結局は、大好きってことなんです④
世界は意外と狭い、か。彼はちょっぴりはにかんだようにそう呟いて、
『自惚れじゃなければ、随分と遠回しに、俺を励ましてくれたってことでいいのかな?』
と。
さんざん喋ってしまった手前、何を言っても更に差し出がましさを上塗りするだけのような気がして、わたしは赤くなったり青くなったりを繰り返すしかできない。
『随分と、難しいことを考えて生きているんだね』
すると、そんなわたしを見て、彼は可笑しそうに吐息を溢す。
『そ、そうでしょうか。いや、すみません、ホント、長々と』
『いや』
そうして緩く首を振った香月さんは、目を細めながらそっと胸を押さえた。
『思いを言葉にするって、物凄くエネルギーがいるでしょ? 俺は、苦手。だから、悩みながらも一生懸命伝えてくれたことに、なんだか感動したみたい』
言葉にすると凄く恥ずかしいけど、と言いつつもう一度胸を押さえた彼も、その苦手である“思いを言葉にする”ということに、もしかしたら今こうして挑戦してくれているのかもしれない。彼は律儀だから、受けた感動を少しでも返そうとか、きっとそんなことを思ったんだ。
そして。
こういうのをじんときたって言うのかな、なんて本当に照れ臭そうに、ゆっくり瞳を閉じたりするものだから。
聞いたわたしの方がはるかにじんときているとは、涙を堪えきれればそうしている彼には気付かれない。つんとする鼻の奥を、どうにかこうにかやり過ごす。
わたしの話なんて、ひどく曲がりくねった線路のように、あちこちでスピードを緩め、あるいは数ある分岐点に惑わされながらの、終着点も見えない、苛立ちを覚えるようなものだったと思う。
それなのに、だ。
我慢強い彼は、最後までその列車に乗ってくれて、散々な道のりに文句も言わず、寧ろ感謝の言葉をくれたりする。
思いを伝えることができて、その思いが、誤解や曲解を生まずに最後まできちんと伝わる。これって実は、とても凄い確率なんじゃないかと思った。
『よくね、吐き出すだけでも楽になるから、悩みは溜め込まずに何でも相談しろよって言ってくれる、奇特な友人が一人いる』
誰、かな? 瞬きを数回、鼻をこっそり少しだけすすって。けど考えてみたところで、彼の交友関係はさっぱり分からなかった。わたしが知る彼は、ほぼ全てが喫茶店で働く姿で占められている。
でも語る雰囲気から、とても大切な友人であることは十分察することができた。
『それは、頼もしいですね』
『うん。頼もしすぎて、ときどき申し訳なくなるんだ。
……悩みって、打ち明けた方は解決するしないにかかわらず、多少はすっきりするんだと思う。けど、考えたことない? じゃあ聞かされた方はどうなるんだろうって』
香月さんは一瞬だけわたしを見て、でもすぐに目を伏せる。問いかけてはみたものの、彼の中ではもうすで答えが用意されているのかもしれない。
『相談しろよって言ってくれるくらい親身なんだ。真面目に聞いて、時には心を痛めたりして、そんで最終的には強制的に同じ悩みを共有させられる羽目になる。つまり、話してすっきりしたその分は、決して煙のように消えて無くなったわけじゃなくて、相手の心へとそっくりそのまま移っただけなんじゃないだろうか?』
困ったような瞳をこちらに向け、唇を引き結ぶ香月さん。
話すようになったのはつい最近で、彼のことなんてまだまだほとんど知らないに等しいわたしだけど、それでも、なんとも彼らしい考え方だと思ってしまった。
『哀しみは半分こ。嬉しさは二倍にってやつですね』
でもそれは、少しだけ寂しい解釈だと思ったから。
『え?』
『香月さんこそ、複雑に物事を考えすぎです。その友人が、どうして香月さんにそう言ったかってことをまず考えなくちゃ』
『……相談しろって、言ったこと?』
『そうです。親身なんですよね? 真面目に答えてくれるんですよね?』
『うん』
そしたら絶対その人は、今のわたしと同じ気持ちのはずなのだ。
『じゃあそんなの、香月さんの心が少しでも軽くなってほしいからに決まってるじゃないですか』
けど彼は、思いもよらないことを言われた、そんな顔。
やっぱり気持ちって、きちんと過不足なく伝わることの方が稀なのかもしれない。
『だって、大切な友人が苦しんでるのに、何もしてあげられなくて、見てることしかできなくて、相談もしてくれないなんて。そっちの方がずっとずっと辛いです』
わたしなら、そんなに頼りないのかなって哀しくなっちゃう。
『だからそう言ってくれる人には、遠慮なく相談して、そして話し終わったら、いつも聞いてくれてありがとうって、あれこれ考えずにただそれでいいんですよ、きっと』
彼は、とても優しい人。思わず、いらぬことまで考え過ぎてしまうくらい。
誰よりも他人の気持ちを慮っていて、だからいつも、悩まなくていいようなことでも悩んでる。そしてその悩みを、無下にすることもできない。
『そう、かな? ……そう、かもね』
彼の口許は微笑んでいて、何年越しだったのだろうか? 大切な友人の思いがやっと彼に届いたこと、思いがけずその手伝いができたことに、わたしも嬉しくなった。
『はい』
『きみは案外お節介っぽいから、なんだかそんなところが友人に少し似てる。
……それにね、小さな独り言を拾って真剣に答えるなんて、相手の荷物を自ら背負いに行ってるようなものなんだ』
だから気を付けなくちゃ。最後にそう付け加えたときの彼の顔が物凄く深刻に見えて、なんだか可笑しな気分になってしまった。
堪らずふふっと声が出てしまう。
お節介、はあんまり嬉しくない言葉のはずなのに、頼もしいと思う友人に似ているなんて、そんな風に言われたからだろうか。それとも、そんなことを大真面目に言う香月さんの方が、よっぽどお節介だと思えたからだろうか。
それに“きみ”なんて、今までの人生で呼ばれた経験、恐らく数えるほどしかない。それだってこんなにくすぐったくて、思わず頬が緩んでしまうような、そんな響きではなかったはずなのだ。
『笑い事じゃない』
ちょっと拗ねたように、香月さんは腕を組んだ。
なんだか今日の彼は、とても表情豊かだ。
『そんなんじゃ、いつか悩みで押しつぶされてしまう』
また笑ってしまいそうになって、それじゃあますます彼の機嫌を損ねるだけだと、わたしは慌てて顔を引き締めた。
彼は本当に、とことん優しい。
そんな風に考えているにもかかわらず、ポツリと零してしまうくらい自分だって悩んでいるというのに、今はわたしの心配ばかりしているのだから。
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