知性

「――という訳っす」


 呑気に肝試ししたりくつろいでいる間にメライ王国に敵が襲来していたと聞いて、リュウは顔を赤めた。もちろん照れではなくて、自分が恥ずかしくなったのだ。


 リュウが転移テレポートの呪文を唱えて、一行はメライ王国に移動する。


「キャーーーー!」


 何百、何千もの死体が地面を赤く染めていて、顎から四股にかけて硬直している。その中にはリオネルの姿もあった。体に負傷こそないもののピクリともしない。



 もう何度も死体現場を目撃した事のあるティアやサデラはともかく、世奈と桜美はこれが初めてだ。一介の女子高生であった二人は葬式さえ参列してないのに、ましてや剣でくし刺しにされた幾多の兵士を見て脳が拒否反応を示すのは無理はなかった。


 世奈は喉が枯れそうになるほど叫ぶと、リュウにしがみついた。桜美も顔を引きつらせて、華奢な脚が地面に崩れ落ちる。



 死体の切り口を広げながら遊んでいた、ニラが新たに人が来たことに笑顔を見せた。メライ王国の住民は殆ど避難していて、城内に残っているのは数える程しかいない。  


「可愛い少女達だね。そうそう、異世界に来たならこうでなくっちゃ」



 大股で挑発するようにニラが歩み寄ってきた。地面に落ちていた誰かの兵士の持ち物であろう剣を取ると、素人同然の構えで闊歩してくる。


「逃げよう! あんな恐ろしい奴に構う事ないよ」


 世奈はリュウの体を激しく揺らす。リュウは鞘から剣を取り出すと刃先をニラに向けた。


「戦わないと……でないとこの国を守ろうとした兵士に顔向けができない」


「リュウちゃんがする必要ないよ? ねぇ、どうしてそんな顔するの!」


 以前のリュウなら恐怖して、戦う気さえ起きなかっただろう。だが、リュウは死に相当する大怪我を2回くらっている。激痛に体が雄たけびを上げ、それでいて死ねない拷問。背中から鮮血がほとばしって背骨がむき出しにされても思考は手放されない。


 屈辱の敗北を重ねても、リュウに終わりはない。勝つまで、敵より強くなるまで戦いは終焉を向かえない。リュウの精神からはいつからか、怯えは失せていた。


 世奈は強く地面に手をついた。


「怖くないの……? 負ければ死ぬんだよ」


「リュウ様! 私も加勢します」


「あっしも戦うっすよ!」


 サデラは地面に直径2メートル、深さ1メートルの穿孔が出来た。


 サデラは地魔法――地割れを発生させる魔法を習得している。3人は各々別方向に飛散した。ニラは迷いもなくリュウに歩み寄っていく。間合いが取れる位置になるとニラは立ち止まった。そして静寂が流れる……


 世奈も戦おうと足を動かした。だが、一歩が限界で後は動きもしないで笑っている。怖い、怖い、怖い。魔物を倒すのも心が痛むのに、相手は人間なのだ。狂気の沙汰といっても過言はなく、世奈からしては信じたくない光景が広がっている。


――それでも。リュウは戦う事を選んだ。ならば動かなくては、リュウに見放されてしまう。そうすれば、自分の生きる意味はどこにある。


「せいぜい僕を楽しませてね」


 その声を皮切りにニラは跳躍してリュウに飛びかかった。腐ってもレベル60の剣筋はリオネルの数倍は速い。常人なら起動すら見えずに首を斬られるであろう。リュウは剣を交差させて、難なく攻撃をしのぐがその対応は間違いだった。


 ニラは恐るべき膂力をもってして、腰を入れずに腕だけでリュウに襲い掛かる。リュウの横腹に傷口が開くが、その刹那――


「地割れ(クェーク)!」


 地面に大穴が開いて、ニラとリュウはあえなく落下してしまう。体制を立て直す時間を得たリュウは、即座に回復魔法を唱える。傷口は消えて激しい出血も止まる。


――リュウの脳裏に地魔法の使い方が展開されるが、今はどうでもいい事だ。浮遊魔法で地上に上ると、ニラを見下ろした。ニラは簡単な魔法しか使えず滑稽にもジャンプしている。


 ニラが穴から這い出てきたら、モグラたたきのように叩こうとリュウは剣を構えた。だが、ニラは穴とは異なる場所から地面に顔を出した。ニラは自分で掘りながら地上への道筋を確保したのだ。


 再び戦闘状態に入る両者だが、今度はリュウがニラに襲い掛かる。リュウは剣を振り下ろすと、ニラはあえて受け身を取った。リュウの剣はニラの拙い防御などすり抜けて肩へ重い一撃をくらわす。


 が、剣は肩を切り裂かず、まるでバネが跳ね返るように速度を維持したままリュウに戻ってきた。そして、リュウは激痛で地面に伏した。既に亡き者と化した兵士と同じように、血反吐を吐いて悶える。


