神を取り込みし男
――赤黒い炎の弾がキュアに向かっていく。熱さは太陽にも匹敵し、かすりでもしたら死は免れないだろう。
キュアから雪のようなに白い気体が出ると、灼熱の弾を消す。直後に氷の槍を生成して、キュアは魔王に射出する。魔王は槍の軌道を正確に読みきり、その場でひらりとかわした。血で赤く濡れた剣を拾うとキュアの方へ近づいて、
「さぁ、死ぬがいい!」
魔王は語勢を荒らげ剣を払う。キュアの体に剣が入るが肉体の切れる感触はない。続いてキュアの体も姿を消す。
「残像か! どこだ、どこに行った……?」
「――後ろよ! くらいなさい! 超冷却スーパーフリーズ」
魔王の背後からキュアが白い弾を放つ。さしもの魔王も、音速を超えた弾速を避けるのは無理だ。と判断し、体を反転させると腕を組んで防御態勢に入る。
――爆弾が爆発したような激しい音が空間に響き渡る。辺りはまるで霞のようにぼやけていく。
これでやられてくれないかな、と願望じみた言葉がキュアに浮かんだ。ただでさえ地球人に魔力を与えているのに、今の攻撃でかなりの魔力を使ってしまった。魔力と威力は比例する、名に『超』が付くのは伊達ではない。
だが、キュアの儚い願いは打ち砕かれた。紫色の煙から人影が近づいてくる。魔王だ。
「さすが神といっておこう。なかなかの攻撃だった」
「……やっぱり、そう簡単にはやられちゃくれないか」
軽口のたたき合いの最中にも魔法を剣をお互い準備していて、まだまだ戦いは続いていくかに見える。
――しかし、勝敗はあっさり決する。疲れが精彩を欠き、直後の魔王の攻撃を防げなかった。
魔王の剣先がキュアの肩に当てられる。キュアが疲れているのに対照的に、魔王は元気そのものだ。魔王は目を細めると、がっくりと項垂れた。
「神もこんなものか。つまらん、やはり我を満足させる相手など存在しない」
「あなた、私を殺したらどうなるか――」
あぐっとキュアの悲鳴が会話を中断させる。魔王の剣が、キュアの左肩を貫いた。どくどくと鮮血が青を赤に染めた。
「どうなってもよかろう。貴様の心配することでない」
次は首を切ろうと、剣を横向きにキュアの首元に当てると、切り込もうと剣を振った。剣がキュアの首をはねようとするその刹那――
「ぐっ!」
右手の剣を地面に落とす。さっと己の右手を見て、魔王は愕然とした。右手は氷漬けになっていて、手に感覚が入らない。マヒ状態に似た鈍痛が断続的に続く。
「まさか! お前がしたのか?」
キュアは答えない。傷が深く喋るのが容易ではなく、表情を曇らせているだけだ。
『いや、こいつではない!』と魔王は結論付ける。先ほどの戦いの最中に、何かを仕掛けた素振りは見せなかったからだ。
ならばこの魔法は誰から飛んできたものか。部下の反乱でないなら答えは一つ。
「人間ども! やってくれるではないか……いいだろう、少しだけ遊んでやるぞ!」
魔王の威圧を前にしても、二人の少女はひるまない。ビシッと指さすと、世奈が声高に叫んだ。
「あんたなんか私達がやっつけちゃうんだから!」
「こんな早くから登場するとは意外でしたが、まあいいでしょう。私達が成敗してあげます。覚悟してください!」
桜美と世奈の二人が魔王に魔法をぶつけたのだ。魔王は微笑を口に漏らしながら、氷漬けにされた手を治す。元通りになった魔王は二人に襲い掛かる。
▽
「大丈夫ですか!?」
リュウはキュアの元に近寄るが返事は来なかった。キュアの肩からは血が溢れ、傷が塞がず止まる気配はない。意識も朦朧としていて、
「はぃ、な、なんとか――」
口ではそういいつつも声色は弱弱しい。見るからに元気がないのは明らかだ。
「早く出血を止めないと……」
リュウが止血を試みて肩を圧迫するが止血は収まる気配はない。キュアは苦しそうに唸っている。何とかしなければ、とリュウは頭をフル回転させて考えるが案は何も浮かんではこない。
「えいっ! ……はぁっ……!」
「――世奈さん! 後ろからきます!」
「了解! ……それっ!」
