魔女の正体
複数の小鳥がピーチクパーチクうるさく鳴いている。梢からすかして太陽を見ると、ギラギラと大活躍である。足元にも注意しなければならない。なぜなら奇怪な虫がうにょうにょと蠢めいているからだ。彼らに毒がないとは限らない。
リュウはまるでダンスをするように山を登って行った。時刻はまだ13時で気温は増すばかりだ。しかもこの山は標高が高かった。おまけに微妙に強い魔物が藪に潜んでいたりもするので、いちいち警戒もしなければならないのだ。
額の汗を手で拭いながら、リュウはカバンから水稲を取り出すとキャップを外す。中身は唯の水であったが、この際何でもよかれとリュウは水稲を逆さにする。しかし、どうした訳か雫一滴すら落ちてこない。どうやら、飲み切ってしまったようだ……もう飲み物は持ってないのだが。
「あっつい! いったいいつになったら頂上にたどり着くんだー!」
結局リュウは数時間山道を歩いた。頂上付近になると、さすがに魔物たちも死にそうになりながら登ってくるリュウが可愛そうになったのか不意打ちはしなくなった。真正面に出てきて、水分不足でふらふらなリュウに斬りかかるが、魔物はあっけなく倒されてしまう。ようやくリュウは山頂にたどり着いた。
「おっ! 井戸がある……生き返るぜ……」
井戸の水は透き通っていてリュウはたまらずに顔を突っ込んだ。リュウの唇に水気が戻ってくると同時に、嘆くような人の声が聞こえてきた。
「あぁ……祟りじゃあ」
リュウが顔を向けると、西洋風の館の前で老人が一人佇んでいた。座ったり、立ったりを慌ただしく繰り返している。
「どうしたんです、何かお困りで?」
老人は目深にかぶった麦わら帽子をぱっと外すと、悩まし気に振り向いた。
「この館に魔女が二人も住んでいるのです。彼女たちは毎日毎日竜を呼べと催促しておりまして……最近ではわしの住んでいる村にまで押しかけてくる始末で。ところで貴方は?」
「魔女退治の依頼を受けた、冒険者のリュウと申します」
老人の顔が急に明るくなった。
「おお! では貴方がSランク冒険者様ですね。いやいや、これは助かりました」
老人は帽子を深くかぶりなおすと、あっさりと山を下りていった。周りにはリュウ以外は誰もみあたらなく、ただミンミンと虫の声が喧しく耳を刺激するだけである。
――ふと、館からソプラノ声が響いてきた。その声はどこか悲し気で、同情を誘うような声色であった。
「リュウちゃ~ん! どこにいるのー!」
聞き覚えのある間延びした声に、はてとリュウは首を傾げた。地球にいた頃、いつも一緒にいた清楚な少女。この世界に来てからは離れ離れになってしまい、もう会えないのではないかと思っていた少女、世奈の声に相違なかった。
「世奈!」
言いたいことがありすぎて、リュウの口からはそれだけしか出なかった。喉を潰さん勢いで叫んでリュウは世奈を呼んだ。すると、途端に声がやんだ。不審に思って、リュウは館を漠然と眺めてみる。黒い壁の色に、紫色の門。門は錠がかけてあり穏便に突破するのは厳しそうだ。
ガチャンと解錠の音がして門が開いた。そこにいたのは――
「リュウちゃん! やーっと会えた!」
ピンクのワンピースに薄縹のジャケットを纏った世奈であった。世奈はリュウにしがみつくと、コアラのようにじっとしてしまった。クンクンと小さくきれいな鼻を鳴らして、
「この匂い、リュウちゃんで間違いないよぉ!」
長い間リュウから離れないのであった。リュウも再開の感動で暫くは動けなかった。
中に通されたリュウはどっかとソファーに腰を下ろした。内観は西洋風で使われていない暖炉が目に入ってくる。徐々に眠気がこみ上げるリュウに柔らかい声が囁く。
「まだ眠っちゃだめです」
ソファーでリュウの横に座っていた桜美が、天使のような美声で声をかけた。はっと目が覚めたリュウは、
「桜美!? 元気そうだな」
桜美を上から下まで見て、何事もないと確信するとリュウは表情を和らげた。
「兄さまもお元気そうで! 世奈さんが料理を持ってきますのでまだ起きていてくださいね」
しばしおいて、世奈がサービスワゴンのような台車を押して来た。ベーコンや、ほうれん草のキッシュ、塩ゆでされた色々な食物にチーズを溶かしたラクレットにリンゴのタルト。リュウの頭にはフランス料理が思い描かれるが似て非なるものだろう。
「へっへ~! どう驚いた?」
「これ全部世奈が作ったの!?」
「全部じゃないけど……大体はね」
地球では世奈が料理をした所など、リュウは見た事がなかったのでひどくびっくりした。世奈はリュウがいない寂しさから、頑張って料理を練習したのだ。いつかリュウが来る事を信じて……ずっと。
桜美が折りたたみテーブルを部屋の真ん中に置くと、世奈は料理を並べ始めた。鉄板の上から焼けたチーズの匂いが立ち上って皆の顔を笑顔にさせた。見ただけで満足しそうな程の料理が次々と現れてくるのだから、魔物狩りで腹を空かせているリュウにはたまらない。
世奈が料理を並べるとリュウと桜美はソファーを下りてテーブルに近寄った。3人は誰からともなく手を合わせると、
「いただきます!」