「僕に攻撃しても無駄だよ。僕は攻撃されないからね」


 近距離でも遠距離でも攻撃が通らないチート能力者、それがニラである。加えてチート能力者による他の力の補正もあって無類の強さを誇っていた。


 回復魔法をかけて痛みを消すと、顔を伏せながらリュウは笑った。ニラを倒す手段を思いついたのだ。もといニラの隙をつく方法に過ぎないが……この場合大差はない。



 だが、それをニラに悟られてしまっては全てが水泡に帰す。リュウは血を肩に塗りたくると、さも痛そうに立ち上がった。恨みがましそうにニラを睨むことも忘れない。


「なああんた。この世界の魔法適正条件って知ってるかい?」


 リュウは一つずつ布石を敷いていく。悟られてはもう勝機は巡ってこない。こちらの思惑道理に敵を誘導しなければ、待っているのは破滅だけだ。


「普遍的事象として、どんな優秀な人間でも一人一種類しか魔法を使えない。例外は魔王と僕のような選ばれた人くらいで、君のような選ばれない惨めな人とは明らかな差があるのさ」


 リュウに問われてニラは軽々と機嫌よく答えた。さあ、ここが肝要だ。


「なら俺の魔法は何系統か分かるか? サデラがさっき使った。地割れ(クェーク)!……は地系統だが、空中を自由に飛躍できる俺は何系統でしょうか……?」


 ニラはむっとして顔をしかめていたが、答えられずにいた。リュウがニラを見せつけるように鼻で笑ってやると、


「何系統でも僕に関係ないだろ! ……なんかイラついたからもう殺そう」


「厳雷 (オラージュ)! 隙ありです」



 横からティアが轟雷を放った。斜めにジグザグする900GWの稲妻が高速でニラに直撃する。それでもニラはピンピンとしていて、宝物のように白い体には傷一つつかない。


 ニラに一歩も身動きをさせないで、ティアとリュウとサデラは遠距離攻撃を仕掛けていく。間隙を与えてしまえばニラが思考してしまう。けれど、レベル差は残酷だ。まずサデラの魔力が尽きてしまい。息を荒げて膝に手をついてしまう。



 次にティアとリュウの二人で延々と攻撃する事になったが、ニラは退屈そうにリュウに攻撃を放つ。中空に氷の槍を複数展開すると、ニラは指で槍を操作した。鋭利な先端がリュウに襲い掛かるが、リュウは受け身も取らないで、


「連和弾レンワダン」


 槍を空中で破壊してしまう。今のやり取りにかかった時間はわずか数秒。もし、メライ王国の一人が生きていてリュウとニラの戦いを見たなら、彼は視認すらできなかっただろう。



 世奈はまだ震えている。もう歯の根が合わない程には恐怖していないが、戦う意思は定まらない。桜美は戦う気すらないらしく、目を伏せていた。リュウが死ぬのではないかと思うと、怖くてたまらない。


「死なないって言ってたけど信用できないよ……」


 そもそも人が死なないわけがない。その存在はもはや、人ではなく神の域であろう。リュウだって何回か生き残れるだけで、ある日ある時不意に殺されるのではないか。いや、それ以前に戦ってほしくない。


「嫌! もう地球に帰りたいよ……地球で平穏に3人で過ごしていたのに、どうして……」


 現実はいつだって非情だ。世奈もこんな所で愚痴っても何の意味もない事は分かっている。生死が二人を分かつなら、ニラの息の根を止めねばリュウが傷つくだけだ。分かっている、わかっているのに世奈の体は鉛のように動かない。



「――世奈! 助けてくれ!」


 はっと脳に血を回すが、無論リュウが発したはずがない。世奈の幻聴である。



 リュウは強くなりすぎてしまった。地球にいた頃はもう少し弱くて、あまり頼りがいはなかった。その代わりに優しくて、いつも人の気持ちを察してくれた。


 今のリュウは強いが……どこか辛そうだ。世奈からすれば無理をしているようにしか見えない。




「すいませんリュウ様! 限界です」


 ついにティアの魔力も尽きてしまう。大地に倒れ込むように座ると、申し訳なさそうにリュウに謝った。


 後はリュウだけとなるが、勝利はすぐそこに来ている。だが、あと一押しが足らない。


「いつまでこんな事やるの? もう飽きちゃったよ」


 ニラは欠伸をしながら首を上下させている。時折魔法を放っていたが、それも今はやめてしまった。実験動物を見るような眼差しでリュウを見下している。


「ならその防御を解いたらどうだ。ええっと……」


「ニラだよ! あれ、名乗ってなかったかな」


「……くそ! 魔力が尽きてきた。ジリ貧か……何か策を練らないと」



 リュウが魔法を打てるのは後一発かそこら。剣術では勝ち目は毛頭なく情勢は最悪であった。


「炎の舞フィアンマ! 炎の舞フィアンマ!」


「世奈! 戦ってくれるのか!?」


「勘違いしないでね! 私はリュウちゃんが戦うからであって、戦闘は嫌いだからね!」


「あっつ!」


 摂氏数千度の炎がニラを襲う。防御が完ぺきとは言っても地面はそうではない。熱気が高まり、たまらずニラは後ろへと一歩下がった。



「……は?」


 あるはずの地はなく、ニラの体は誘われるように深い穴に吸い込まれた。


「私達がただの一般人と思ったら大間違い!」


 リュウの渾身の策略は無事成功したが、果たしてニラは死んだのだろうか。

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