楽しい時間は過ぎさるのも早いものだ。気づけば夜深くなっていて、屋台は次々とその姿を消していく。地面には酔っぱらって倒れている人もいる。


 しかし、家路に足を運ぶ者は少なくて通りにはたくさんの人が往来していた。せわしなくどこかへ移動しているようだが……


「こっちだ!」 


「急げ! もし花恋ドリマーを見逃したら大変だ!」


 姫祭の最後のイベントである 『花恋(ドリマ―)』だ。一年に一人しかなれない『姫プリンセス』に選ばれるのは顔の良し悪しだけで決まるわけではない。


 器量に教養や作法、果ては武力まで。様々な事を検討して選択される。国を挙げての一大イベントなのだ。


 さて、リュウ達はというと。寝ていた……普段飲まないエールをグビグビと飲んでしまって、脳が急激な刺激にたまらずに睡眠命令を出したのだ。3人とも固い木材を枕代わりにして眠っていた。辺りがあまりに騒がしくなるとティアだけ目が覚めた。


「うぅん……もうこんな時間ですか。って、もうすぐ花恋が始まってしまいます!」


 ティアは慌てた手つきでリュウとサデラを揺さぶる。パンダのようにとろんとした目つきで、二人はティアを見た。


「花恋が始まりますよ! 早くいきましょう」


 その声の意味を理解したサデラはすっと立ち上がった。リュウを引っ張りながら人の波に身を任せてゆらりゆらりと前に進んでいく。そうして、後ろから押されるように歩き続けて早30分。ようやく目的の場所が目に入ってきて、


「まだ始まってはいないようっす。良かった……」


 空いていた自由席に座ったサデラは、ほっとしたようにため息をついた。


「結構男も見に来るものなんだね」


 と、リュウは意外そうに言った。


 日本の学園祭のように、多くの可愛い少女がステージに上がってアピールをするとは限らない。一人の審査員が紙を読み上げて、呼ばれた数人だけが場に出てからアピールタイム。その後に投票されて一人だけが今年の姫となる。過去の例では公衆の面前で、熱い接吻を交わす姫もいたそうだが――


 ティアが目を輝かせながらリュウに何度も何度も聞かせたので、花恋に興味がないリュウも覚えていたのだ。


「姫になるのはたったの一人ですからね。毎年壮絶な争いがステージの上で繰り広げられるので、それを楽しみに見物しに来るかたも多いんですよ」



「ちなみにあっしもその一人っすよ! まさか、あっしなんかが選ばれるとは思ってもいませんし……」


 自分で言っておいて悲しくなったのか目に涙をにじませたサデラに、


「私も生まれてこのかたステージに上ったことさえありませんよ」


 ティアが共感の声を上げるが、急においおいと泣き始める。二人は生き別れていた姉妹が合流するかのように抱き合って互いに慰めあった。


(自分で言って泣くとはなぁ……)


リュウは場を和ませようと即興でこう言う。


「今回こそは選ばれるって!」


「本当?」


「二人は可愛いから間違いないよ!」


 サデラとティアは満足そうな表情を浮かべた。と、その時――


「長らくお待たせしました。それでは最後のイベント、花恋を始めます!」



 ステージ前にマイクを持った司会者風の男が一人現れる。途端に客席からは、夏の蝉の鳴き声のように大歓声が巻き起こる。司会者はコホンと咳を一つすると、


「最初に読み上げをする方を及び致します。ワンディさん!」


 皆が騒ぐのを止めてから、ワンディの名前を呼んだ。ワンディが紙を一枚持って歩いてくる。


「先の紹介があった通りに私はワンディと申します。今回はこのような場に出させて頂いて光栄の至りです――」


 予め用意しておいたのだろうメモ用紙を見ながら、簡単な自己紹介を始めていった。それが終わると、別の紙を取り出して名前を呼び始めた。3人までしか呼ばれないため、女性陣は目を血走らせてワンディを睨んでいる。


「一人目はギルドの華! ルイさん!」


「ええ!?」


 呼ばれると顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いていた。しかし、ステージに上がるとニコッと心から嬉しそうに頬を綻ばせた。


「二人目はダンジョン封鎖騒動で大活躍した女傑、ティアさん!」


 信じられないといったようにティアは目をぱちくりとさせた。ステージに上がっても足が震えていて、緊張しているのが客席からもよく分かる。まるで夢でも見てるんじゃないかと、ティアは自分が選ばれた事が実感できない。足がふわふわと浮いている感じがする。


