肝試し

 世奈と桜美が帰ってくる頃には、もう日が落ちていた。3人は軽い夕食を済ませて館を出た。森へと向かう途中で世奈はリュウに何かを渡す。


「懐中電灯と……これは?」


「小型のトランシーバーみたいなの。受信しかできないけどね」


「小道具の一端と思ってくださいね。時折こちらから声を流します」


 リュウは補聴器のような形のそれを耳に装着した。すると世奈と桜美は駆け足でリュウを置いて行ってしまった。


「私たちは神社で待ってるからー! 目印を書いておいたから心配しないでー!」


「日付が代わる前に来なかったら罰ゲームを受けてもらいますからね」


 そんな話は聞いていないと、リュウが抗議しようとしたが時遅し。二人の姿はすっかり見えなくなってしまった。


「時計も取り上げられているのにどうしろと……」


 懐中電灯を一回転させると裏側に時刻がのっていた。時計の針は現在は21時5分を指し示している。のんびりと歩いていても十分間に合う事をリュウが確信すると、自然と足取りも軽やかになった。



 なるほど、確かに目印はあった。というよりかは道筋といった方が幾分正しいか。両側の木にロープが張っていてまるで真っすぐ続いていた。これでは肝試しというよりかは散歩といったほうが適切だ、とリュウは苦笑いを浮かべる。



 ロープに魔力でも込められているのか魔物は寄り付きもしない。リュウはあくびをしながら歩いていた。少々拍子抜けであんまり恐怖を感じない。最近危険な事ばかりあったから期待しすぎてしまったのだろうと、リュウが気持ちを切り替えようとしたその時。



「――リュウ様!」


 何かが近づいてくる。胸に片方の手を置いてもう一方の手を額にかざした。そうして声のする方へと目を凝らすと――


 そこにはティアがいた。実用性のありそうな刃物をブンブンと振り回しながらものすごいスピードでこっちへ走ってきている。張り付いた笑顔を浮かべてリュウに微笑みかけている。


「っ! い、いやこんな所にティアがいるわけが!」


「リュウ様! そのままそこでじっとしてくださいね!」


 すぐさまリュウはロープの外へと出た。大きな樹木の裏へと身を隠した。足音はまだ消えない。リュウは見間違えかと思って樹木からひょこッと顔を出して除くが、やはりティアがニコニコ顔で走ってきている。


「やべえよ……やべえよ」


 リュウは小動物のように擬態を敢行するが足が震えている。それでも夜の影響か多少はカモフラージュできてはいた。やがて、ティアが先ほどまでリュウがいた地点に着くとピタっと止まる。ぐるぐると体を回してゆっくりと歩き始めた。


 ヒタヒタ、ヒタヒタ。何かがぬかるんだ地面を蹴る音がする。確認する気にはならない。




 ヒタヒタ、ヒタヒタ。心臓はバクバクと鳴って体の震えが止まらない。もし、これが世奈達の脅かしであるならリュウは二人を誉めたいくらいであった。そして二度と肝試しをしない。





 ヒタヒタ、ピタ。不意に足音が止まる。何かがそこにいることだけはわかる。誰かの視線が上から注がれているのをリュウは魂で感じる。リュウが体を起こすと――




――ティアと目があった。愛おしそうな目で舌なめずりしながらリュウに微笑んだ。




「フフフフフ! みつけましたよ……さぁ帰りましょう」


「ひいっ……」


 リュウは逃げた。生まれて初めてトラウマを植え付けられてしまった。捕まったら殺される、あれはティアではない。あれは偽物だ。リュウはがむしゃらに森の奥へと進んでいった。


 背後からティアの声がする。ティアのレベルは現在40程だが、リュウへの執念が脳のリミッターを外して通常の何倍も力が出ているのだ。少しづつ二人の距離は縮まっている。このままでは――



 ふと、大きな岩がリュウの目に入る。素早く後ろへ隠れて、リュウはティアの視界から逃れようとした。ティアはリュウを見失ったようで、キョロキョロとせわしなく歩き回っている。そして見当違いの方角へと進んでいった。


「グルルゥ!」


 緊張から一時的に解放されたからか、不注意に立ち上がると魔物の尻尾をふんでしまった。ぐっすりと寝ていたオオカミに似た魔物がリュウを睨んでいる。見た目とは裏腹にこのオオカミは弱い。リュウが一発魔法を放てば倒せるほどに。


 リュウは立ち上がり右手に魔力を集めて、さあ放とうかとしたその時、


「こちらの方で物音がしたような気が……気のせいですか」


 ティアが戻ってきた。慌てて寝転がり岩に隠れるリュウだが、オオカミはそうはいかない。牙を向けるとリュウの足にがぶりと噛みついた。骨ごと持っていかれそうなほどの激痛に思わず声が漏れてしまう。


