素性

「どうやって聖金貨400枚作るんすか?」


「一人当てがあるんだ」


 サデラとリュウが街に戻った時にはもう昼近くになっていた。空高く昇っている今日の太陽が一周したらタイムリミットである。冒険で稼ぐというのは不可能だ。日帰りで達成できるクエストの報酬は高が知れているし、野宿することはできない。


 しかし、リュウは金について相談ができそうな相手を一人知っていた。スーちゃんの時に金貨200枚も払って情報を買った時、彼はそのような事を仄めかしていたはずだ。しっかりとリュウは覚えていたのだ。


 リュウが案内する形で、滑るように向かうのであった。商人が思い思いに売買をしていた中心地からスラムに入ると、二人は空気の違いを感じる。商売をしても誰も金を持っちゃいないから無駄だ、と言わんばかりに二人がどこを見ても店一つ見当たらない。


 薄気味悪い路地を歩き続けて二人は目的の家に着いた。今回も門番が快く迎え入れてくれて、二人は敷地に入る。続いては、粗悪なドアが二人を歓迎する。ドアの蝶番は外れかかっていて、年季の入っている事が見て取れる。ノックを数回すると、眼鏡をかけた男が現れた。


「これは……リュウさん久しぶりです。昨日の姫祭は楽しかったですね」


ワンディが意外そうな顔つきで二人を出迎えた。



                     ▽


「――なるほど、お金を貸して欲しいと」


 リュウはワンディに顛末を丁寧に説明した。いつ死んでもおかしくない冒険者に、聖金貨400枚貸してくれ、と言われて誰がポンと貸すことができるだろうか。よほど信用をおいていたとしても、躊躇するのが道理だろう。



「お金はでき次第返します」


 リュウは地面に足をつけてひざを折る。ワンディは頬に手をあてて思案顔を浮かべていたが、やがて奥に行って冒険者カードを持ってきた。聖金貨400枚を取り出すと、


「首を長くして待ってますから、金額が用意できましたらお返し願います」


 訳もなくリュウに貸す事に決めた。驚きのあまりリュウは目をぱちくりとさせた。


「いいんですか」


 リュウは信じられないという風に尋ねた。ワンディは柔和にほほ笑みながら、


「リュウさんがそんな人じゃない事はわかっております」


 と言った。リュウは目頭を押さえながら何度も何度もお礼をいった。



 さて、思ったよりも簡単に事は終わった。そのせいだろうか。三人は世間話に花を咲かせてしまい二人がワンディの家を出た頃にはすっかり日も暮れてしまっていた。


「こりゃ今日はいけないっすねー」


 リオネルの家を夜に向かうのは自殺行為に等しい。なぜなら、リオネルが待ち伏せしている可能性が高いからだ。明かりをつける魔法は二人とも使えるが、リオネルが魔法を放ってきた時に対処は困難だ。


「明日行けばいいさ……今日は色々ありがとう」



「こ、これくらい何でもないっすよ!」


 リュウに礼を言われて、恥ずかしそうにサデラは叫んだ。サデラの顔は熟したリンゴのように真っ赤になり、髪の先端を弄った。


「じゃあまた」


 サデラの密やかな楽しい時間はすぐに消え去る。リュウが短く別れの言葉を言うと、街へと消えていこうとしている。その時、言葉が勝手に出てきた。おかしいな、今までこんな事はないのに……


「待つっス」


 リュウは足を止めて、サデラをじっと見た。サデラはまるで心の中を覗き込まれているような気がして、ズンと胸を押さえた。今考えている事がばれればリュウはどんな顔をするだろう……



「どうしたの?」


 ニコッとリュウはサデラに笑った。今のサデラにとっては麻薬にも似た中毒性のある快楽を与えられたも同然であった。黒い欲望が、サデラに侵入して好き勝手に篭絡する。もうサデラの目には遠慮などという迷いはなかった。


「もう少しだけ……飲まないっすか?」


 ああ、よくも自分がリオネルを責めれたものだ……でも、それでも……リュウなら許してくれるはず……


「いいよ、行こっか」


 流されるようにサデラはとある店に入った。店内の様子は落ち着いた雰囲気で、カウンターの奥で店員がシェイカーを上下に振っていた。二人が席に座ると、


「何に致しましょうか?」



「ジントニックで」


 シャカシャカと小気味良いテンポの後、グラスが二人の前にそっと置かれた。リュウはゴクリと飲んでから、


「美味しいよ?」


 と勧める。サデラは言われるがままにちろっと舐めるように口に入れたが、液体が喉を通過した途端に頬を赤らめた。


「――なんか元気ないね……どうしたの?」


 しばらくたって一杯を飲み干した時、リュウが気遣うように尋ねた。


「……リュウはなんであっしが、リオネル様の弟子になろうと思ったか知ってるっすか」


「知らないな。何かあるの?」


「あっしがリオネル様を見たのはもう6年前の事になるっす。世間では魔王が出現したとか騒がれていた時期っすね……あっしが住んでいた村は不幸なことに魔王軍の近くにありまして」


