敵
館で一夜を明かして、昼間に事は起こった。ティアが茶を入れていると、玄関のチャイムが一回鳴る。ティアが窓から顔を出して見れば20半ばの男が一人佇んでいた。
「誰か来ていますよ~?」
一行は訪問者を確認するが、皆首を振るばかりだ。どうやら誰も見覚えがないらしい。とりあえず一行は会ってみる事にした。門を開けると男が一行に小さく礼をした。
「私はコルと申します。主に神殿の管理を担当しているのですが、どうも最近は治安が悪いようで。キュア様が顕現なさらないのですよ……ご存知でしたか?」
コルの迫真の嘘に対して、思案にふける振りをする3人に目を泳がすのが一人。リュウの落ち着きのない立ち居振る舞いにコルが訝し気な視線を送る。
(お前は死んだはずだが……)
「いえ、私たちは何も知りませんよ」
ティアは器用に二枚舌を使用する。以前リュウから聞いて、キュアの行方は知っているのだ。しかし、コルは別の事を考えていた。死人が立って歩いているので少なからず興味を抱いたのだ。
「そうですか、では失礼します」
適当に会話を切り上げて、コルは来た道を戻っていった。一行は門を閉めて館の中に入った。
館でリュウが久方ぶりの安息の時間を堪能していると、世奈が何やら持ってきた。形状から察するにトランプに似ているようであるが――
「リュウちゃん! トランプしよう」
「この世界にトランプあったの?」
世奈はブンブンと否定の意思表示をした。ティアがカードを一枚手に取り珍しそうに眺めている中、すっかり冷えたお茶を持ってきた桜美が答える。
「あまりにも暇だったので、私達で作ったんですよ。うまくできてるでしょう?」
確かに上手くできている。これなら充分に役割を果たせそすだ。無論リュウに断る気はないのだが、
「ティアがルールを知らないと思うけど……」
とティアをちらと見てからやんわりと言った。だが、これは世奈の予想の範疇だったようで、
「まずは二人でしようよ! その間に桜美ちゃんがティアちゃんに教えるから、それからみんなで遊べばいいんじゃない!? ね、桜美ちゃん?」
始めから約束でも交わされていたかのように、桜美はティアに丁寧に説明し始める。元々優秀なティアはまるでスポンジを吸収する勢いでルールを覚えていく。
さて、唐突にゲームが始まった訳だがそろそろリュウも学んできた。どうせ罰ゲームありきで二人で対戦すると言い出したのだと、リュウが身構えていると案の定世奈がおずおずと口を開く。
「でね、せっかく遊ぶなら罰ゲームがないとつまらないじゃない? そこでね。勝った方が一つだけ何でも言うことをきかせられるって事で!」
リュウの予想通りであった。待ってましたとばかりに、一つ条件を提示した。それは罰ゲームの内容を世奈だけ事前にいうという事である。世奈はあっさりとこれに了解して、トランプとチップを配りながら答えた。
「首筋を咬ませてほしいの」
顔を赤らめて艶やかな髪を掻き上げてポツリと答えた。だが、発言にはどこも恥じらう事はないようだが。要点を得ないリュウが訳を尋ねると、さらに恥ずかしそうにしながら、
「キュアさんからチート貰ったらすっごく長寿になったの。何でも吸血鬼の恩恵らしいけど、それじゃリュウちゃんと一緒に長く生きていけないから、ね? 吸わせてー」
と言った。ちなみに桜美とティアは既に吸われているそうで。
「別に罰ゲームじゃなくても吸っていいよ」
が、世奈は下を向いて拒絶した。それを見て桜美が助け船を出した。
「同性と異性にするのでは色々と勝手が違うのですよ。兄さまは疎いようですけど」
「……そういうものか」
一理あるとリュウが引き下がった所でゲームが始まった。内容はポーカー。テキサスホールデム式で行う。強制ベットはチップ一枚で、リュウに与えられたチップは30枚。5回勝負して、最後にチップが多い方が勝ちだ。
勝負は淡々と行われて、あれよあれよという間に5回戦になった。現在のチップ枚数はリュウが44ティアが15だ。リュウの圧勝である。
「うー。手加減してよ~」
泣きそうな顔で睨んでくる世奈に、罪悪感を覚えてしまうリュウ。後ろの二人からも非難の声が上がる。
「か弱い女性に本気で戦うなんてー」
皮肉を込めた言い方をする桜美に、
「もう少し手を抜いてください!」
プクプクとフグのように頬を膨らませて怒るティアであった。しかし、リュウは石のように動じなかった。
そして、最後のゲームが始まる。リュウのカードはダイヤとハートの13であった。世奈の強制ベットにコールして、カードが3枚山札から置かれる。左から順に13、13、スペードの4であった。ポーカーにジョーカーは入れていない為、ほぼ負けを知らない役と言える。