こうしている間も魔王は世奈と桜美を狙い、熾烈な争いを繰り広げている。弾幕が空間内を乱舞し、時折剣も交えて魔王に襲い掛かる。、時には機敏な動きと、絶妙なコンビネーションで攻撃を避け魔王の攻撃をいなす。まだまだ、戦いは終わる気配はない。
それに対して自分はどうか、リュウは一人無念の思いに歯を軋ませた。女の子ばかりに戦わせて、自分は介抱するという名分でここにぬけぬけといるわけだが、それすらもままなっていないではないか。
『せめてキュアさんだけでも助けないと!」
言いようのない怒りが、自分に対して起こるのを止められない。そんな思いが通じたのか、死にかけ寸前だったキュアは重い瞼をゆっくり開けて、
「リュウさん一ついいでしょうか?」
と吐くように囁いた。はっと夢から覚めたようにリュウは目を見開いた。
「キュアさん!? ええ、なんでもどうぞ」
ピクリとキュアの体が震えると血が止まった。なけなしの魔力で傷を塞ぐと、
「私は、まもなく消滅してしまうでしょう……魔王が強すぎたのです。彼は神すら敵わない程の強さを得てしまった。今戦っている彼女達もやがては殺されてしまうでしょう。仮に殺されなかったとしても神がいない世界は崩壊し、全ては無に帰すのです。魔王が神の代わりを務める事はできないのですから」
神がいない世界――それは例えるならクリアされることなく、遊ぶことが不可能になったゲームソフトである。クリアされなければ物語は終わらないが、いつか遊んでもらえるという希望は残る。しかし、壊れてしまったゲームソフトに希望はない。後は崩壊へと進んでいくだけだ。
「そんな!? なんとかならないんですか」
せめて世奈と桜美だけでも、リュウの思いも儚く散ってしまうのか。縋るような視線を感じて、キュアが希望の言葉を紡いでいく。
「……方法はあります。ただ、一つ問題が――」
「なんでもいってください!」
キュアが言い切る前にリュウが言葉をねじ込んだ。キュアはリュウのその気迫を見て、ふっと微笑む。
「――わかりました。ではもっとこっちに近づいて手をだしてください」
言われるままに歩み寄って、リュウには手を差し出す。キュアはリュウの手に触れると何事かを言った。言い終わると、魔王と対峙していた時よりもずっと真剣な表情で、
「――後は頼みましたよ」
「……え?」
身構えて目を閉じていたリュウが目を開けるとそこにはもう、誰もおらず柔らかい手の感触もなかった。あるのはどこまでも続く青い空間だけだ。
キュアは『神』をリュウに与え、自分はリュウの中で永眠した。神が人間に『神』を譲るのは前代未聞である。故に何が起こるかキュア自身にもわからない。それでも世界が崩壊するよりは幾分かましと判断したのだ。リュウの眼差しに一縷の望みを託して、キュアは役目を終えた。
――それが、奇跡を起こすきっかけとなったのはまだ誰も知らない。
「…………行かないと」
体をあちこち触って状況を把握しようとするが、すぐには理解できなかった。やがて先ほどのキュアの発言を軸に思考をまとめていき、一つの結論に達する。今自分が何をすべきかを思い出して魔王の方へと歩みよっていった。その足取りはカモシカのように軽やかだった。
「ははは、どうしたどうした」
魔王はゆっくりと世奈と桜美を追い詰めている。剣を意味もなく振り回したりして、優越感に浸っていた。世奈の額にじんわりと汗がにじんでいた。無論、拭う暇などありはしない。
「ううっ、つ、強いよ! 勝てない!」
「このままでは負けます、何とかしないと……」
「女だからと言って手加減するとでも思ったか! さあ、どうした。かかってこないとこっちから行くぞ」
戦況は魔王が勝勢であった。もう何時間も戦っているのに疲れた様子は全くなく、大声で笑う元気さえある。一方、世奈と桜美は満身創痍であった。立っているのもやっとで、傷こそついていないもののいつやられてもおかしくはない。
魔王はキュアの時と同じように距離を取ると、炎の弾を当てようと詠唱を始めた。もう世奈達に魔法を止める術も、避ける体力も残ってはいなかった。