「はぇ~……リュウも言った通り見事に選ばれたっすね」


 リュウを非難するようにサデラがジッと見つめている。ティアを羨ましそうにしながら、プイッとそっぽを向いてしまった。


「最後でサデラが呼ばれるかも――」


「ふーんだ。見え透いたお世辞はいらないっす……ううっ、騒動を起こしたあっしが期待を持つなんてバカだったんっす」


「街の噂ではリオネルだけが犯人となってるから、選ばれても不自然じゃないよ」


「……え? そうなんっすか? それじゃあ……」


「最後はリオネルに騙された薄幸の少女、サデラさん!」


 ワンディが告げると同時に、今日一番の喝采が起こった。


「……え……あっしの名が呼ばれたんすか!? 聞き間違いじゃないっすよね!」


 気が違ったようにサデラはリュウを振り回していたが、やがて元気よくステージに上がって幸せそうな顔をして白い歯を見せた。




 ワンディがマイクを司会者の人に渡して、ササっと裏へ退場した。マイクを片手に司会者はルイ、世奈、サデラの順に回答を聞いていく。


「続きましてはアピールタイムです。まずは趣味から尋ねていきましょうか!」


「生気を吸う事です」



「おおっと! ルイさんは生起を趨せいきをすうと難しい言葉を知っていて、さすがに博識だぁあ!意味は――ある現象に赴くというらしいぞ! さすがルイさんだぁあぁああ!」


 一回司会者は肺に空気を入れなおして、


「――観察する事ですね」



「ティアさんは実に可愛らしい事を好きなようだ! ちなみに何を観察することが好きなんですか?」


「リュウ様です!」


「なんと羨ましいぃいいいいぃいい! くそぉおおおおお!」


 マイクの微調整をすると、



「料理っす! 特にカレーが得意っすよ~」



「サデラさんは料理だぁああ! 料理は誰かに作ったりしているんですか!?」  



「愛する人に毎食作ってるっす!」



「こんな美少女に作ってもらうなんてなんてうらやましいぃいい!」



 司会者は再度マイクをルイに向ける。


「続きましてアピールポイントを聞いてみましょう! ルイさん!」



「たべることです」


「人形作りですね! 最近は子供の人形を作るのにはまっています!」


「編み物っす。冬に向けて、セーターを作ってあげてるんすよ!」



「おおおぉ! 会場がどよめいているぞ! では最後に一言お願いします!」



「私に入れてね~」


「私にはリュウ様がいますから……ううっ、でもこんな機会もう二度とないかも……」


「あっしに一票お願いするっすよ~!」


「誰に投票するか決まりましたら、あちらの方で冒険者カードを見せてください! 一人一回までですよ!」


 リュウが冒険者カードに視線を落とすと、3人の名前が横向きに三分割で並んでいた。ティアの名前をタッチすると、


「ティアさんでよろしいですか?」


 と表示された。なんということもなく投票を終えるとリュウは席に戻った。


 しばらく経って皆が投票を終えると、司会者は集計された票の数を大声で読み上げる。


「結果発表のお時間です! 今回は候補者のレベルが高いということもあってか接戦でした! それでも一位は決まりました! ティアさん!」


「わ、私ですか!?」


 ティアの名が呼ばれると会場は鳴り響かんばかりにわっと声が上がった。サデラとルイは悔しそうな顔をしながら各々の席に戻る。司会者は裏から何かを持ってきた。オレンジのカーネーションや白の胡蝶蘭などが綺麗に束ねてある大きな花束だ。


「……最後に王子様をお呼び致しましょうか! 今回は王家の者でなく冒険者から選ばせてもらいました! 凄腕の悪党、リオネルを見事打ち破った我らの英雄! リュウさんに決まりましたぁああ!」



 呆気にとられつつもステージ前に上がったリュウは、目じりを下げてチラチラと上目づかいで見てくるティアに視線を当てた。司会者からリュウが花束を受け取ると、ティアはもじもじとしなやかな指を開いたり閉じたりする。


「……ティア……」


 ティアは顔を赤らめて、目を潤ませる。


「な、なんですか……」



「――好きだ! 花束を受け取ってくれ!」


 嬉しさのあまり、ティアは花束を受け取ろうとせずに固まってしまう。間をおいて、しなやかな白い指で花束を握るとこれ以上ない笑顔で、


「私も好きです!」


 会場は静かになって皆はかたつばを飲んでいた。舞台に上がっている二人は、ゆっくり距離が近まっていく。互いの体が触れるまでになるとどちらともなく唇を寄せていき――


 こうして熱い祭りは終わり、皆は席を立ち始めた。残ったのはティアとリュウだけだ。


 ふと、近づく影が一つ。甘い空気をぶち壊しながら奴は戻ってきた。


「ティアちゃ~ん! ああ、ここにいたのかぁ! 探したよ!」


 ボロボロの服を着たリオネルがにやりと笑った。

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