スーちゃんを守ります
ダンジョンは1階ごとにボス部屋が設置されている。ボスはやられても定期的に復活して、常に冒険者を待ち構えている。
部屋の前で二人はピタッとそこで立ち止まる。後ろを警戒しながらも二人は地面に腰を下ろす。ひんやりとした感覚が戦いで火照った体に気持ちいい。
低階層の敵は弱い代わりに量が多い。背後からの奇襲も考慮に入れなければならないので神経も使う。
「ボスを倒したら2階層? 一階とはいっても意外と敵多かったね」
ティアはバッグから水筒を取り出すとグビグビ飲み始める。半分ほど残してリュウに渡す。
「でも冒険者の死因の多くが慢心ですからね。ボス部屋も油断は禁物です!」
「わかってるって。それで、1階のボスはどんなの?」
「粘液まみれの怪物で、厄介なモンスターと聞いております。なんでも、迂闊に近づくと取り返しのつかない事態になると……」
「そりゃおっかねえ……そういや、一階層なのにあいつを見てないな」
「あいつとは?」
ティアが不思議そうに首をかしげる。くるりと反転させてリュウは水を喉に流し込む。
「スライムと言われていて、地球ではザコモンスターの筆頭なんだ。まあ、その話はダンジョンを出てからね」
「渋られると余計に気になります……行きますよ!」
ティアがリュウの背中を押して立ち上がらせると、二人は擦れた木製のドアを押した。
中にいたのはティアの言った通り、ぬるぬるでプルプルしている魔物だった。こねこねしたくなる不思議な物体。弱弱しくて、いじらしい生物と言えば――
「スライムじゃないか!?」
度を越えた声でリュウが叫んだ。リュウにとって、スライムがボスに出世しているとは考えもしなかった。
「侮らないでください。こいつは見た目とは違い――」
ティアの忠告より早く、リュウの体が勝手に動く。特に考えず、縦に一太刀浴びせる。
「……あれ、効いてない!? うわッ、まとわりついてきた!」
「彼らは物理は聞かないんです。倒すなら、魔法しか! 雷光サンダー!」
地球の常識はここでは通用しない。リュウは勢いよくスライムに斬りかかったが、水を切るように手ごたえはなかった。蜘蛛の網でもかかったかのように身動きがとれなくなった。
スライムの液体は粘りが強く、がむしゃらに暴れても取れない。ティアがいなければ、リュウはスライムの餌になっていただろう。リュウを引き寄せると、冷たい視線でティアが睨んだ。
「魔法攻撃でしか倒せませんよ! 遠くから遠隔攻撃がセオリーです。」
「連和弾レンワダン! 」
二人の高威力の魔法がスライムにあたり、体がバラバラにちぎれていく。ベチャベチャと地面で蠢いている。
「倒したか!」
「――いえ、まだです!」
手の平に乗りそうなほど小さなスライムがぞろぞろとこちらへ集まってきた。まるで幼児のようによちよちとこちらへ這いよってくるようだ。リュウはなおも魔法を放とうと魔力を高めると、
「リュウ様、攻撃してはいけません!」
ティアが声を高くして止めた。リュウが振り返ると、首を横に振った。
「どうして!? まとわりつかれたら厄介だ」
だが、ティアは手を交差してバッテンを作る。やがて、ティアの前に一匹のミニスライムがやってきて足元に引っ付いた。ティアは手に乗せると、
「小っちゃくなるとこんなに可愛いなんて知らなかったです!」
優しく撫でた。ミニスライムはティアを捕食しようと頑張っているが、体が小さすぎてうまくできないようだ。ティアは目を輝かせているのを横目に、リュウは魔法を放った。
「……冷却フリーズ」
「あぁスライムが!?」
情けなくミニスライム達を氷漬けにしてしまう。
「連和弾レンワダン!」
白い弾丸が氷漬けされたミニスライム達にあたると、ビキビキと壊れていく。飛び散る液体もやがて消えて気づけばあれほどいたミニスライム達は1匹だけになっていた。しかし、依然として扉は開かない。
「……それを渡すんだ。ほんの、ほんの一瞬でいいから」
「嫌です! スーちゃんだけは殺させません!」