「……やっぱりこの辺から音がします」


 リュウは痛みに苛まれながらも息を殺して、ティアが去っていくのを待った。草を蹴る音が断続的に聞こえてくる。やがて、ティアは岩から離れていった。オオカミに噛ませてままリュウは耳を澄ます。そして、スーちゃんの鳴き声が消えてからオオカミを始末した。回復魔法で傷も治していく。


 時刻は10時50分。リュウは元の道に戻っていた。神社目掛けて一直線に走る。もはや肝試しの事などリュウの頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまった。


 ガサリとこすれる音がした。反射的に振り向くが虫が動いただけであった。何やら遠くで声が聞こえる……幻聴のようだ。何がなんで、どうしてこうなったのか……リュウは前後不覚に陥っている。



「キャハハハハハ!」



 びくッとして、リュウが首を下げると古来のフランス人形のようなものがあった。彼女たちは首がなく、ぽっかりとした穴からは目を付けた棒が突き刺してある。


「やーッと来たね! さあ人形に触ってみて。でないと先に進んじゃだめ!」


 陽気な世奈の声が今だけは恨めしく思うのは、人の性だ。恐る恐る一つ手に取ると、ぷつんと糸の切れる音がするだけで特に変化はなかった。不気味な笑い声はまだ消えない。3つあった人形を全部調べて、何もない事を確信するとほっとして前を向いた。そこには等身大の人形が口を歪ませて笑っていた。リュウの瞳から光が消えていく。



「どう? 驚いた。それ作るのに結構時間かかったからね!」



 目が覚めてリュウが時計確認すると……時刻は11時20分、そろそろ危うい。はて、とリュウは首をかしげる。地面に倒れたにしては、随分柔らかい枕があったものだ。人並みに暖かいし、どこか気持ちいい。リュウが地面に落ちないように、白い手でリュウの顔を優しく抑えている。


 まさか……リュウは上を向いた。ティアが愛しそうな目でリュウに膝枕していたのだ。傍にはナイフがおかれたままで。



「リュウ様! 私たちの家に帰りますよ……しっかりと説明してもらいますから!」


「本当にティアなの……?」


「そうですよ。他に何に見えるというのですか」


「どうしてここに? いや、なぜこんな時間に?」


「まあ、ひどい! そんな事を言うなんて……」


「泣かないでよ! ごめん……」


 リュウを抑えたまま、ティアはシクシクと涙を流してしまった。しばらく話し合ううちにどうもおかしいと、互いに思った。そこで心中を互いに告白するとティアはパッと赤面してしまった。


「私ったらとんだ勘違いを……ああ恥ずかしい。でも、私がリオネルさんによって苦しんでいるときにサデラさんとお仲良くしていたのはどういうことです?」


「サデラの愚痴を聞いてただけだよ。特にやましい事なんかないよ」


「普段飲まない大人の店に行ってですか?」


 ジト目で攻撃してくるティアに言葉が詰まってしまう。ついかっこつけたくなって滅多に行かない店へとサデラを案内したリュウであった。


「ふ、雰囲気に任せた方が話も切り出しやすいと思ったんだよ」


「…………ふうん。ま、そういうことにしてあげます」


 リュウが世奈達と肝試しをしていることを言うと、ティアも並んでついてきた。時刻は11時40分、だいぶ危うくなった。二人が走っていると耳元でティアの声がした。


「こうして走ってみると、あの時の事を思い出します」


 神殿で共に走った事を思い出して、ティアが懐かしそうに呟いた。


「そうだね。あれから色々あったけど……楽しかったね」


「ええ! これからも楽しんでいきましょう!」


「もちろん!」


 もう何も語らない。風を切る音が二人を煽るだけだった。



 ようやく神社に着いた。夜の力により鳥居は神秘的な存在感があった。石段を上り、参道へとサクサクとリュウが足を前に出していく。



 拝殿の上に鍵があり、それを取ってリュウは時刻を確認する。11時55分。ぎりぎり間に合いほっと胸をなでおろした。


 すると、どこへ隠れていたのか世奈と桜美が二人の前に姿を現した。しきりに時計を見てはがっかりとしながら、リュウに近づいて愕然とした。


「またリュウちゃんがナンパしてきたよー。目を離すとすぐこれなんだから!」


「なんだよ、その言い方は……俺はそんな軽率な人間ではないだろうに」


 女性3人はあきれたような目でリュウを見てから、諦めたようにため息を漏らした。リュウをほっといて自己紹介や、その他もろもろを話し始めた。



 こうして4人は合流したのであった。だが、影はゆっくりと忍び寄っている。

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