だからだろうか。リュウは世奈に邪な感情を抱いた。吐く息、悔しそうに手をプルプル震わせている手の動き。その一挙一動が婉麗で、リュウを篭絡していく。それに時間の隔たりが懐かしさという感傷を与えた。リュウはティアが好きだ……それは真か。交錯する二つの思考が脳を揺さぶり溶かしていく。
「どうしたの~? リュウちゃんの番だよ」
無邪気な声がリュウを現実に戻させる。世奈は最後の賭けとしてチップを全部レイズしたようだ。リュウとしても堅実に守って勝つつもりはない。コールしてから、
「罰ゲームどうしようかと、ね」
「私でエッチな事妄想してたの!? リュウちゃんの変態!」
だが、世奈は嬉しそうに頬を桜色に染める。もじもじと体をくねらせてから、リュウを弱弱しく睨むだけであった。4枚目はスペードの5。ティアの手の内はスペードの2と3だ。
この状況で世奈が勝つにはある特定の役しかない。普通ならまずリュウが勝つ状況であったが、妙な事にリュウは世奈に勝ってほしかった。
果たしてカードがめくられると、スペードの6だ。世奈は幸せそうにリュウに飛びついた。ガブっと舐めるようにかぶりつくと半時ほど血を飲むのであった。
今日二回目のチャイムが二人の時間を阻害した。我に返った世奈があっと叫んでしまった。
「リュウちゃん! しっかりして!?」
限界を超えて血を飲まれて干物のように干からびてしまったリュウが、ヘロヘロと何とか原型をとどめていた。しかし、その間もチャイムはやまない。
「ここは私がなんとかしておきますから二人はお客の対応をお願いします!」
「分かりましたぁ。世奈さん平気ですよ。ああ見えて兄さまは丈夫ですから」
世奈を押すようにして、二人は玄関へと消えていった。するとティアはポケットから紙を取り出して、地面に置いた。そしてリュウに叫んだ。
「さあリュウ様! もう一度奴隷になって貰います。貴方は私の奴隷ですよねー」
「はい……」
無意識に肯定するだけでも奴隷契約は完了してしまう。というのは必要な記述をティアがしているからだ。リュウが言うだけで成立してしまう。目的が達成すると回復アイテムを飲ませてリュウを玄関へと誘導した。
世奈は先ほどからニマニマと笑っている。かと思えば口元を隠してうっとりとしたり。桜美が世奈に聞いてみると、
「わかってるくせにー。同性に噛みついても長寿や身体能力が強化するだけだけど、異性の首筋に噛みつくと傀儡化できるの。これでリュウちゃんは私の!」
前述したように桜美はリュウの義妹である。だからリュウが世奈とくっつくと非情に嬉しい。いや、ティアでもいい。どちらでもいいが、どちらかとはねんごろになってくれないと桜美は悲しいのだ。だってそうでなくては自分が面倒を見なくてはならないからである……
世奈と桜美が門を開けると、またもコルが立っていた。しかし、今度はもう一人連れてきている。血で濡れた赤髪の少女に二人は驚愕して叫んだ。
「キャッ!?」
血まみれのサデラを担いだコルが平然と立っている。まだかすかに息はあるようだが、あと数分もしないうちに死ぬ事は明らかだ。やや間をおいてリュウとティアが登場すると、コルはサデラを指さした。
「なあ、そこにいる少年よ! この少女を見てどう思うか。今にも死にそうだが……?」
「サデラ!?」
コルはリュウに向かってサデラを投げた。ボールのようにサデラは飛んでいき、リュウはキャッチする。サデラの切り口は深く、まともな手段では治せそうにない。
「神レベルの回復魔法が使えるんだろう。やってみたらどうだ?」
聡明なコルは思考の末にリュウがキュア失踪に関与していると考えた。草原でサデラを見かけてから、斬ってリュウの前に連れてきたのだ。基本的に人間は助けられる命は見捨てられない……コルは黙ってリュウを見る。
「回復カトゥリ」
リュウが回復魔法をかけると、周囲にキュアの魔力も漏れてしまy。コルはその波長を見て、ほくそ笑んだ。後は用なしとでもいったように去って行ってしまう。
致命的な事をリュウは敵に知られてしまったが、サデラの命に比べれば安いものだ。リュウサデラに何回も回復魔法をかける。意識が戻り、自分で立ち上がれるようになるとサデラは不意に地面に頭をこすりつけた。
「いいよ、そんな事しなくても――」
「お願いです! リオネル様を助けてくださいっす!」
涙交じりにサデラは叫んだ。
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