日本式の挨拶をした。その後、なぜか3人はおかしくなって笑ってしまった。こうやって一緒に食事を取るのはいつぶりか。そう考えると3人は一層激しく笑うのだった。時折、塩分の入った水滴が料理に深いアクセントを与えていく。
▽
「ところでリュウちゃんは今までどこにいたのー?」
空腹も満たされてまどろんでいると世奈が訪ねてきた。
「私も気になります……」
桜美も世奈に同調して、ジーとリュウを見つめた。リュウは一から答えようと思ったがやめた。起きた事が多すぎて、何から話していいかわからなくなったからだ。
「メライ王国で世奈と桜美を捜してたよ」
リュウはぼかして答えた。世奈は心の内を調べるようにリュウを睨むと、
「怪しい……何か隠してるでしょ」
ゴクゴクと水を飲んだ。そして世奈はリュウを睨んだ。安易な返事で返したら烈火のごとく怒りそうである。世奈がいったんこうなると一歩も退かない事を、リュウは長い付き合いからしっている。殊に世奈はリュウに関しては鋭い勘を発揮して一度も外れた事がないのだ。
「少し長くなるけどいい……?」
「構いません。何時間でも聞きますから全部お話しください」
「……二人をテレポートで移動させた後――」
出来るだけ細かく、リュウは今ここに至った訳を話していった。話が魔王に焼かれた辺りでは世奈と桜美は口に手をあてて悲痛そうな顔を浮かべていたが、ティアが出てきた辺りで不意に真顔になった。サデラとリオネルが出てくると泣き顔になり、最後は怒り顔になった。噴火寸前の火山のように顔を真っ赤にしてリュウを見た。
「――という訳……? な、なんで魔法を唱えているんだ!?」
「私たちが心配しているときに、デレデレと女の子といちゃついてたなんて許せな~い!」
「お仕置きです」
世奈からは青色の炎が、桜美からは圧縮された水がリュウに襲い掛かる。避ける間もなくモロに直撃してして床に伏したリュウを見下ろして、
「それにキ、キスまでしちゃうなんて……私だってしたことないのに……」
「私もないですよ……目を離した隙にぽっと出の女に奪われるなんて思いもしませんでした」
世奈達は恨めしそうにリュウを踏んだ。ペシペシと蹴ったりもう一度魔法で攻撃したりもした。
「何かした……? 待って無言で攻撃しないで!」
「フンっ! リュウちゃんが女に入れ込んでいる間にちゃんと修行したもんね! ほらっ。私はレベル60なんだよ!」
世奈は見せつけるようにリュウに冒険者カードを見せた。確かにレベル60の文字があった。一番下の王国名が名もしらぬ村になっている。
「私もレベル60です。ところで兄さまはレベル幾つなんですか? 女の子といちゃつくくらいだから、さぞお高いんでしょうね……えい!」
「痛い! 攻撃しないで!」
「見せるまで続けますからね」
たまらずリュウがポケットから冒険者カードを手に取ると、世奈がそれをはぎ取るように奪い取ってしまった。彼女たちはそこに記されている40の数字を見てにやりと笑った。
「やっぱりレベル低いんじゃない……それなのに」
「私たちの攻撃は、兄さまのレベル上げになってちょうどいいのです。元のカッコいい兄さまに戻すべく腐りきった根性を叩き直すのです!」
やがて、リュウは殺虫剤をかけられた虫のようにピクピクと痙攣するだけになった。そこでようやく世奈と桜美の鬱憤が晴れたのか詠唱をやめた。世奈は無理やりリュウを仰向けにさせると、
「反省した?」
心配そうに傷口をさすりながら尋ねた。リュウに攻撃された意味が分からなかったが、これ以上痛い思いをしたくないので黙って頷いた。
「でも、まだ許してあーげない!」
「悪かった! ごめんなさい許して!」
ティアの奴隷にされて国から出れなかったリュウに非はないのだが、そんな事は関係ないのであった。ここで反論しようものなら、どんな攻撃がやってくるか分かったものではない。リュウは世奈に対して日本式土下座をかました。
「ウーン……」
「世奈さん、ちょっと耳をお貸しください……」
ごにょごにょと桜美は世奈の耳元で何やら囁くと、世奈はポンと手を叩いた。
「……リュウちゃんには今日の夜に肝試しに行ってもらいます。場所は山の中にある神社。拝殿の上にある小っちゃい鍵を持ってきたら許してあげましょう。ほら、この鍵ですよー」
世奈は手の平にシリンダー錠をのせてリュウに見せた。そして、鍵と対応すると思われる大き目の長方形の箱を持ってくると、
「剣をお納めくださいませー リュウ殿よ」
桜美がリュウに促した。あれよあれよという間に剣どころか持ち物全て箱に入れられてしまい鍵がかけられてしまった。はっと、ようやく意図を察したリュウに世奈は含みありげに笑う。
「……この辺りは夜になると魔物が狂暴になるから、気を付けてくださいね。私達レベル60からすれば素手でも対処できますけど、何分兄さまはレベル40ですので」
「それじゃ私達は鍵を置いてくるからー!」
それだけ言うと世奈と桜美は館を出ていってしまった。何とリュウ。ここにきて一文無しになってしまう。
▽
「フフフ……私からは逃れられません。感じます、感じます! リュウ様はこの山の近くにいますね! 必ず捕まえて今度は逃がしませんよ」
今宵は大変な事が起こりそうだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます