託された者達
「おいおい! いきなり登場して挨拶もなしか!」
地球人の男が魔王に荒っぽい声で噛みついた。魔王は男を見ると、二つ指を立てくいっくいっと挑発する。男は魔王の態度がむかついて顔が真っ赤になる。
「舐めやがって。自分が今どういう立場に置かれているのかわからせてやる!」
鞘から取り出すと男は、魔王めがけて勢いよく突っ込んでいく。普段から鍛えていたのかそれともチートの恩恵か、重々しい剣を羽のように剣を振り下ろした。魔王はバックステップして剣は空を切る。
「遅い遅い」
魔王はなおも挑発を続ける。
「ちっ! 今度こそ当ててやるぜ」
男は横向きに剣を持ち一周するように剣を回すが、今度も手ごたえはない。
「おしいおしい。ほら、こっちこっち」
バカにした魔王の物言いに青筋を立てると、男は魔王目掛けて一心不乱に剣を振り回していく。
何分か経過すると、男も魔王が並大抵の相手ではないことを悟る。肩で息をしながら男は剣を振り回すのを止めた。魔王は男のそばに近寄ってくる。ふぅうとつまらなそうに息を吐いて、
「そうか、この程度か……」
「はぁはぁ……」
男がこれ以上戦えないのを察知すると、ため息を一つこぼして
「ならもういいか。この辺で終わりにしておくかな」
「はぁ……な、にが―――」
男が言い切る前に、
「少しは暇つぶしにはなったよ。ありがとう」
魔王は男の口を封じた。
――比喩ではない。
魔王は顎から首を右手で潰したので、ぐしゃとトマトを潰した時にでるような音と共に、あっけなく男は死んだ。ボロボロと上顎骨かあるいは下顎骨の残骸が地面に落ちていく。この間僅か数秒の出来事。
「ひ! おれのかれぁが!」
慌てて首を抑えても血がボタボタと青い地面に落ちていく。血がこれ以上でてはだめだと、脳が警告を出している。 真っ赤に染まった手はブルブルと震えるのを感じる。 魔王は男の醜態ににやにやと笑う。
――止まれ、止まれ、止まってくれ。
だが魔王は男のささやかな抵抗すら許さない。恍惚とした面で男の腰に手を回す。
「無駄なことをして……どうせ死ぬのだから」
魔王は男から剣を取り上げると、その剣で男の首を切った。男の首は蹴られた石のようにころころと転がり、地球人の方へと向かっていく。現実離れした惨状に地球人達の顔は青ざめた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! た、助けて! もう地球に帰る! 」
「う、嘘だろ! なんかの冗談だろう。そうだ、そうに決まってらあ!」
状況は一変した。彼らは手を合わせると、潰れるくらいに目をギュッと瞑った。普段信仰しない人程、窮地になれば神に祈る。
「魔王様! 後は我々にお任せを。一人たりとも逃しません!」
すかさずコルが魔王に進言する。魔王はしばし逡巡した後、
「我が全員殺そう。どうせ我に勝つ者などおらぬのだから。余計な種を残してもしょうが――」
辺りを見回つつ、全員惨殺することを言いかけた刹那。魔王は視界に入れた、青い服に青髪の女を。
「魔王様?」
怪訝な表情を浮かべ凝視するコルに、魔王は柔和にほほ笑んだ。先ほどの狂気は既に消えている。
「――と、思ったがやはりお前に任せよう。少し用事が出来た」
そう云い捨てて、コルの視界から離れていく。魔王がキュアと何やら話しているのを見て、コルは心中で笑む。
――なんという奇跡か。
自身の運の強さに感謝して、無表情で地球人達をじろっと睨む。彼らに戦う気がないのを見越すと、再度部下にテレポートの命令を出した。コルは背中でさするように一本の縦線を描く。
地球人達にはもはや戦う気はない。もしチートを捨てて帰れるならすぐさま帰るくらいには。
始まりからすでに一人が死んだ。殺されたのがただの一般人なら話は分かる。しかし、殺された男はチートもちで、自分たちと大差のない人物だ。もしあれが自分だったらと思うと。
しかも、敵の数の多さを考えると勝てる勝負ではない。彼らの気持ちは、まるで処刑されるのを恐れる罪人のような心持である。体は震え、心は後悔に包まれている。今起こっているのが夢なんではないかと思いたい。頭の中は現実逃避でいっぱいだ。
「諸君おとなしく、おとなしくしてくれ! 特段危害を加えるつもりはない!」
万一にでもテレポートが邪魔されないように、コルは地球人達に呼びかける。最初に転移が完了していたら一人も死ななかった。それがとんだ邪魔が入り、魔王が到着して一人亡骸にされた。あのタイミングで馬鹿みたいにリュウが叫ばなければ……コルはリュウを恨めし気に睨んだ。
