奴隷の奴隷
鳴り響く足音。不規則にはかれる息が二人の頬を温めている。野原で子供たちが走り回るように、楽しそうに二人は走っている。
――ティアとリュウだ。
リュウはティアに腕を掴まれたまま出口に向かうことを強制された。ティアと神殿を出るのが嫌なわけではないが入口には人がいる。
太った男が口をとがらせて待っているのは間違いない。女神を連れてくるように頼んだ結果が、名も知らない小童を連れてきただけ。と知ったら男がどんなに怒るだろうか。
明らかに危険な場所にぬけぬけと現れる覚悟はリュウにはない。しかし、ティアの腕ががっちりと掴んでいるため逃げられない。
アンドロイドはあらゆる面で優れており、体術に秀でていないリュウではなす術もないのであった。仮に動けたとしても女の子に乱暴して逃げるなんてことはできない。
「――行くところあるから、こんなところで道草くってる場合じゃないの」
「用事ってなんですか? 答えてください」
「うぐっ!」
「ちゃんと納得できる説明をお願いしますね。そら、答えてください!」
ティア目をぎらつかせて理由を問いただす。完全にはティアを信頼していないリュウは言葉が詰まる。
リュウはティアの行動が読めない。紋章を消した事を怒っているのかも知れない。
要因はいくつもあった。
まず、ティアが太った男をご主人様と呼んでいる事だ。擦り傷くらいで神を呼ぶのは大げさすぎるが、太った男――ティアから聞くと名はクーオと言うようだ――が高貴な存在ならどうだろう。
天皇、皇帝、または王か。傷は口実で神を拝見したいという願いなら筋が通る。リュウの主観ではティアの方が上品であるが。王女様と言われても納得できる。
この仮説が正しいなら他にも部下がいて然るべきだ。今頃は兵士が乗り込み体制を整えているのかもしれない。
そうなれば自分など敵以外の何に見えようか。また戦闘が始まってしまう。しかも国家規模の戦争になってしまい世奈達を捜すどころの話ではなくなる。
次にティアの表情についてだ。リュウが脱出しようとするたびに理由を問いただしてくる。リュウがやんわりと、
「ちょっと行くところが……」
「どこにです!」
とお茶を濁すと言及されてしまう。今度は素っ気なく、
「どこでもいいだろう……?」
「良くないです!」
「い、いや関係ないだろ……?」
「あります! おおいに、とてつもな~くあるのです!」
「そ、そうなの?」
「はいっ!」
ティアの強気な態度に押し切られてしまい、効果がない。
――と何を言ってもティアが離そうとしない。これも妙な事だ。しかし、ティアが連行しているとしたら理解可能だ。
この世界の文明は地球ほど進んでいないとリュウは考える。治療に魔法を使うくらいなので、薬などは開発されておらず、微生物の存在も認知されていないと推定できる。文明レベルは中世くらいだろうか。
ともすれば奴隷を、ティアを警察官代わりに使っても不自然ではない。ティアも執拗な態度もこう考えれば整合性が取れる。リュウが思考をまとめて、再度逃げ出す算段を考えた。、
「はいっ、着きましたよ。途中からだんまりでしたけど、大丈夫ですか?」
「……え!?」
「ほら、あそこに見えるのが先ほど申し上げたクーオ様ですよ。偉い方なので粗相がないように気をつけてください」
いつの間にか神殿の入口に到着していた。夢中になって考え込んでいる間についてしまったのだ。しかも思考がまとまった時に。
なんともいえない焦燥感が、風をつたってリュウを撫でた。ティアがなにか言っているが、耳に入らない。不幸中の幸いだったのはクーオの兵士が一人もいないことだけだ。
クーオが腕を組んで睨んでいた。まだばれてはいないようだ。リュウに信頼がどうとか事を選んでいる時間はない。リュウはティアに小さな声で語りだした。
「ま、待って。ティアさん」
「何ですか、少しでも急がないとご主人様がさらにお怒りに……」
「いいから、ともかく止まって」
リュウの必死の説得に渋々ながらも足を止めるティアに、
「あんたのご主人様には会えないよ。世奈と桜美を捜さないといけない。二人ともこの近くにいるはずだから早めに合流しないとはぐれちまう」
「だ、か、ら! 理由を説明するまで放しません。話はそれだけですか? なら、いきますよ――」
「話す。全部話すから、そんなに大声で叫ばないで。クーオに聞こえちゃうから……」
プライドも外聞もなくリュウは全部話した。自分が地球から来た事、キュアが自分の中にいる事、世奈と桜美を魔王から逃がした事。リュウの話を疑う様子もなく聞き入っていて、ティアはリュウが全部話すと満足そうにニンマリした。
「……いいでしょう、そういうことなら私もお手伝い致します」
謝り、腕の拘束を緩めた。
「いいよ気にしなくて。そういうわけで腕、離してくれないかな?」
ティアは渋々首を縦に振ると、腕を緩めた。テレポートを唱えようとしたその時――
「む、誰だお前は!?」
クーオに見つかってしまった。クーオがドスドスと重い足を近づけてくる。あっと言う間に追い付いて、
「誰だ、お前は!?」
同じことを繰り返し聞く。そのうちにティアを見つけると手で手招きして呼び寄せる。奴隷契約は強力で吸い寄せられるようにティアが歩いていく。
時折、名残惜しそうな表情でリュウをちらっと見ながらも、よろよろとクーオの前で止まる。味方が付いて調子づいたようでクーオは語気を上げ、
「誰じゃ、何者か言わんか!」
リュウに対してこう怒鳴る。足をドンと立て床を踏んでいる。ティアはポケットから何か取り出すと、すらすらと書き始めた。
もはやこれまで、リュウは剣を抜く。平穏な生活は捨てる覚悟をして戦おうとクーオを睨む。クーオはその視線に怖気づいて空を仰ぐ。
一面の青い空は雲を消していた。リュウが地上に降り立つと、暖かい日差しが体に染み込んできた。
狩る者と狩られる者、猫とネズミ、サメと小魚。リュウの目は据わっていた。一方的な殺戮が始まろうかとしている。風が一瞬とまり、辺りがシンと静かになる。リュウが足を前に上げた、その時。
「リュウ様は私の奴隷です!」
まったく予想していない方からとんでもない嘘が飛んできた。
「ほうそうじゃったのか。リュウそれは真か?」
慌ててリュウが訂正する。ティアは邪悪と恍惚が入り混じった表情を浮かべている。
「そんなわけ――」
「リュウ様!」
ティアの般若のような形相に思わず、声が出てしまうリュウだった。
「は、はい!」
これにて奴隷契約完了である。
「よし、ならばこれで奴隷契約完了じゃ! これがご主人の証じゃ。大事に持っとれ」
「ありがとうございます!」
ティアは大事なものでも持つようにポケットに折りたたんだ契約書を入れた。
「奴隷が奴隷をもつなど前代未聞じゃな」
こうしてリュウはティアの奴隷になったのでした。
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