「ほれ、くらうがよい。貴様らを殺した後は、キュアの方にいたあやつを始末しておしまいだ……意外とあっけなかったなぁ」
「そいつはどうかな」
声の主は魔王の後ろから。覚悟を決めた戦士が、悠然とそこに立っていた。
「……我の部下の一人か? 今忙しいから話しかけるでは――」
「連和弾レンワダン!」
安心しきった状態から黒の弾幕が魔王に炸裂する。さすがの魔王も攻撃を受けて、彼方へと体が飛んでいくのを止められない。その隙に少女たちとリュウは互いに接近していく。リュウは魔王を横目に、世奈と桜美を目視した。
「二人共、大丈夫だったか?」
「うん……なんとかね」
「でも、これ以上は戦えないかもです……」
疲れがあるのか発言に元気がないが、二人とも体には異常はない様子。
「転移!」
すかさず詠唱を始めた。世奈と桜美も魔王軍がテレポートの呪文がしていたのを見ていたので、リュウが何をするつもりなのかは分かる。何も言わず、じーっと見守っていた。魔王が戻ってくる前に逃げなければならないので、急ぐ必要があるからだ。
少しの間をおいて世奈と桜美の辺りが霧に包まれる。しかし霧の中にリュウが入っていないので、
「兄さまも早く。今は逃げるのが得策ですよ」
桜美が微笑みながらリュウを促す。だが、リュウは動かない。
「俺はいい。二人で逃げてくれ」
リュウは詠唱を止めず続ける。慌てた世奈がリュウの袖を掴んで霧の中に入れようとするが、リュウは巨石のように全く動かない。
「リュウちゃん何を言っているの!? 3人で逃げないと意味がないよ。私達だけ生き残っても――」
「世奈さんの言う通りです。兄さま急いでください!」
必死にリュウを説得しようとするが、リュウは、
「逃げたって追ってくるさ。テレポート先はばれるだろうし。だから俺が足止めするから逃げてくれ……」
「そ、そんなのって……」
渋っていた世奈と桜美だったが、ついにはリュウの押しに負け、
「必ず会いに帰ってきてね!」
「転移先……この空間の外!」
地理的情報がないため憶測に頼った転移になったが、キュアが味方であることを考えてこの近くが安全地帯であると見越してだ。
二人の姿が消えていよいよ孤軍奮闘になってしまうが、リュウの表情は晴れやかだった。どうあれ二人は生きて逃がしたから、リュウにはもう戦う意思はないのである。
「よくもやってくれたな! 人間風情が我をなめ腐りおって!」
魔王が怒り狂ったように、足を音を立てて思い切り地面を蹴りながらこちらにやってきた。リュウの手には一つの剣がある。これは魔王が持っていた剣だ。そして、同胞の血で濡れた命の剣だ。
「魔王よでてくるのが早すぎるぜ。もう少し待ってやろうとは思わないのかよ」
リュウは魔王に皮肉を言う。少しでも時間を稼げば彼女達が逃げられるかもしれない。
魔王は過敏に反応して、
「レベルを上げれば勝てるとでもいいたげだな。愚か者め、貴様ら人間などたとえレベル99でも勝てるわけないであろうに。もっとも貴様はここで我に殺されるのだから関係ないことだがな」
欠伸交じりにリュウに向かって魔法を放つ。摂氏数千度の灼熱の弾がリュウに飛んでいく。
「今日は少し疲れた……だから遊びはなしだ。一発で終わらせてやる」
魔王が放った弾幕は見ることすらできず、気が付いた時にはリュウは体が焼けているのに気がついた。
呻きながら、床に臥してしまうリュウを、魔王が上から侮蔑の感情をこめつつ見下ろす。リュウはしばらく叫んでいたが、やがて収まった。痙攣もなくなって動かなくなる。
「たわいもない……この世界ももう終わりか……数百年も生きてきたせいか空しくもならん」
魔王は悲し気にそう呟くと、転移の呪文を唱えて自分の城に帰った。続いてコル達もフセイン王国に帰る。残ったのはリュウだけになった。
だがリュウは死んでいなかったのだ。時と共にリュウの体は活動していき――
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