役者は揃った
「はいっ! これでチート能力の付与は完成しました!」
男は一言申し訳程度に礼をすると、そそくさと離れてしまう。6人目、後4人――
まだ焦ってはいけない。ぱっつんときった青い髪を揺らしながら、女神――キュアは胸に手を当てた。今回、キュアが地球から召喚したのは10人だ。その中にはリュウ達も含まれている。
キュアの心中は穏やかではなかったが、動きが『敵』にばれてしまっては台無しだ。前回のような失敗だけは避けねばならない。敵にばれる前にチートを付与しなければ。
キュアが異世界人にチートを付与するときには少しづつ魔力を与えている。早く与えることもできるが、そうすると魔力の大幅に動いて、敵に感知されてしまう。
小さく深呼吸をすると、笑顔を作り、
「次の方どうぞー」
とキュアは、名前も知らない地球人に呼びかける。リュウ達がキュアに拉致されてから、既に数時間が過ぎていた。呼ばれた男が小走りにリュウの脇を通り抜ける。その男が終わると、ようやくリュウ達の番がくる。
その時、風を切るようなヒュゥイとした音がした。反射的に顔を向けると、キュアは白い前歯で唇をかみしめた。数十人の集団は、黒い上下の服を身にまとった男を先頭にして、
「今回は10人ですか……前回より6人も多いとは少し意外でしたが想定内です」
先頭の男の目つきは鋭く、目で人をも殺せそうだ。腰に備えている剣が威圧感を放ち、明らかに只者でないことはうかがえる。
騒がしかった地球人達の声は静まり返った。 彼らはまだ世界について無知だ。よって目の前の男が敵か味方かわからない。きょとんとして、突然の来訪者に驚くばかりである。
キュアも何も言えずにいた。 なぜならば、目の前の集団がキュアが感知されないようにしていた敵、魔王軍なのだから。ペースを速め7人目を終わらせると、キュアはコルを睨んだ。
しーんと耳を澄ませば咳の音さえ聞こえてきそうなほどに、辺りが静寂に包まれる。先頭の男――コルは前方からの視線を気にもせず10人の地球人を一人一人、じっくり観察する。
チートを貰った者は独特の波長がでる。これは前回分かったことだ。僅かな魔力の流れを機敏に感知し、コルがこの場にやってこれたのは、波長を頼りにした所が大きい。
詮索して7人がすでにチートをもらっていることを確認すると、コルは部下にテレポートの魔法を使うように合図した。指を背中にもっていき、親指をまっすぐ下になぞらせて1の文字を描く。
コルとしては地球人達が何もせぬうちに、フセイン王国に連れて帰ってしまいたい。
王国のトップ、『魔王』にばれては地球人が殺されてしまう。その前に地球人達を隠し部屋に匿わなければ。
テレポート先は隠し部屋に指定されていて、コルのような打倒魔王を目論んでいる者達が作った修行場で、同志以外には口を閉ざしているので魔王にもばれてはいないはずだ。
――何事もなく終わる予定だった。少なくともコルはそう思っていた。テレポートが完了するまで、邪魔が入らなければ数十秒で転移できる。キュアとはべつの強大な魔力の波動を感じるので、魔王がここにくるまで数分程だろう。魔王がきても従順なふりをして、
「今回は3人しかいませんでした!」
適当に言っておけばいい、とコルは考えていた。 チートを貰っていない後の3人は殺しても構わないとさえ思っている。
その時、リュウは脳をフル回転させて現状分析を始めていた。キュアの近くにいるのはリュウと世奈と桜美の3人だけ。後の7人はキュアから離れたところで集まっていた。コルはこちらを睨んだまま、動く気配はない。 コルの後ろは――
そこで、リュウは目を細める。コルの後ろにいる、これまた黒い服を着ている背の低い人物に注目すると。口元がわずかに震えている。この状況下で独り言をしているのか、あるいは――
そこまで考えて、リュウは一つの結論に至り、焦るように口に手を当てた。 リュウはキュアの方を向いて、祈るように彼女の表情をじろりと見る。が、キュアはコルを見たままだ。どうしていいかわからず、困惑しているようにリュウには見えた。
なるほど、とリュウは推測を確信に変える。事態を把握し、突破を図ろうとひそかに画策する。
そして、リュウは行動に移る。インターバルトレーニングを毎日行っていたのが功を奏す。限界まで肺に空気を詰め込んで、
「女神様! あの軍団は誰なんですか!? ま、まさか魔王軍ってやつでは?」
リュウは耳をつんざくような大きい声でキュアに話しかけた。無論わざとだ。
キュアもリュウの大声ではっと我に返り、甲高い声で叫ぶ。
「魔王軍です! 皆さん気を付けてください!」
キュアの声を聞き、地球人達はどよどよとざわめきだす。7人の地球人は敵意のこもった視線をコルにぶつける。キュアは世奈に魔力を提供していく。
「……転移! 転移先、修行場!」
刹那、コルの後ろからテレポートの呪文がかかり、地球人の周辺にきりが立ち込める
「ふん、こんなもの! 解除してやるわ!」
が、地球人の一人が手を振りかざし、『解除』と念じただけできりは消え去ってしまう。キュアの与えたチートは伊達ではない。
「……む。まずいな」
ここまで冷静沈着だったコルも、さすがに焦りの色が出て、頭をかきむしった。再び部下にテレポートの呪文をかける命令を下し、魔王がくるまでの残り数分でどうするか頭の中で構想を練り始めた。
キュアからもおっとりとした雰囲気は霧散して、本来の理知的な面構えをさらけ出す。世奈にチートを付与し終わると桜美の前に素早く移動して、
「何のチートがいいですか?」
と尋ねた。
「変身系でお願いします」
桜美も悩んでいる様子はないと悟っているので、間髪を入れずに即答する。
「承りました。じっとしていてくださいね」
早くとは言っても数分はかかる。一分、一秒すら、惜しい時になんとゆっくりしたことか。だが、しょうがない。そもそもチートとは神の力を地球人に分け与えることをいうのだ。ゆえに重要かつ繊細だ。
戦いは膠着状態であった。力量差では圧倒する魔王軍だが、地球人達を殺すわけにはいかない。
しかしレベル1とはいえチート能力故、並大抵ではいかない。テレポートで転移したい魔王軍に対して、地球人達は必死に抵抗する。
そうこうしているうちに貴重な時間は過ぎてゆき、そして――
「なんだ、今回はずいぶん多いじゃないか。これは我も楽しめるかの」
一番起きてほしくない展開になってしまった。最強、最恐の魔王がついに降臨した。
魔王と呼ばれる男の外見は存外普通だ。
6尺くらいの身長で、純粋な目は何もかも見通すようなほど美しい。スッキリと鼻筋は通っており、
黒髪は幻惑的なほどきれいだ。口調を除けば、好青年のような容貌である。クラスに一人はいる、女子の人気をかっさらうイケメンがそこにいた。
「魔王!?」
桜美のチート付与も終わったキュアが、魔王を見つけるなり非難の声を上げた。前回と同じ展開、キュアは嘆くように叫んだ。
――結局、同じなのか。魔王はまたもレベル1のまま殺すのだろうか。
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