英雄編 世奈

不均衡

「頃合いだな……」


 地球人達は今日も修行場で修行していた。端には幾つもの魔物の死骸がゴミのように高く積まれてある。息絶えた魔物は時が経てば自然に消滅するので、衛生上の問題はないのだが……なんとも。


 コルが地球人を拉致してから数週間が経過した。その間にコルは『教育』を行った。魔物との戦い方や基礎知識はもちろんの事、キュアが悪者である事なども。果ては自分たちこそが世界を救える救世主であると徹底的に脳にしみこませた。


 無論、コルが教えたのは殆どでたらめである。コルの望みは唯一つ、自分が魔王に代わり世界の覇者となる事なのだ。その為に地球人達が犠牲になろうとどうでもいい。だからメシア気取りで特訓を続けている彼らを見ると、コルは笑いそうになってしまう。


「では作戦を実行するのですか」


 傍に控えた部下が尋ねるとコルは首を横に振った。


「まだレベルが足りんはず……今、彼らの中で最高レベルは何だった?」


「レベル60です。あそこでドラゴンと戦っている男ですよ」


「……見事に炎をはじき返しているな」


「それでもコル隊長のレベル80には敵いませんけどね……どうです。あの男でも魔王を傷つけるくらいはできるのでは」


 部下の進言にコルはしばし逡巡していると、突如呼び鈴が鳴った。すぐにコルは修行場を出て、階段を上っていく。その半ばでコルは通話魔法を使って連絡を取った。


「どうしました」


 表向きは魔王軍隊長で魔王の連絡係を担当しているので、コルは肩に一つの鈴をつけている。この鈴が鳴ったら魔王から何かしらの指示があるのだ。だが、今までに魔王は鈴を鳴らした事など一度もない。どうしてこのタイミングで呼び出したのか……コルは気が気ではない。


「面と向かって話したい事が一つある……すぐに来い」


「畏まりました。ただいま伺います」


 ばれたのではあるまいか、コルは怯えながらも魔王の元へと向かった。階段を上り終わると、コルの自室へと繋がっている。部屋の隅に置いてある鏡で、異常がない事を確認した後に部屋を飛び出す。魔王城の外へと出ると浮遊魔法で空高く飛んだ。


 コルはツバメのように自由自在に空を飛んでいきとある場所で着地する。目に入るは黒のペンキで一面塗られたような気味の悪い外装だけだ。


 夢の世界に出てきそうな真っ黒の城に魔王は住んでいる。入口のドアを慎重に押して、椅子に座っている魔王にコルは深いお辞儀を一回した。


「何かおかしくないか……?」


「……何がでしょうか、デュオス様」


 魔王――デュオスは頬に手を当てたまま、コルを睨みつけた。もはやこれまでと、コルは死を覚悟する。


「神を倒しても世界が何も変わっていない。さりとて地上に降りて人間を一人殺してみたが蘇生はできなかった。我が神でないなら、神の消えた世界がどうして崩壊しない……何かがおかしい」



 杞憂であった。デュオスは全然違う事を考えていた。


「もしかしたら神は生きているのでは?」


「生体反応が見られん……永遠に眠ってでもいなければ、何かしら波長が見えるはずだ」


 デュオスはキュアの魔力の波長を感じる事が出来る。何の反応もないのでキュアが生きているとは到底思えないのであった。


「……コルよ、神殿に行って変化がないか確かめてきてくれないか?」


「了解です! ……では失礼します」


 そして、デュオスは快くコルを見送った。後姿を見てほくそ笑みながら。


(ばれていないとでも思っているのか……)


                      ▽


 コルが戻ると部下はまだ佇んでおり、


「お疲れ様です!」


 コルが声をかけるより早くに挨拶してきた。コルは適当に挨拶を交わしてから本題へ入る。


「さっきの話だが、デュオスにぶつけるのは時期尚早だと思う。そこでだ、メライ王国で実戦経験を積ましてから魔王を倒させるのはどうだ?」



「街は大混乱になり、収拾が困難になる恐れがありますがいいのですか?」


「問題ない。デュオスは別の事にご熱心だからな、ばれやしない」


「了解です! ……ニラ!」


 ドラゴンと戦っていた男、ニラは呼び声に気づいてすぐにやってきた。ドラゴンは既に息絶えているのは言うまでもない。


「あーはいはい何ですかー」


 ニラはへらへら笑いながら、コルに近づいてきた。髪はぼさぼさで片目が隠れるくらい。ニラの態度からは、陰気な少年が強くなっちゃったみたいな印象を受けてしまうのはしょうがない。事実ニラは引きこもりだったのだ。


