小悪魔妹
地下へと続く階段で少女たちの話声が鳴り響く。
「そろそろ? もう一か月たったし!」
世奈の声を聞いてティアの銀髪が揺れた。
「リュウ様の精神に変調が来ているのは間違いないです! 最近はあの人形を抱いて寝ていますからね!」
「え!? あのヘンテコな人形を赤ちゃんだと勘違いしてきているの~? こりゃ大分いかれてきちゃってるねー」
顔をしかめて世奈を睨むが、足は止まらなかった。コツンコツンと長い階段を下りていく……
「ヘンテコとは失敬な。世奈さんの焦げ焦げ料理よりましですよ。あれ、わざとなんでしょう?」
二ヘラと世奈は屈託なく笑んだ。
「ばれちゃった? だってだって! それが一番いいと思ったんだもん」
ブンブンと手を上下に振って目をくりくりとさせる世奈は実に愛らしい。
「それより聞いて聞いて! 最近ねっ、誰かにスコップ盗まれちゃったの! 泥棒されるなんてちょっとショックだよ~!」
「泥棒ですか……これは一大事ですね。リュウ様の洗脳が完了したら、そちらに対応しましょうか――」
「ありがとっ! ……とうちゃ~くッ!」
階段を下りると目の前の扉が待ち構えていた。主人に忠実な番犬のように、ティアが通るだけで開くのだ。感心したように世奈はティアを爛々と見る。ピンク色になった頬を掻きつつも、ティアは黙ったままだ。
扉を開けても目の前に広がるのはまた扉である。3歩ほど歩むと、避難警報のような爆音が耳を叩いた。世奈とティアは事前に耳を塞いだので、鼓膜は破れなかった。骨伝導により振動が肢体を震わせるだけである。しばしおいて音がやむと、世奈は恐る恐る手を離した。
「リュウ様は賢いですから、抜け出す可能性があるかもしれません。しかし、扉は二重構造になっていますからそれも無駄ですね!」
「このでっかい音がティアちゃんの家まで聞こえるからだね」
正に鉄壁の防御と言わんばかりに、ティアの顔は自信満々であった。二人が二つ目の扉をギギッと開けると、リュウがちょこんと座っていた。
ティアは入念に部屋を検分し始めた。四方の石段の壁、異常なし。世奈が壊した壁の修理は魔法でちょちょいのちょいだ。天井ももちろん何の傷も見当たらない。地面には、シーツが一枚置いてあるだけだ。シーツにはティアの特性魔法がかかっていて、温度に応じて適切な厚さに変化するのだ。
「リュウちゃん暑いの? 汗びっしょりだよ」
「運動をしていただけだよ。定期的に体を動かさないとなまるからね」
額の汗を服の袖で拭いながら、人形を撫でている。
「首が取れたら可哀そうだからね」
ティアは目をぱちくりとして唖然とした。 無意識に体がリュウに向かった。倒れるようにリュウに抱き着いた。リュウの首の後ろに両手を回して自分の方へと寄せていく。
「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私なんかがリュウ様の事を好きになってごめんなさい、私もホントはわかっています。こんな事をしてもリュウ様が私を好きになる事なんてないと知っていても、それでもそれでも怖いんです。不安なんです。ごめんなさいごめんなさい」
リュウはティアを見ると、にっこりとほほ笑んだ。リュウの右手がティアの髪をさする。
「ごめんね」
「どうして!? 悪いのは私なのに! 謝らないでください! そんな顔しないでくださいよ!」
大粒の涙がリュウの頬を伝って地面に落ちた。ポツリと水が大地を跳ねるのがやけに遅く感じる。ティアは嬉しさと哀しさと後悔の感情が混ざっていて、何がなにか分からない。好きな人に撫でられるだけで、こんなにも幸せなんだ、それなのに胸がチクチクする。
「グスっ……ごめんなさい」
「じゃっ! また明日来るね」
暫くして、二人は部屋を後にした。ギギっ、ギギギ。やがてやってくる孤独の時間。しかし、リュウは気にもしない。平然としてまるで毎日日光を浴びているようだ……いや、浴びている。
「今日も外へ出ますか」
リュウがシーツをはぎ取るとあら不思議、大きな穴がポッコリと出来ている。すっと降りると、奥にも道が続いている。時折来る虫をはねのけて、匍匐前進する事しばし。目に太陽に光が当たると、スピードを上げた。右手を突き出して、地面からにょきッと手を生やすと体もつられて地上に上がってきた。口に入った土をペっと吐きだして、リュウは周りを確認する。
「よし、誰もいない。ティアの家の裏側だから当たり前だけど」
世奈のスコップは穴の中に落としてあるから、ばれる事もない。四角形の窓から中を覗き込むと、二人の姿があった。呑気に茶を飲んでいて、脱走に気づくこともない。ほっと息を吐いて、変装道具を身に纏うとリュウはポケットをまさぐった。金貨と銀貨数枚がチャリンと音を立てる。仮名で冒険者をして稼いだので、懐もだいぶ潤ってきた。ルンルン気分で、リュウは今日もギルドに向かうのであった。
