王国編 ティア

儚げな少女

――ここはどこだろう。


 肌を刺すような冷たい地面が体を冷やしてる。空気音がキーンと耳をつんざいて、脳に血を注いでいく。


 辺りには人の気配はないようであった。場所は天国か、地獄か。できれば天国に行きたいものである。というのは、殺されたのに地獄とはあんまりだ。リュウは再度目を開けようと頑張るが徒労に終わった。


「二人とも逃げられたかな……」


 身をよじっても体に痛みは感じなかった。四肢にやけどの感触がない事を考えると、誰かが治してくれたのだろうか。スーっと息を吸い込むとすえた臭いが鼻にこびりつく。


間があって視力も回復すると、リュウはそっと目を開けた。



「……え?」


 あまりの衝撃に目を見開いてしまう。まだ夢を見ているんじゃないかとリュウは頭を振るが、痛いだけで目が覚めない、いや、しかし。やはり夢だろうと考えなおし、頬をつねるが痛覚が神経を通り痛い。


 目の前には依然として青い【空間】が広がっていた。


「焼け跡がない……体も問題なく動くな。むしろ今の方が動きがいい」


 やはり焼け跡は見当たらない。体も以前とは比べ物にならないほど軽い。その場で空中一回転しろって言われてもできそうなくらいだ。


 リュウは辺りを探索し始めた。テレポートで脱出した方が早いが、状況分析してからでも遅くはないと考えたのだ。転移魔法は魔力を大幅に消費する。



 リュウが歩き始めて少し、さっそく収穫があった。血で赤く染まった剣が地面に横たわっている。魔王との戦いで最も活躍した武器である。剣が厳めしく存在感を放っていたので、近づくとすぐに気づけた。このままだと剣が錆びて使い物にならなくなる。


「研磨グランディング」


 と魔法を唱え、剣を研磨した。少し驚きながらも、ウンとリュウは一回頷いた。神が中にいる恩恵か、念じるだけで魔法が行使できるようだ。


 魔法を使うのに必要なエネルギーである魔力を大幅に使ったのか、ずしッと体が重くなってしまう。今のところはこれ以上魔法は使えそうにない。


 血が消えていくにつ厳めしさが神々しさに代わっていった。剣だけでは危ないので鞘を探すが見当たらない。剣を右手に持ったまま探索を再開した。


「――これは……」


 空間をただまっすぐ歩くことしばし、またもや結実があった。今度は人を見つけた。しかし、会話ができそうではないようだ。


――首より下がのんびりと眠っていた。腰に鞘が取り付けてあるので、最初に魔王に殺された地球人だと分かった。


 リュウはパンパンと両手を合わせて祈りを捧げる。その後リュウは剣を鞘に収めると、


「敵は必ず討ってやるからな! 安らかにお眠りなさいませ」



 剣を腰に付ける。追いはぎと大差ない気がするが、祈っておいたし恨まれたりしないであろう、とリュウは思うのであった。


 さらに歩く。無心に前へと足を出す。もし、走ってしまえば足が動かなくなるまで走ることは明白だからである。故にただ、歩く。


――落ち着け、落ち着くんだ。


 不意に頭によぎる嫌な妄想、目を閉じれば浮かんでくる幻影を何とか無視しようとする。


――世奈と桜美はもう死んでるんじゃないか。かっこつけて二人を逃がしたけど、本当にそれでよかったのか。時間稼ぎしたところで意味はあったのか。もし自分のやった事が逆効果なら……


 説得力のある言葉が断続的に襲ってくる。次から次へとやってきては心を蝕んでいく。目に映る風景が同じなのもあって心は休まることもない。まるで亡霊のさまよい歩くように、リュウは出口を目指して歩く。


 風景が変わる。かざすように手を当てると人影が目に入り込む。


「ほらっ、ぐずぐずしてないで、さっさといけ!」


「はい……ご主人様、かしこまりました。」


――人だ、人がいるぞ。その事実はまさに朗報であった。


 すかさず足を止め、柱に身を隠しつつ声のする方へ忍び寄っていく。足音を立てないように注意しながら近づいていき、声が拾えると足を止めた。人数は二人だ。


「――いいか! 絶対に呼んでくるんだぞ。失敗はゆるされんのじゃ!」


「了解しました…………あの」


 一人は太った男で荒っぽい口調で命令している。もう一人は可憐な少女だ。ぎらつく太陽が少女の銀髪を反射させている。



 少女は平然としている。その様子からすると奴隷だろうか。文明が発達しないと、どうしても人権はないがしろにされる。その可能性は高そうだ、とリュウは考える。


「なんだ! 文句があるならはっきりいってみよ!」


 男が声を荒げて怒鳴る。少女は男に臆せず、


「キュア様を見つけましたらすぐに連れて参ります。それで、腕の傷も治すように言ってくれませんか? いうだけで結構です……」


 男に縋り許可を求める。だが男は少女を無下に振り払った。


「ならん。キュア様にはわしの怪我だけ治してもらうのじゃ。見よ、この痛々しい怪我を」


 そういうと男は右手を少女に見せつける。手の関節部分に擦り傷が一つあるだけだ。


(なるほど傲慢な男に従順な少女か。奇妙な組み合わせだ)


 リュウは心の中で毒を吐いてから、引き続き二人の様子を見守る。少女は男を恨めし気に睨むが、諦めたように目を落とした。男は見下すように、


「わしは腕を怪我しているのだ、夜な夜なこの傷が疼いてまともに寝られもせん。キュア様に頼み込んで治してもらう約束だったのだが、どうしたのかもう二日もこない。しょうがないから大金はたいてテレポートでここまで来たんじゃないか。ほら早くキュア様を呼んでまいれ!」


 一気にそうまくし立てる。この男、腹はでてるが肺活量は優れているようだ。少女はしぶしぶと進み始めた。リュウは慌てて柱づたいに下がり、少女から距離をとろうとする。しかし、間に合わず少女が横を通っていく。


――ばれた、と思ったが少女はこちらに気づかず、通りすぎて行った。ほっと胸をなでおろすのもつかの間、


「さてどうするか……」


 リュウはどうすればいいか悩む。なんせ神はもういない。正確にはリュウの体に眠っているはずだが、


「神は体の中にいるんだ」


 と説明しても少女は当惑するだろう。策もないまま、リュウは何となく少女の後を追う。



「こっちにはいないですね。では、あちらの方も探してみましょうか」


 少女はリュウが最初にいた地点に着くと、あちこち歩きまわりキュアを探している。先ほどは色々考えることがあり気にしていなかったが、見れば少女の容貌は人目を惹くほど艶やかであった。


 さらさらとした銀髪をうなじで結っている。どこか神秘的であどけなさも兼ね備えている少女には反則的なほどよく似合っている。吸い込まれそうな瞳に、はっと息を呑ませる抜群のプロポーションだ。


ブンブンと煩悩を追い払いながら、リュウは涙目少女に歩み寄った。

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