「海胆宇仁良うみたんうにら君だったかな。いきなりだが、君に頼みたいことがあるのだが――」


コルが地球での名前で呼ぶと、ニラは赤面した。


「ちっがーう! 僕の名前はニラですよ。僕はこの世界に来て生まれ変わったの! いや、元々この世界こそが僕が生きる所だったんです!」


「そ、そうか……ニラ、君に頼みたい事があるのだが」


「魔王を倒すなら任せて!」


「いや、そうではなくてメライ王国に行ってほしいのだ。街で大暴れしてきてくれないか」


「は? 嫌です」


 コルはポカンとして口をあんぐりと開けてしまう。ハイテンションだったニラがまるで株の暴落のように気分が落ち込んでしまった。


「なんでそんな晒し者みたいなマネしなくちゃいけないんですかー。僕はクールに魔王をKOさせたいんです」


 なんというわがまま野郎だ、とコルは手をわなわな震わせた。地球人達のレベル上げのための魔物を調達してくるのはコルだ。食事を作るのもコルなのだ。そのほか魔王の相手、部下の指導と毎日毎日働き尽くしだ。コルは疲れていながらも丁寧にニラにお願いしたのだ。その結果はこれである。


 拳で殴ってでもいうことを聞かせてやろうか、とコルは思うがぐっとこらえる。すかさず部下はニラの顔面狙ってパンチを打ち込んだ。


「コル隊長に逆らった罰! ……いたいぃぃいい!」


 が、なぜか自分の方にパンチの痛みがきて、部下はたまらず悶えた。それを見てニラはにやりと笑った。


「僕の能力を忘れたの。僕は全ての攻撃を反射できるのさ。魔法も剣も何もかも。名付けて、無傷の絶対防御ネメアさ! 欠点として一度攻撃されると丸一日は防御できなくけど。でも、ただ念じるだけで全て跳ね返すんだから余裕っていうかー」


コルは諦めない。ニラの心境を読み取っていく。


「……実はお前に会いたいという美人がいてな」


「えっ! だれだれ」


 コルが平然と嘘を並べていく。するとニラは案の定食いついてきた。目をキラキラさせてコルを見上げている。


「予定ではここに来る予定だったのだが、卑劣なメライ王国に監禁されてしまった。ああ、なんと悲しいことか。彼女はお前とお知り合いになりたいと前から言っておったのに」


「えええ! ちょっ、それスペックはどんなの!」


「スペック? ……確か短い髪の女性で古風な話し方をする方だった気がするなあ」


 もうコルは限界だ。これ以上嘘をつきたくない。だが、コルが手作りで作った餌に、おバカなニラは食らいついた。パクパクと美味しそうに餌を味わっている。


「困っている人を助けるのは、メシアとしての当たり前の行為です。僕がきっとお助けしましょう! それでは行ってまいります!」


 そういうとトラのようにコルの前から姿を消した。コルは冷や汗を流しながらも、


「……では私もキュア神殿に向かってくるので後は頼む!」


 とだけ言って自室に帰った。後に残ったのは部下唯一人だけであった。


「えええええ! コル隊長がいなくなったら誰が魔物を持ってくるんですか!?」


 しかし、部下の悲痛な叫び声は地球人達の特訓の声に消えてしまった。





                       ▽



 さて、そのころリュウはというと。


「グルルルルルゥ! ガァアアアア!」


「これで終わりだ! 奸賦残ブレイブ!


 リュウの剣技をまともにくらい、アンデッドドラゴンはついに意識を失う。ドラゴンよりは弱いが、それでも倒すのは容易ではない。レベル30の4人パーティで何とかというレベルだ。


 リュウは一人でそれを倒し切った。さすがにアンデッドドラゴンを倒すのに丸一日費やしてしまった。リュウが他の魔物を倒した時間も合計すると3日だ。そのおかげかリュウは、現在レベル40である。



――ちなみに戦った時のリオネルのレベルは50で、リュウは5であった。ティアとサデラはそれぞれ5だ。そう考えるとリオネルが憤然としたのもしょうがないのかもしれない。



「よし、そろそろ向かうか! サクッと魔女を倒してティアの元に帰ろうっと!」



 ティアが亡霊のようにリュウを捜しているとは、全く思いもしない。テレポートを使ってリュウは神殿につくと辺りを見回した。


 目を凝らして見ると高くそびえたつ山が視界に移った。浮遊魔法で飛びながら近くまで来たところで、不運にも魔力切れが起こってしまう。リュウが慌てて回復ドリンクを飲むが、効果がでるのは少しかかる。



 胸に手を置いて、少し考えてからリュウは登山する事に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る