独立する思考


 馬車の屋形は紫色のカーテンで仕切られている。

前方にクーオが座り、後方に二人が尻を床につかせている。しかも二人は檻に入れられてしまった。専用のカギがないと開かないし、壊れない。


「ふはぁあぁああ」


 涙交じりにクーオはあくびを数回した。メライ王国まではまだまだ何時間もかかる。時刻は14時を少し超えているが、到着するころにはすっかり日も暮れているだろう。



 暇つぶしがてらに神殿に足を運んだがキュア様に会えなかった。口実の為に自傷したのに金をどぶに捨てただけであった。


 だが骨折り損のくたびれ儲けではなかった。というのはティアの紋章がさっぱりと消えていたからだ。アンドロイドの紋章が消える例は、今まで聞いたこともない。どれほどの値がつくのか想像するだけで、クーオからよだれが垂れた。



 道のりはまだ遠い、クーオは目を閉じて昼寝を始める。


 まばゆい太陽の光が大地を照らしている。特殊な日よけ魔法を施しているのか、クーオはすやすやと寝息が漏れるだけだ。付近に魔物の気配はなく無事にメライ王国には着きそうだ。


 さて、後方はというと。灼熱地獄にでも落とされたくらい暑い。汗が湯水のように出てきては床に落ちていく。思考も定まらずリュウはただ暑さに呻くだけだ。ティアはそんなリュウをずっと見ている。


 艶やかな髪をかき上げて、視線をリュウに固定している。


 さしものリュウも違和感に気づく。ティアの行動が読めないので怯えてしまう。思えばおかしなところはいくつもあった。腕を掴まれて無理やり連行されたり、奴隷にされたり。


 それに世奈と桜美は見当たらなかった。


 ティアに奴隷にされた直後にリュウは走って姿を消した。神殿を出たリュウは神殿の周りをぐるりと回って世奈と桜美を捜した。だが、彼女達の姿は発見できなかった。


 世奈と桜美をこの神殿の外にテレポートしたはずだが、どこにもいない。


(時間が経ちすぎたから、今はこの近くの村にでもいるんじゃないか)


思い直し村を捜そうとした、その時。


「戻ってくるのです!」


 とティアの可愛い声が聞こえると、意に反して体が動き、


「わわ、なんだこれ!?」


 ティアの方へ走ってしまった。まるで磁石で引きつられるような動きでティアの方へ歩く。ティアはリュウが近づくと頭をなでなでした。


  

――リュウが漫然と考えていると、ティアがいきなり口を出す。


「リュウ様、ちょっとよろしいですか?」


 森閑としていた馬車の中にティアの声が響く。どうやらクーオは寝たようで、いびきがこちらにまで聞こえてくる。リュウはティアをじっと見つめた。


「どうしたの?」


クーオに聞こえないように小声で尋ねる。


「あの……奴隷にしてしまってすいませんでした。しかし、他に言い訳が付かず……」


 と、すまなそうに顔を下げる。しょんぼりとしていて、どこか悲しげな表情を浮かべていた。リュウは励ますように、


「気にしてないよ」


と吐くように声色を和らげる。ティアはもじもじと手を動かすと。


「だってリュウ様……冒険者カード持ってませんよね」



「……え?」


 ティアの発言にはさすがにリュウもぎょっとする。不意打ちでもくらったかのように体が硬直する。




「地球からきたならお金もないでしょうし……どうするつもりだったんです?」


「そりゃなんとかして金を稼いでさ」


「何とかとは?」


 図星を突かれてうっと黙ってしまうリュウ。ティアは嬉しそうに口角を吊り上げると、


「私が冒険者カードを作りに行ってあげます。あと、お金もあげますね」


リュウは驚いて、ティアを見る。ティアは手招きをしてリュウを抱き寄せた。愛おしそうにリュウの背中を何度もさする。


 

「ありがとう」


 リュウの返事を聞くと、ティアはポケットから奴隷契約書を取り出した。何事か呟くと紙が白く光った。淡い光はすぐに消えて元の黒っぽい紙に戻る。


「一時的に奴隷解除です。もうすぐメライ王国に着きますよ」


 言いながら、ティアは金貨を1枚リュウの手の中に忍ばせる。金貨は銀貨100枚分にもなり、日本円で100000円くらいの価値がある。軽々と渡せる額ではないのだが、ぽんとティアは渡した。


リュウが耳を澄ませば、ざわざわと人の声が聞こえてきた。カッポカッポと馬車が進むにつれて耳に入って騒がしさも増してくる。


どうやら、メライ王国に到着したようだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る