柊司くんを守る会②

「甘んじて受け入れちゃうの? 歪曲した噂まで流されて、いつも損するのは柊司くんじゃない」

「迫田なんかめちゃくちゃ息巻いてたからな」

「……もういいんだ、もう慣れた。噂なんて、新しい話題が提供されればすぐに立ち消える。こういうのは下手に弁明すると、余計に加熱していくから」

「ほっとくのが一番て?」


 憤懣やるかたない、大きく顔にそう書いた篠崎さんは、俺よりもよっぽど俺の立場を心配してくれているようだった。


「うん」


 そりゃあいわれもない誹謗中傷は、心身共に疲弊する。いくら感情の波が立ちにくいからと言ったって、ロボットってわけじゃないんだ。

 でも俺が声を大にして異を唱えたところで、どれほどの効果が見込めるだろうか。どれほどの人が、俺の言葉を真実と捉えてくれるだろうか。

 確率の低い賭けに体力を使って、骨折り損のくたびれ儲けになるのが関の山に思えてしまう。


「けど今回はどうだろうな。なんせ相手が悪い。ミスキャンの候補者で、一部じゃ信者みたいになって彼女のことを崇めてるやつらがいるって聞く」


 そんな人が、何を思って俺なんかにちょっかいをかけてきたんだか。マジで勘弁してくれ。


「それだって、彼女の方にも、お前が心配して横槍を入れるくらいには良くない噂があるんだろ? だったらさ、どっちもどっちって感じになってくれんじゃないかな。それに俺は別に、友達を作りに大学に行ってるわけじゃない。まあ、嫌われに行ってるわけでもないけど」


 信号が点滅を始める。自嘲気味な薄笑いを浮かべた俺は、若干小走りになりながら歩を進めていたのだけれども。


「――どっちもどっちじゃないだろ」


 追い抜きざま、貴志に肩を掴まれた。


「お前は彼女と付き合ってたわけでもないし、そもそも女遊びなんて器用な真似、できっこない。ましてや浮気なんて、絶対しないだろうが」


 ぐっと食い込むその手の強さが、きっと憤りのバロメーター。

 俺の体からは、ふっと力が抜けた。


「俺は、貴志のその言葉で十分なんだ」


 代わりにこうして怒ってくれる、何だかんだ言って優しくて面倒見のいい腐れ縁がいるから、俺はいつも冷静を保っていられる。本当にありがたくて、大げさでなく涙が出そうになってしまう。

 気恥ずかしくて口にしたことなど一度もないけど、俺はそんな貴志に何度となく救われているんだ。一生頭が上がらないってくらい。


 友達なんて、たくさん欲しいわけじゃない。ましてや、誰でもいいなんてわけでもない。

 口下手な俺はそんなにいっぺんに気なんて回せないし、回した気が空回ることも、気付いてすらもらえないこともある。

 人間関係を広げる努力もせず、己を変える努力もせず、こうして自分を理解してくれる人間だけに囲まれて、まるでぬるま湯に浸かっているみたいにぬくぬくと生きるのは、本当は褒められたことじゃないんだろう。

 けど、まだそれでいいと、もう少し時間をかけてもいいと、そんな風に貴志の目は言っている気がして、俺はついそれに甘えてしまう。


 目の前の車からクラクションが鳴り響き、呆然としていた貴志を篠崎さんが引っ張る。いつの間にか信号は赤に変わっていて、俺も慌ててそれに続けば、渡り切った所で貴志は「ツ、ツンデレの破壊力半端ねぇ!」と、顔を両手で覆いながらくぐもった声で叫んだ。


「は?」


 ツンデレ?


「何となく分かるわ。貴ちゃんはこうやって柊司くんに絆されて、どんどんお兄さん化していくのね」


 大きく頷きながら、妙に納得顔の篠崎さん。


「いや、俺ら同い年だけど」

「そういう意味じゃないのよ。でもうん、これは貴ちゃん、柊司くんを守らないといけないね!」


 喫茶店に着いてからも貴志と篠崎さんは、二人の指定席になりつつある窓際の隅、大きな観葉植物に隠れるようにして身を寄せ合う。

 何をしているんだと窺ってみれば、漏れ聞こえた内容は、ありがたがればいいんだか何なんだか、どうにも恥ずかしくて身の置き所に困る『柊司くんを守る会』なんて、絶対にメンバーなど集まる見込みのない会を立ち上げる算段で。


 冗談かと思いきや、至極真面目に話し合っている二人を見て俺は、情けなくて複雑で、だけど無性に温かい気持ちになった。

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