6.結局は、大好きってことなんです

結局は、大好きってことなんです①

 まるで、夢みたい。

 なんてこんなこと、きっと思うだけで罰が当たるというのに。いや、もうとっくに罰は当たってるんだったっけ。


 つけないため息。わたしが逢坂さんに無理を言って入れてもらったのだから仕方がないけど、夜しか自由になれないし、ここは少し窮屈だ。でも香月さんが出勤する頃合いを見計らって毎日喫茶店へ通うよりは、ここにいた方がずっと不審に思われない。

 もう少しだけだから、見つめることを、好きでいることを許してください。


 約束もしていないのに、毎晩会うことができて、こうして喫茶店で働く彼の姿を堂々と眺めることができて、凄く幸せだけど……でも本音を言ってしまえば、同じくらい凄く辛い。

 だからといってこの気持ちを止めることなど、頭ではできても、きっと心ではできないのだけれど。


 アレを何としても見付けだそうと決めたあの日、たまたまお店から出ていく姿を香月さんに目撃されて、わたしの心臓は飛び出すんじゃないかってくらいバクバクだった。

 怪しまれちゃうって分かってるのに、やっぱり彼を前にするとおどおどしてしまって、逢坂さんが助けてくれなかったら今頃わたしは警察に事情を聞かれて、困った事態になっていたかもしれない。


 逢坂さんには、とても感謝している。わがままもたくさん聞いてもらって、応援してるってそんな言葉までもらって。探し物まではさすがに手伝えなくてごめんねって言われたけど、昼夜関係なく忙しい人だって分かってるから、そんなの全然謝ることじゃない。

 それにこれは最初から、わたし一人でやろうと思っていたことだもの。

 それなのに、何の悪戯か、いや、あんな所で夜中にごそごそやってたら、そりゃあ見付かる可能性の方が高いのかもしれないけど。


 探し物も何日目かに差し掛かったある日、突然現れた彼は当然のように、ほとんど見ず知らずに近いはずのわたしを心配してくれて、忠告を素直に聞き入れないことにきっと呆れただろうに、結局最後まで付き合ってくれて。

 そして、彼の優しさは、その日で終わりじゃなかった。それから毎日欠かさず。律儀にも空が白み始めてわたしが帰ると言い出すそのときまで、失せ物探しに付き合ってくれているのだ。


 わたしは、ふと零れそうになる涙を、日々必死に堪えるのに苦労してしまう。


 香月さんは、あまり多くを語らない人だ。だから最初の頃は、話を全くしない日もあったりした。

 でもここにいる間は、一方的なわたしのわがままが端を発してはいるけど、一緒の目的に向かっていて、姿が隠れてしまったって、声が聞こえなくたって、すぐ傍に気配を感じられる。

 時折不意におとずれるそよ風が、幸運を運ぶように草間から彼の姿を覗かせてくれて、真剣なその横顔にドキドキしては、暗いことに感謝しながらそっと頬を染めてしまう。


 この間なんか苦手な虫までもが、彼を少しだけわたしに近付けてくれて、素敵な笑顔も見ることができた。もしかしたら、風も虫も、こんなわたしに少しだけ同情してくれているのかしら。

 だから、かな。彼は警戒心の強い野生の動物が人に少しずつ懐くように、何日か経てば、わたしともぽつりぽつりと、探し物の合間に話をしてくれるようになった。


「やっぱり危ないから、昼間の明るいときに来ない?」第一声が決まってこれなのには、毎度毎度笑ってしまうけど、その瞳は、面倒くさがっているというよりも心配の方が色濃く出ていて、わたしの心はその度に温かくなる。


 こんな時間帯に女性が一人で出歩くのは、常識的に考えたら危ない。物凄い美人なのは自覚しているし、だから余計に危ないなんて、そんなのは言われなくても分かってる。けどわたしは、ここにいる限りこの時間しか自由にならないだ。

 放っておいてと言っても、優しい彼にそれが無理なことも分かっていて、でも失せ物探しもやめることはできない。

 どうしてもこれだけは、妥協できないのだ。ごめんね、香月さん。


 夜になればわたしは浮かれ半分、でももう半分で、きちんと自分を戒めて店を出る。何のための探し物なのか分かってるわよね、と。

 それなのに、向かいの店、閉店後の光量が抑えられた照明の中。彼の姿がここのところ急に頻繁に見られるようになれば、もしかしてそれはわたしのためなんじゃないだろうかとか、戒めたはずの心はすぐに淡い期待を抱いたりして、慌てて押し止めるように胸を押さえる。

 なんでこんなに感情は、思い通りになってくれないんだろうって苦しくなりながら。


 想えば想うほど、後でもっと辛い思いをすると、分かっているはずなのに。

 嬉しくて、でも次の瞬間には哀しくて。楽しくて、でもやっぱり次の瞬間には寂しくて。

 今までの人生で、わたしは一番高低差のある、一番複雑なコースのジェットコースターに乗っているのだ。

 なんて皮肉かしら? そう笑ってしまいそうになりながら、最低の自虐ネタだと、笑みが顔に上る前に落ち込んだ。


 目まぐるしい、わたしの心。


 店内で忙しく動き回る彼の姿を見つめる。どんなときでも淡々としていて冷静で、この店の子もみんな彼を、ちょっと良いよねって言ってる。

 クールでカッコいい香月さん。わたしもずっと、そう思ってた。


 だけどそう、周りにはそんな風に見える彼にも、話すようになってから時折漏れ出るふとした言葉に、もしかしたらわたしと少し似ている部分があるんじゃないかと思うような気配が含まれていることに気付いた。

 思い違いかどうかは、まだ分からない。でも、胸に多くの、行き場の見付からない感情を抱えているような、そんな気がするのだ。

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