冒険者

 リュウが王国についてから数週間が経った。二人はギルドで朝食を澄ましていた。


 今日はリュウの身分証明書を貰いに来た。まだ朝早いというのにギルドの中は騒がしい。彼らの多くはダンジョンに入るのだ。リスクを減らすために入念に装備を整えている。


「――では、いきましょう」


 銅貨3枚を支払って朝食をすますと2人は受付に足を勧める。受付の人はにこやかな表情で出迎えた。


「おはようございます。私は受付担当のルイと申します」


 見るものを恋に落としそうなほどに、素晴らしい妙齢の女性がそこにいた。


 桜が舞い散るような色香に、触れれば崩れそうな真っ白な肌。栗色の髪から辿っていけば宝石のような茶色の瞳が微笑んでいる。




 リュウの顔がほんのり赤くなる。ゴクリと喉が鳴り、ルウから目を離せない。


「雷光サンダー!」


「――ギャッ!?」


 激痛にリュウは悲鳴を上げ床に伏してしまう。ぷくーっと頬を膨らませているティア。茫然と立ち尽くすルイの視線を感じて、リュウの男が燃え上がる。


 陸に出された魚のようにピクピクと震えながらも、リュウが何とか立ち上がって、


「よそ見してないで早く用件をすましてください。他にも行くところあるんですから!」


 ティアが素知らぬ顔をして淡々と場の進行を促す。 リュウは文句を言おうと思うが、ティアの体からバチバチと電気が漏れているので断念した。


 紋章が消えたティアは魔法攻撃が使える。 ティアはアンドロイドの中でも優秀な存在だったようで、攻撃は強力だ。端的にいうと痛い。


「大丈夫ですか……?」


「な、なんとか」


 ルイは仕切りから手を出して、リュウの体を撫でていく。女性特有の細長い手の感触がリュウの気を変にさせる。手の動きは次第に下半身へと――


「轟雷ライトニング! 轟雷ライトニング!」


「ぎゃぁぁぁぁ!」



 地面に横たわるとリュウは岩のように動かなくなってしまった。 電気攻撃の前にリュウとルイを引き離しているので安心である。要するに攻撃をくらったのはリュウだけである。



                    ▽


「こちらがリュウさんの冒険者カードになります。なくしますと再発行に銀貨50枚必要ですので注意してください」


 リュウが気が付いた時には全てが終わっていた。ティアが金を払ってカードを受け取っている。カードを受け取るとリュウの手の上にポンと置いた。今度こそリュウは文句を言いたくなったが、公衆の面前でいうこともないだろうと考えてカードを受け取った。二人はそのままギルドを出る。



                     ▽

 家に着くと開口一番にリュウが、


「いきなり攻撃するなんて!」


「大丈夫ですよ。ちゃんと加減しましたからね」


じりじりとティアがにじり寄ってくる。リュウはドンと壁に背中を預ける。


「――だいたいリュウ様が悪いんです! ルイさんを嫌らしい目で見て。変態行為は私に許可を取ってからにしてくださいね」


「うぅぅ……」


 現状ティアの奴隷で、ヒモのリュウが何もいえるはずもない。


(まるで女王様だな)


リュウは思った。ティアは事あるごとに干渉してきている。


「許しません! 罰として今日は――」


 と難癖付けては、マッサージやティアの荷物持ちなどあらゆることを命令してくる。


 気づけば一緒にいて、最近では寝るところも同じ部屋になっている。


「寝具は高いですから! それに……」


と、頬を真っ赤にしてティアは断固拒否するのだ。


 周りから見れば二人はお似合いの夫婦に見えている。まだ二人は気づいていない。



 ティアも可愛いと、リュウはベッドの上でぼんやりと思う。吸い込まれそうなほどの唇に、くっきりとした目鼻立ち。珍しい銀髪の髪が彗星のようなきらめきを放っている。


  料理は上手で料理屋でも開けそう。紋章が消え魔法が使えるので、有り余っている魔力を売りさばいて大金を得ているとか。


(でもなぁ)


 リュウは悩まし気に頬を摩る。何もせずにのんきに日を費やしていいのだろうか。神殿から今日まで、すでに趨週間が経過していた。一刻も早くここから出て、旅にでも行かなければならないはずなのに。



 ティアはお仕置きとしてリュウに奴隷契約を復活させた。国からでようとすると体が止まるのだ。そしてティアの方へ連絡が行ってしまう。その時のティアの般若みたいな怒り顔は……


 トラウマでリュウの体が震えてしまう。それ以来脱出するのは不可能と悟り、借りてきた猫のようにおとなしくティアのいいなりになっている。


(このままでもいいんじゃないか)


