心変わり
「リオネルさん! 何の用ですか!」
名状しがたい不快感がティアの柳眉を逆立てた。ティアの叫びで大地が震え、樹木から葉がひらひらと宙を舞った。
「迎えに来たんだよ! さあこっちへおいで」
何日も森で暮らしていたせいか服は所々破れており、汗臭いシャツの匂いが漂ってくる。リオネルは笑顔でティアを手招きしている。命令された機械のように、何度も何度も。
「誰がいくものですか! もう! リュウ様と幸せな時間を堪能していましたのに。私は貴方の事が嫌いです!」
「問題ないさ。すれ違いは時が解決してくれるからね。ほらっ。こっちに来なよ」
まるで磁石のn極とs極がぴったりと引っ付くようにティアはリオネルの元へと吸い寄せられていき、リオネルの胸に当たる。近くにくるとますます臭気が強くなり、たまらずティアはむせてしまう。
リュウはすっくと立ちあがり、リオネルに向かいながら剣を抜いた。リュウの瞳は凍るように冷たく、魔物を狩る時の表情と相違なかった。リオネルはティアの両脇を掴むと、
「怖いねぇ。でもこうしたらどう?」
ティアを前に突き出して、盾代わりにした。ティアは抜け出そうと、一所懸命に体を動かそうとするがびくともしない。
「リオネル! それでもお前人間か!」
リュウは怒号を上げてリオネルの正気を問うが、リオネルは肯定するように首を前に倒した。そして、背中を見せて歩いていく。たまらずリュウはリオネルの前に立って進行を妨害する。
「ティアを放せ!」
「ほほぉ、ティアちゃんのご主人様となった俺を殺すと。それは結構だが、俺が死ぬと奴隷のティアちゃんも死ぬのだがいいの?」
「何言ってるんですか、私のご主人様はクーオですよ……!?」
ティアを傍に立たせると、リオネルはポケットから奴隷契約書を見せた。A4用紙程の紙には確かにリオネルの名がある。唖然とする二人に人差し指を一本立てて左右に振り始めながら、
「買ったよ。聖金貨500枚でな……さぁどうするリュウよ、俺と戦うかい。ん?」
リオネルは嘲るようにリュウを挑発する。青筋を立てながらも、歯を食いしばって鞘に剣を納めた。いきなりリオネルがリュウの腹を殴った。腹を抑えて苦痛に顔を歪ませるリュウに、何度も何度も蹴ったり殴ったりした。
ひとしきりリュウを嬲ると、溜飲が下がったリオネルはティアを連れて去っていった。悔しさがリュウの全身をワナワナと震わせる。どうすることもできない無力感がリュウを苛立たせる。
「回復カトゥリ……」
回復魔法でリュウの体は全快するが、ティアの行方は見失ってしまった。仮にティアが見つかってもご主人様がリオネルである以上は手の出しようがない。
ティアを救い出すには最低でも聖金貨500枚が必要となる。日本円で換算すると500億円だ。一介の冒険者が稼げる金額ではない。リュウがいかに強くても短期間では不可能である。
▽
朝、リュウはギルドに来ていた。一縷の望みをもって、Sランク向けのクエストを捜したが結果は徒労に終わる。リオネルを倒してSランクに上がったのだが、クエスト内容は寝泊りを必要をするものばかりだ。
一日でおわりそうなのもあったが場所が遠い。おまけに報酬が聖金貨500枚ということもあり、遂行は困難を極めると思われた。クエスト内容は以下の通りだ。
依頼
竜殺しの魔女討伐
概要
神殿の近くの館に二人の魔女が住み始めた。彼女達は乱暴で周辺の人々に竜を呼んで来い等と恐ろしい事を言っている。既に国の兵士が何百人と向かったが、皆命からがら帰ってきた。魔王軍の襲来に備えるべく、これ以上兵は出せない為冒険者の力を借りたい。
条件
Aランク冒険者以上
報酬
聖金貨500枚
掲示板に貼ってあった紙を上から下まで見るが、やはり厳しいとリュウは思った。ティアの身がかなり危ない。リオネルの思い詰めたような表情から、いつティアが欲望のはけ口となるかは分からない。
