何かと噂の新一年生④
「朝比奈さんは、このサークルで何作ってるの?」
綺麗な子に見つめられるのは何となく気まずくて、とりあえず口に上ったのは話を広げやすそうな当たり障りのない話題。でもそうやって水を向ければありがたいことに彼女は、今や女子大生の定番お洒落アイテム、ルイ・ヴィトンのトートバッグから可愛いアクセサリーを取り出してくれた。
視線が漸く外れたことに、心の中でそっとため息を零す。
「ネックレス?」
顔を近付けた迫田が眼鏡をくいっと上げたが、脂ぎっているためかすぐにずり落ちてきて何の意味もない。
「はい。あと……ピアスもです」
もう一度カバンに手を伸ばすと、次に出てきた彼女の指先に目が吸い寄せられた。淡いピンクのジェルネイルに、キラリと輝くラインストーン。それらが形の良い爪を品良く彩っていた。
遅れてその手に、賽の目状に区切られた仕切りのあるケースが握られていることに気付く。
全てにおいて完璧なんだな、と今度は感心のため息が出てしまった。近所のコンビニに行くのだって、きっと準備に余念がないに違いない。すっぴんの彼女がスウェットを着てサンダルを突っ掛けている姿は、どう頑張っても想像できなかった。
余計なお世話かと思いつつ、よほど自分に自信があるか、よほど鈍感でなけりゃ、隣に並ぶ男の方が尻込みしそうだと思ってしまった。
「凄い! お店で売ってるやつみたいじゃん! これ全部瑞穂ちゃんが作ったの?」
隣で迫田が身を乗り出し、感嘆の声を上げた。
「ふふっ、ありがとうございます。初めは少し興味があるって程度だったのでキットを買ってやってたんですけど、だんだんはまっちゃって」
「いいねいいね、そういうのがうちのサークルでは大事よ」
迫田が大げさに褒めるのも確かに頷けた。売り物と遜色ないと言っていいほど、彼女の手の中で転がるそれらは、丁寧にセンス良く作られていた。
「これ何? エポキシ樹脂?」
「か、香月先輩もこういうの製作されるんですか?」
つい興味を惹かれて尋ねれば、居酒屋の薄汚い照明ですら、彼女の瞳はきらきらと音がしそうなほど輝いた。
エポキシジュシ? 迫田がアクセサリーの表面を撫でながら、ガラス? いや、プラみたいだな、と零す。
「いや、俺はガラス専門。こういうのはやらない。
樹脂だよ。持てば分かる。ガラスより断然軽い。てかプラスチックだって、大まかに言えば樹脂の一種だろうが」
「へぇ」
「へぇってお前……」
「あぁやめて! 俺は自分の専門分野しか興味持たないの。お説教は聞かないよ。楽しい席でそんなの、白けちゃうもんね」
俺は絶句する。二十三にもなって、男が“もんね”とか使わないでほしい。
……まぁこの顔だ。相当酔ってるってことで流してしまおう。
「あ、あの、私、持ってます!」
「え?」
すると突然上げられた、半分ひっくり返った少し大きめの声。
見れば朝比奈さんはほんのりと頬を染めて、先程のケースから一対の、シンプルな青色のとんぼ玉ピアスを取り出した。
いちいち自分の製作物を覚えてなどいないけれども、彼女がそう言うなら、これは俺が作った物なんだろう。
「去年の学祭で、買いました」
おずおずと差し出され受け取る。
「へえ。てことは、瑞穂ちゃんとは去年会ってたのかぁ」
しかしお前も器用だよなぁ。迫田は俺の手をしげしげと見つめた。
俺と貴志、迫田は揃って理工学部を卒業後、理工学研究科のマテリアル工学専攻へと進学した。
俺がとんぼ玉作りを始めたきっかけはもっと前、まだ大学三回生だった頃で、ある日どんな実験だったかは忘れてしまったが、最中俺の手先が異様に器用だ、という話になったことが発端だった。
後日何を思ったか貴志が、とんぼ玉作成のためのガラス棒が入った初心者用キットをゼミ室宛てに注文していたのだ。
お前ならできるって! と無責任な太鼓判を押され、いくら俺が材料工学科でガラスを研究しているからって勝手が全然違うだろうと呆れつつも、ちょっとだけ興味を惹かれた時点できっと貴志の思う壺、気付けば膝を突き合わせて、動画投稿サイトで作り方を検索したりしていた。
最初は急に熱し過ぎて割れたガラスが飛んできてヒヤリとしたり、溶けたガラスがうまく巻きつけられずボトリと床に落っこちたり、器用とはいってもほぼ独学のとんぼ玉作りは四苦八苦だった。
そんな目に見える進歩がない日々の過程に飽きたのか、ある日どこからか持ってきた全然関係ない金属棒をバーナーにかざした貴志が、溶けて液化し落っこちた金属を“はぐれメタル”と称して転がして遊んでいたところを、教授に見つかってどやされたりもした。
これだけは言っておくが、断じて俺は乗っていない。それなのにまるで首謀者のようにこっぴどく叱責を受けたのは、未だに人生の中での解せない出来事トップ3に入る。
でもまあ結構凝り性だった俺はそこそこのめり込んで、今やちょっとした模様くらいならお手の物。
せっかくここまで上達したのだから、今度はアクセサリーやストラップ、チャームにして一儲けしようと(勿論貴志が)悪だくみを始め、こちらは言い出しっぺの貴志が有言実行、綺麗に体裁を整えてくれた。
一儲けできるほど数もないし、所詮は学祭だから値段設定も低め。でもわりと人気はあって、出せば必ず完売していた。
その一つを彼女が購入していたとは、全く予想できなかったけれども。
去年の学祭なら、これは半年以上前の作品だ。形を見ると僅かに歪んでいた。今ならコテもわりとうまく扱えるようになったから、もう少し綺麗に仕上げられるだろう。
「並べて売ったら、集客率アップしそうだな」
迫田は手のひらに乗せたままになっていた朝比奈さんのピアスを、俺の手へと移す。
レジンとガラス、材質は全く異なるけれども、どちらも女の子が好きそうな輝きを放っていた。
「気泡とか塵ってどうするの? 見たところ凄く綺麗だけど」
昔懐かしい、二つセットのスクエア型の飴のようなピアスをしげしげと眺める。
俺のとんぼ玉は結構気泡が目立つが、透明度の高い彼女のキューブは照明にかざしても、何物にも遮られることなく全ての光を俺へと届けた。
「爪楊枝とかで、一つ一つ潰したり取り除いたりします」
「へぇ」
本当に愛着があって、丁寧に作ってるんだな。今の俺も、物を作ることへの執念で学校へ来ているようなものだったから、彼女には素直に好感が持てた。
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