いかんいかんと、リュウは激しく首を振る。白い枕を上に放り、落ちていく様子を眺める。ポスっとスプリング性のベッドが枕を受け止めると同時に。



「リュウ様ーご飯できましたよ。冷めないうちに下りてきてくだないねー」


 階下から弾んだ声が聞こえてきた。よどんだ思考を止めると、リュウは階段を下りていった。


                      ▽

「ダンジョンに行きましょう!」


「朝から何を言うの。まだ何も準備してない――」


「準備なら昨日のうちにしときましたから。ほら急いでください」



 翌日、二人は再びギルド前に来た。昨日のうちに回復アイテムや、松明等は買いそろえておいたらしく寄り道はない。いつ来てもギルドの喧噪は止まない。朝から夕方まではギルドが、夜間は屋台が営業されているからだ。


さて、ダンジョンに向かうので二人の服装も新調された。



 リュウの服装は黒系の上下を着こなし、兵士が着るようなバトルスーツに似た形状になっている。防御性より機動性を重視したようだ。


 ティアは白いブレザーに青いスカートを纏っている。胸には赤いリボンが可愛く結んである。風が少し吹けばパンツが見えそうだ。手に持っているロッドは銀貨10枚程の安物だが、ティアが持つと強そうに感じる。


「あら? どうしたんです。そんなちらちら見て」


「……本当にその服で行くの?」


 リュウから見ると女子高生が着るセーラー服にしか見えない。まるで女子高生とダンジョンに行くようで複雑な気持ちになる。


「防御面では不安が残りますが、遠方から魔法攻撃するので問題ないでしょう」


リュウの精神面は攻撃されっぱなしで、問題だらけなのだが――


「……行こうか!」


「無理はしないでくださいね。死んでしまっては意味がありません……!」


「分かってるって」



二人はまっすぐルイの方へと向かう。



「おはようございます! 朝からダンジョンなんて珍しいですね」


 周りはエールをもって騒いでいるものばかリだ。エールとはギルドオリジナルの飲み物で、飲むと不思議な気持ちになれるのだ。一杯銅貨2枚で、換算すると200円と非常に安い。



朝は飲んだくればかりで、ダンジョンに行くものは殆どいない。


「今日はダンジョンに行こうと思いまして」


「そうですか……最近は低階層でも物騒だと聞きます。二人とも、どうかお気をつけて」


 ティアとルイは以前から仲が良いらしい。女同士の話は終わりが見えない。時折リュウも交え3人の楽しい会話の後は、


「――では行きましょうか」


 ティアの一声で終わりを告げる。二人はギルドの裏に向かう。ルイがパスワードを入力するとガチャンと木製のドアが開く。



 日の当たらないダンジョンの中は薄暗くてジメジメしている。松明か火の魔法を使わなければ前に進むのも容易ではない。


 ただ、低階層は『勇者』が定期的に魔法を供給してくれてるので明るい。だが、20階以降は自力で進まなければならない。敵の数も桁違いに多くなり、強さも低階層とは話にもならない。




 二人がダンジョンに入ってすぐに敵が現れる。2本の角に緑色の小柄な生物。悪知恵が働き、姑息な手段も平気な顔してとる。地球では雑魚モンスターとして名高いゴブリンだ。


 ゴブリンはのろのろと棍棒を手にこちらへ走ってきた。まだ1階層なので足は遅い。ティアが魔法を唱えようとロッドをゴブリンに向ける。しかしリュウが片手をあげて中止の合図を出す。


「敵の動きが知りたい。しばらくは様子見を頼む」


 リュウの目は黙然と敵を見つめ、腰から剣を抜く。数秒後、ゴブリンが金属バットくらいの大きさの棍棒を振り下ろす。リュウは体を横にずらして衝突をさける。ゴブリンの棍棒からは空気を斬る音が空しく響いただけだった。


「甘い!」


 左足を下げて、リュウは剣を横から振り払う。ゴブリンは身をよじるだけで避けられない。


「グォォォ!」



 剣はゴブリンの腰を2つに分け、ゴブリンから断末魔がもれる。胴体は重力に従い地面に落ち、やがて消える。後に残ったのは小さな石だけとなった。


「さすがです! やはりリュウ様はお強いです」


「そりゃどうも……ところでこの石は何?」


 てかてかと点滅している小石を拾うと、ティアに尋ねる。


「『魔石です! ギルドに渡して金に換えるのです」


  キュアが与えた剣は補正がかかっているようで、体が軽くなって切れ味も抜群だ。リュウがゴブリンを斬った時も、肉の壁に阻害されるような感触はなくスパッと切れた。


 ティアは国内最強レベルの魔法能力を有していて、身体能力も軽い。機敏性なら、リュウより身軽だ。頭も冴えていて状況判断は適切で、リュウと話している間でも警戒を怠っていない。


「雷光(サンダー)!」



 二人はサクサクとダンジョンの奥に進んでいく。遠くに魔物が見えたらティアが魔法を放ち、近接ではリュウが斬る。さしてなんの問題もなく進み、そして――


二人は早くも一階のボス部屋に到着した。

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