が、途中で足を止めた。リュウの視界がある少女を捉えた。リスのように保護欲を煽る容姿に、ペタリと残念な双丘。だんだんとこちらに近づいてくるが、リュウは身動きせず待ち構える。
「らっしゃい! 大ナシ買うのかい!」
横合いから声をかけられて振り向くと、果物販売店のようだ。店主らしき中年が黄褐色の果物を手に持って歯を見せていた。
「頂きます! いくらです!?」
「2個セットで銅貨3枚!」
銀貨を一枚店主に渡すと、大ナシが二つ渡された。この間僅か数分である。リュウがさりげなく後ろを見ると、桜美の姿は人込みに紛れて目視できない。
「この完璧な変装に見破られるわけないよな」
「サングラスかけたくらいで、変装とは片腹痛いですね。さすが兄さまです」
「……やっぱばれちゃった?」
リュウの横で桜美がシャリシャリと大ナシをかじっている。リュウもかじると、濃厚な甘味が口に広がる。ゴクリと喉を潤して元気回復すると、桜美に問いかけた。
「まさか監禁したりしないよね?」
桜美がリュウの監禁部屋に来たのは数回だけで、後はティアと世奈と談笑しているのしか記憶にない。リュウを丸っこい瞳で見上げながら、クスリと笑った。
桜美の淫靡な舌なめずりに、リュウは思わずドキっとしてしまった。義理とはいえ妹に淫らな感情を覚えるなんて、とリュウが思っていると桜美がクスクスといじわるそうに笑った。
「兄さまがこっそり外へ出ている事はお二人に伝えないといけませんね」
「待って! それだけはご容赦を」
「あぁ、どうしましょうか。お二人を裏切る訳にはいきませんし、でも兄さまがひどいお仕置きを受けるのも心が痛みます。さぁて、どうします?」
唇に手を当ててリュウにキスを投げた。悔しそうに歯ぎしりしながら、
「何でも一つ願いを聞くから!」
ぺこりと頭を下げた。嗜虐的な視線を向けて桜美は荒い息を吐いた。
「それでは、私の家に来てください。そこでお話ししましょう」
家は高いので、ポンポン建てる事はできない。世奈はアンドロイド1000人の力がいたから即日可能であったし、通常は数か月の時を必要とする。つまり、桜美の家とは――
「着きましたよ。監禁されていた割には足が丈夫ですね」
「毎日外へ出てたからね」
「なるほど、脱走は常習犯っと」
「…それより、これはどういうこと!?」
「私の家ですが?」
国境を越えた少し先にポツンと建った二階建てには、忌々しい思い出がある。ブラックフードの宝庫、病んだ少女とのブルブル食事。街でまともな食事をとっていないと、耐えられたものじゃなかった。
「部屋が違いますから問題ないです。もうっ、びびりすぎですよ兄さま」
「桜美は何も知らないからそんなことが言えるんだ。……そういや、この家で一回も桜美を見てないな」
「最近は勉強していて、あまり外へ出ないからです。それに焦げくさい匂いはお肌に悪いです」
「あれを食わされる俺の身になってくれよ……」
「世奈さんのお料理はとっても美味しいですよ! 兄さまだけ真っ黒ですけど」
ニコッとした笑顔で悪魔のような事を言われて、胸に突き刺さる。心なしか階段を上るスピードも落ちていく。
「世奈に嫌われてんのかな」
「むしろ逆だと思いますけど。まぁ鈍感な兄さまに何を言っても駄目ですね」
ぼそっとした声で漏らすように言ったので、リュウには聞こえなかった。部屋の中はオカルトチックであった。床に魔法陣がでかでかと描かれてあり、丸や星の模様が散りばめられている。本棚には様々な本が並べられていて、リュウが一つ手に取ると魔法についての記述がのっていた。
「適当なところに座ってください」
床に座ってリュウは桜美を見る。
本棚から一冊取り出すと、桜美も地に尻を付けた。リュウと桜美は向かい合って、見つめあっている。
「私のチートについてまだ説明してませんでしたね。教えてあげます」
謎言語を唱えると、桜美の姿が変形していく。紫色の角が頭の左右から、ぽこっと突き出て外向きへとがっている。腰からはコウモリの翼のような美しい羽根がバサッと羽ばたいた。にゅるッと尻尾が熟れたヒップから飛び出している。尻尾の先端がハートマークになっていて、蠱惑的で艶めかしい。
「ななな、淫魔かっ!?」
「その通りです! サキュバスになると、ほらお胸もたっぷんと」
ペッタンコお胸がたわわな胸に進化を遂げているのが、嬉しいのでリュウに見せつける。自分で谷間を作らなくても自然にできるのは感慨深いのだ。できれば常時この姿でいたい桜美だが、魔力が足らない。
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