「金、金、金っと。こればかりはどうにもならないよなぁ……」
「何がっすか?」
「いや、入用がねーーー!?」
「リュウもお金ないんっすか? リオネル様といい、最近は皆さん金遣いが荒いっすね。あのっ、エール2杯くださいっす!」
リュウがうーんと唸っていると、知らぬ間にサデラが隣の椅子に座っていた。サデラに同情されて、食事まで驕ってくれた。ポケットには銀貨が数枚しかないので、リュウもしょうがなくご馳走になった。
「あれっ。今日はティアちゃんがいないっすねぇ……もしかして、喧嘩でもしたんすか?」
「違うよ……」
サデラは茶化そうと試みたが、リュウが元気がないので首をかしげる。決まりが悪そうに、
「わ、悪かったっすよ……何があったか話してみるっす。あっしで良かったら仲直りに協力乗るっすよ」
リュウは重い口調で事の顛末を語り始めた。最初は同情の顔を浮かべていたが、話が続くにつれて徐々に顔が赤くなっていき、しまいには思いのままに叫んだ。
「許せないっす!」
ゴンとテーブルに、エールの入ったジョッキを叩きつけるとサデラはリュウに平謝りした。
「あっしの師匠様が何回も迷惑かけてすいませんっす!」
「サデラが悪いわけじゃないよ」
「あっしがびしっと言ってやるっすからっ!」
サデラはリュウを連れて、街道を歩いた。往来から裏道へと入り、茨の道を進んでいくと木製の家が一軒見つかった。
二人が隠れ家の壁に寄り掛かって聞き耳を立てると、シクシクとティアのすすり泣きがする。リュウが壊す勢いで戸を叩くと、リオネルが顔を出した。
「む、どうしてここが分かったのだ?」
意外そうにリオネルがリュウを見つめていた。相変わらず吐きそうなほどの臭気を漂わせていて、サデラは後ずさりする。胸のむかむかを抑えながら、
「聖金貨なら後で払う。だからティアを解放させてやってくれ!」
リュウは精一杯に頭を下げた。底意地悪くリオネルは笑って、
「一日なら待ってやってもいいぞ。それ以上はだめかなぁ……」
踵を返そうとした。が、サデラの姿を見ると足を止める。リオネルはサデラを見下すように睨んだ。
「お前が教えたのか……余計なことをする奴だ」
「リオネル様もうやめるっすよ! 始めてお会いした時はそんなお方じゃなかったっすのに、あの頃のリオネル様はどこにいったっすか!?」
「ティアちゃんはな、心が綺麗でいつも皆を笑顔にさせる少女だったんだよ! だが、リュウお前が入ってからどうだ。ああ!? 貴様にティアちゃんが汚されるくらいなら、俺が先に手を付けてやるんだよぉ」
リオネルは明らかに狂言を言っている。リオネル自身がよくわかっている。本音を言うならば、リオネルはリュウに嫉妬したのだ。
リュウの強さに、行動力に、そして優しさに。どれも自分には足りないもので、リュウはそれを持っている。だからこそリオネルはリュウが許せない。自分が全てに劣るなぞ、国唯一のSランクだったプライドが許せない。
「リオネル様……」
茫然とサデラは目の前のリオネルを見た。サデラはリオネルを説得する事を諦めた。あの時のリオネル様はもういない。
「自分本位で決めつけて、ちゃんとティアの気持ちを考えたのか?」
リュウは僅かな希望をこめて、リオネルに言った。だがリオネルは嘲るように笑った。
「……奴隷に気持ちなど必要ない。奴隷はご主人様の事だけを考えておればいい」
「…………明日までに聖金貨500枚渡せばティアを自由にするんだな」
「……ああ」
リュウはドシドシと街へと帰っていった。サデラは
「……最低っすね……」
とぼそりというとリュウと肩を並べて街へと帰った。
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