよ」
やれやれとため息をつきながら、桜美は詠唱を始めた。淡い光が部屋の中央に現れると、すぐに二人を覆う。光の大きさは小さく、まるで無数の蛍が光っているようである。桜美が読むのに従って光の量も増していく。桜美が息を切って呪文を唱え終わると、ひときわ明るい閃光が走った。契約完了である。
▽
蝶のように部屋を乱舞する桜美とは対照に、リュウはぐったりと天井を仰いでいた。魔力をごっそり桜美に取られてしまったので、睡眠不足のように顔はやつれて、目にクマが出来ている。
踊りに飽きると、上気した頬で桜美は飛び込むようにリュウに抱き着いた。耳たぶを甘く噛んで、リュウの耳を唾液で湿らせる。淫魔の体液は人間には媚薬だ。普通の人間なら理性を捨てて、情事にふけるのだがリュウは動じない。
「お返しがしたいんですけどぉ」
甘い声が耳元でささやかれて背筋がピーンと伸びる。チロチロと耳を舐めている桜美の肩に触れると、リュウはニコッと笑った。桜美の尻尾もひくひくと動き回った。
「やっと兄さまもその気に――」
「魔力吸収」
最後の言葉を紡ぐ前に桜美は苦悶した。魔力の減少に伴って、桜美の胸も小さくなった。桜美が自身の胸をさすると、目じりに涙を浮かべた。恨みがましそうにリュウを睨んでいる。
「契約はしたでしょ?」
にらみ合いが続き、桜美が負けた。頬を膨らませて、
「今回だけですからね!」
プイッとそっぽを向いた。リュウが桜美の頭をなでると視線を戻した。さらになでると、頬が赤くなるのであった。ピタっとやめるとそっぽを向いた。
桜美の願いも終わった所でリュウは部屋の時計を確認した。時刻はまだ夕刻前で、世奈が監禁部屋に来るにはまだ時間がある。
「兄さまもう一ついいですか?」
「願いならもう聞いたからダメーー」
「このままでいいんですか?」
「……どうしようもないだろう……」
「解決策はありますよ。私達を平等に愛してください」
「……無理だ。それはできない」
「どうしてです! 何が不満なんですか?」
リュウが桜美を見つめると、桜美もリュウを睨んだ。きまり悪そうにリュウが目を逸らすが、桜美は睨んだままだ。
桜美にとってリュウは空気だ。吸わなければ死んでしまう。酸素が毒と知っていながら体内に取り込んでいくのと同様に、愛されないとわかっていても傍にいたいのだ。ティアと世奈も同じである。
やがて、桜美はリュウから離れてしまう。無理やりリュウを立ち上がらせると、部屋の外へ追い出してしまった。
――リュウは何かを決めたようだ。玄関から出る時には不安そうな面は消えていき、リュウはティアの家へと向かうのだった。
▽
リュウがティア家の前に着くと同時にドアが開いた。
「た、大変だよ! リュウちゃんが逃げちゃった!」
「まさか地下を掘って逃げるとは思いもしませんでした!?」
慌てた様子で、家を出た二人と目があった。パァっと花が咲いたように色を戻していく最中に、二人はリュウの真剣な表情に吸い込まれていく。
ゴクリと二人は息を呑む。ボーンボンボンボン。 どこかで5時を告げる鐘の音がする。走ってきたせいでリュウの額には汗がこばりついている。それを、袖ではたくように拭うと何滴か土に混ざった。じわりと塩気が混じった水滴が赤茶色の土に滲みこんでいく。
「世奈!」
名前を呼ばれた世奈は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「は、はいっ!」
間髪入れず、リュウは言葉を紡いでいく。
「ティア!」
「な、なんですか?」
「みんな大好きだー!」
これを機会にリュウの監禁騒動は終わりを告げた。残ったのは借金だけだ。その額なんと聖金貨五百枚。
なので、一行は旅に出ることにした。ニラの脅威のおかげで王国は警戒態勢だ。金はあまり見込めそうにないので、他の国や村から金を稼いでくるしかない。
「外に出れば、ヤンデレじゃない女の子と仲良くなれるかもしれない……!」
密かな野望を抱きながら、リュウは旅の支度をした。返してもらった剣を研ぐと鞘に収めた。黒色の外套を羽織って家を出た。メライ王国の門には3人の美少女がリュウが来るのを待っていた。
「急いでください! 早くしないと馬車が行ってしまいます!」
「今行くよー………」
通りかかった女性をリュウは横目で見てしまう。ワントーンで仕上げた女性の姿はグラマーでリュウの心が躍る。女性はリュウには当然ながら気づかずに大通りに消えてしまった。
「兄さま~?」
「はっ! こ、これは不可抗力だ!」
3人の女性軍は互いにため息を漏らしながら、口々にこういった。
「お仕置きです!」
ヤンデレ少女達との旅はこれからも続く。魔王討伐、残りのチート勇者達。まだまだやることは山積みで、これからも困難が立ちはだかるであろう。
リュウは戦い続ける。願わくは借金の完済を。そして、正ヒロインの登場を期待して戦い続けるのだ。
リュウの旅は始まったばかりだ。後はお天道様が見守ってくださるだろう。
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