いつのまにか愛称までつけて、ティアは大事そうに身をかがめる。しかし、スーちゃんを倒さなければ先に進めない。ボス部屋を突破すると地上に戻るか、先に進むか選べる。今から来た道を戻るのは骨が折れてしまい不効率だ。
「それを倒さないと先に進めない。後で似たようなもの探してあげるからさ」
「……だめ! さぁ、来た道をもどりましょうか!」
「ぁぁあ! 頭がぁあ!」
主人が奴隷を罰しようとした時は、頭が痛くなるようになっている。ティアは手の平でスーちゃんを押したり、撫でたりしながらリュウを説得する。リュウはティアを説得するのを諦めて引き返すことに決めた。
とはいっても1階層。リュウのレベルも5になっていた。ティアもレベル5まで上昇して、強さもまた一段と上がっている。道中強い敵もいないのでサクサクと進み、あっという間に入口前にきていた。魔石も随分とたまり、換金も期待できそうだ。
「ほら! すぐ着いたでしょう」
「ほんとにスライム持って帰るの。街で見せたら騒ぎになるんじゃないかな」
「スライムじゃなくてスーちゃんです! たぶん大丈夫でしょう!」
絶対大丈夫じゃないと思うリュウであったが、ティアの意思の固さに負けて何も言わない。よほど気に入ったのか、手の平で蠢くスーちゃんを楽しそうに眺めている。捕食は諦めたのかもぞもぞと動くだけのスーちゃんは何か心に入るものがある。不覚にもリュウはそう思ってしまった。
「外はまだ暑いですね。水飲みます?」
「今はいい。にしても……暑い」
二人がダンジョンから出ても太陽は、まだその権威をふるっている。
「……スーちゃん!?」
「死んでる!?」
ティアが突然叫んだので、リュウも振り向いて唖然してしまう。
――スーちゃんが消滅しかけている。青い色が透明になって今にも消えそうだ、太陽を知らないスーちゃんにとって日差しは強烈な刺激だった。
急な環境変化に耐えられず、もはやこれまでと腹を切った武士のようにピクピク動くだけだ。慌ててティアが両手を合わせて影を作ってやると、少しづつ元気になった。
「やっぱり無理なんだよ。さ、ダンジョンに返してやろう」
駄々をこねる子供にいうように、やんわりとリュウがティアを宥めようとするが、
「……ちょっと来てください!」
リュウの手を引っ張ってスタスタと歩いてしまう。わけもわからずついていくリュウはやがて人通りもない裏通りに出る。日の影が出来ているので、スーちゃんもここでは元気になった。
ティアはそっと地面にスーちゃんを置くと、地面をあちらこちらに探検していた。
「――スーちゃんを私たちのペットにしましょう」
しばらくの時間が経って、ティアが喉から絞り出すように言った。
「いいよ!」
リュウはすぐ同意した。
「え!? いいんですか?」
否定的だったリュウがスライムを飼うのをあっさり賛成したので、ティアは意外な表情を浮かべた。
「だけど街にばれないようにしないとね。大騒ぎになるだろうし」
「こういう時に役に立つ人知っています! 案内しますね」
ティアが手を出すと、スーちゃんはちょこんと乗った。二人は人通りのある街道を肩を並べて歩き出す。ギルドから西に進むと大きな噴水がある。噴水を中心に4つの道が分かれていて、その道をティアはまっすぐ通り過ぎた。
テントや、路上で寝ている人などがちらほら見えてくる。子供たちの目はいやにギラギラしていて、隙を見せれば何もかも取られそうだ。みすぼらしい服装をして物乞いをするものまである。王国の西はスラム街なのだ。リュウの顔にも焦りが出てくる。
「ティア……? どこまでいくんだ」
「もう少し先です。ここはスリが多いですから気を付けてください」
更に先に進むと一つの家があった。ポツンと建てられている一軒家の前には人が立っている。、二人が近づくと、
「あぁティアさん。久しぶりです」
門番の男が優しく出迎え二人を中に入れてくれた。奥へと進んでいくともう一つドアがあって、頑丈そうなカギが付いてある。ティアがトントンと2回ノックして少し待つ。ドタドタと慌ただしげな足音とともに、カチャとカギが開く音がした。
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