蘇生魔法がかけられたらどんなに良かったか。蘇生魔法はこの世界ではキュアしか使えない。キュアは魔王と対峙していて、とても蘇生できる状況ではない。だから――
「転移! 転移先……!」
部下に二度目のテレポートの呪文をかけさせる。転移先が修行場だとばれてしまうといけないので、そこは心の中でに留めておかせる。口にだして詠唱するより、時間がかかってしまうのが難点だが背に腹は代えられない。
程なくして霧が地球人達を囲う。だんだんと濃くなっていき部下と共に消滅した。霧は霧散して青い空間が見えるだけになる。
――テレポート成功である。魔王が気づいた様子もない。まずは作戦の第一段階が済んだことにコルは安堵した。残しておいた部下の一人がこちらに近づいてきて、
「隊長。やりましたね!」
にんまりと喜びの声を上げた。コルから意図せずに笑顔がこぼれてしまう。
「お前もよくやってくれた! ……でも気を抜くんじゃないぞ」
「わかってますよ……あの3人も捕獲するんですよね?」
部下が魔王とキュアがいるところを指さす。
「できればそうしたいところだが……」
まな板の上の鯉を見るような目つきで、魔王に聞こえぬよう小声で答えた。
「……そうですね」
コルには3人が魔王の攻撃を受けて、生きているとは到底思えない。テレポートの用意をしたところでなんの意味もなく、徒労に帰すだけだと思っていた。しかし魔王軍の部下という肩書はもっている以上、帰るわけにもいかない。事の成り行きを見届けるだけであった。
▽
「……魔王」
キュアが氷のような冷たい目で魔王を睨む。魔王は相変わらず澄ました顔をしている。
「何度も我に歯向かう愚か者め。神ごときが私を倒すことはできない、いい加減に学んだらどうだ?」
「いいえ、私は諦めません! 今度こそ、私が呼んだ勇者達が貴方を倒すでしょう!」
「……ほう。では既にその勇者が一人殺されたが、これはいったいどういうことだ? それに、そこの男か
らは何も感じられん。凡人にしか見えんが?」
「うっ!」
図星を突かれて言葉に窮するキュア。あまりにもバタバタしていたせいで、まだリュウのチート付与が終わっていない。チートがあっても魔王に勝てるとはいい難いのが、なければ話にならないのも事実だ。
魔王はリュウ・世奈・桜美を殺すために来たのではなく、別の意図がある。キュアを上から下までじっくりと観察すると、鼻でせせら笑いながら魔王が言う。
「……神よ、今日我は貴様を殺す」
「なっ!? 貴方、自分が何を言っているか分かってる!?」
あまりの発言に感傷的な物言いになるキュアであったが、それも無理はないことである。
――神殺し、それは重罪であり犯すことすら許されない。
神の世界の中での役割を例えるなら、地球の核が該当する。キュアが死ぬと世界が崩壊し、そこにいるものは天国にも地獄にもいけない。無限に続く永遠の苦しみのなかで悶えるしかない。
つまり、魔王のキュアを殺す発言は自決を意味することになる。だが、魔王はキュアの質問を想定していたかのように、すぐに言葉を口から吐き出す。
「無論だ。貴様はこの世界の中心であり、故に我は貴様を殺そうとはしなかった。だが、よくよく考えてみて、貴様を殺しても我が中心になれば良いだけだ……そうするだけの力は我にはある」
今度はキュアが馬鹿にしたような笑い声を漏らした。ケラケラと笑いながら、細長い手で腹を抑える。
「貴方が中心に? はっ! 笑わせないでちょうだい。第一神に勝てるとでも思っているの?」
「思うさ。さて、始めようか?」
魔王は後方に飛びキュアから距離をとった。魔王は右手に力を籠める。すると右手が赤く光り、熱さ数千度はありそうな炎の弾が何個も出現した。右手の手のひらをキュアに見せるように手を動かすと、ぴくぴくと動いて炎の弾がキュアをターゲットロックオンした。
「火炎弾ファイアバレット!」
炎の弾がキュアの方へものすごいスピードで突っ込んでいく。キュアは炎の弾に動じることなく、一言呟いた。せせらぎのような美声が空気を浸透させていく。
「冷却フリーズ―――!」
キュアの手のひらから溶けるドライアイスのような白い気体が出た。周囲の温度が下がっていく。
――互いのプライドをかけた戦いが、今始まる。
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