 リュウは2杯目のラム酒を飲みながら、黙って聞いていた。サデラもあっさりとした味のミモザを、ごまかすようにちびちび飲みながら話を続けていく。


「村は焼かれたっす。今まで戦争など経験していない平和な村でしたから、戦える人なんて誰もおらず……あっしのような子供は何らかの理由で次々に死んでいったっす」


「でも、サデラちゃんはここに生きているじゃないか」


「サデラでいいっす。もちろんあっしも魔王軍に捕まりましたよ。しかし、リオネル様が颯爽とやってきて魔王軍の人を倒したんっすよ。あの時のリオネル様はかっこ良かったっすよ……」


 過去を懐かしむように遠い目をしながら、サデラは苦笑いをした。リュウは目でその先を促した。


「いや、本当にかっこよかったっす……リオネル様は私が安全な場所に避難できるまで、魔王軍から守ってくれましたし避難後は何も言わずに立ち去ったっす。それから6年間探して、やっとの思いでリオネル様に会えたのに……待っていたのはティアに現を抜かすダメ男になってたっす」


「へえ、リオネルにそんな過去が。今では面影も見えないけどね……」


 違う、とサデラはリュウに言いかけた。これでは愚痴を聞いてもらう為に付き合ってもらっていると思われるではないか。


(そもそも、なんであっしはリュウを呼び止めたんだろう……?)


 まるでパンドラの箱……空想の中で悶えて解決するしかないのだ。例えその苦しみが永遠に終わらないとしても。


「リュウはティアちゃんが好きなんすか?」


 言って後悔、しばしの沈黙が起こるだろう。と思ったサデラだが返事はすぐに返ってきた。


「好きだよ……」


 はっきりと意思のある声でリュウは答えた。若干の落胆を感じつつも、


「そうっすか! 熱々で羨ましいっすね……」


 保険をかけておいたせいかサデラは平静を装えた。けれど、


「サデラはリオネルの事が好きなの?」


 リュウのオウム返しにも似た問いは、サデラにはあまりに心苦しかった。初めに恋愛話を振ったのはサデラだし答えるのが礼儀だろう。しかし……答えたくない。


「さあ、どうっすかね……」


 意地悪そうな顔をしてリュウをからかった。それからは楽し気に夜の時間を費やしていった。


                     ▽


 翌朝リオネルの家に着くと、リュウはコンコンコンと3回ノックした。反応がないとみるや、ゆっくりとドアを内側に引いた。ギギッと黒板に爪を立てるような不快な音が辺りに響くが、誰もやってはこない。中に入ると部屋の真ん中にティア、部屋の隅の方にリオネルがスヤスヤと寝息を立てていた。


「……ティア……」


 リュウがぼそりというと、条件反射のようにティアが目を覚ました。リュウの姿を見るやまるでお気に入りのぬいぐるみを抱くようにリュウにしがみついた。


「リュウ様! 来てくださるなんて――」


「……シー、リオネルを起こすと面倒だ」


 リュウに会った興奮から我を忘れていたティアは、はっとしてリオネルを見やった。だがリオネルはまだ夢から覚めてはいないようで何やら寝言を言っていた。


「……ティアちゃん、ぐへへ……」


 だらしないリオネルの顔を見て、ティアは嫌そうな顔をした。


「リュウ様……これ以上リオネルさんといるのは、私耐えられません。こんな男とねんごろになるくらいなら、いっそ私を殺してください……」


「大丈夫、奴隷契約は今日で解約できるよ」


 リュウはティアに冒険者カードを見せた。記されている聖金貨500の文字はティアを心から喜ばせた。


「では、今すぐにでも起こしましょう」


 だが、リュウは首を縦には振らなかった。


「昼まではリオネルの奴隷となってる。だから正午まで我慢してくれないか……?」


 不満そうな顔をしていたが、リュウが頭をなでると、


「……わかりました。でもその後は二人きりですよね?」


「……もちろん……ところでさ奴隷契約ってどうなるの?」


 この質問にティアは特に何も考えずに答えた。


「ご主人様が代わりましたから、リュウ様のはなくなりましたよ。それがどうかしたんですか?」


 不思議そうにティアはリュウを見上げた。リュウは即答して、


「奴隷なんて味気ないなって思ってさ」


 自信満々に答えた。ティアは納得したように頷いた。


「それじゃ正午に……」


「はい。楽しみです……」


 ニコニコと幸せそうに笑いかけてくるティアに別れを告げて、リュウは家を後にした。

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