何かと噂の新一年生②
貴志と俺は、いわゆる腐れ縁だ。幼稚園からずっと一緒。高校、大学、果ては大学院まで一緒だというのだから、これ以上適当な表現もないだろう。
確実に、親よりも一緒にいる時間が長い。だからきっと、俺のことがまるで手に取るように分かってしまうんだと思う。
俺の両親の仲は、物心つく頃には既に最悪のものとなっていた。醜い罵り合いを聞きたくなくて
両親がどんな経緯で結婚に至ったのかは今も知らないままだが、そんな不仲な親の元で育ったせいか、恋愛にはひどく懐疑的な自分がいることは否めなかった。ましてや、性格を全く知りもしない女の子をそういった対象で見るなんて有り得ないくらいには。
付き合ったとしたって、貴志の言うように俺はいつもフラれる。
「私のこと本当に好きだった?」
別れの際に言われる常套句。もはやお決まりと言っていいくらい、毎度のように俺はこれを浴びせられてきた。
でも俺に言わせれば、そんなの決まってるのに。
好きにならなかったなら、付き合ってなんていない。
だから寧ろ逆に訊いてやりたいくらいだ。お前は、そんな不誠実な男と平気で付き合っていたのか? と。
そして、フラれるという結論から導き出される解は一つ。果たしてそれを“デレ”と呼ぶのかは甚だ疑問だが、貴志の言う通り、俺の気持ちが相手に伝わることは本当に稀だ。
貴志に言わせると、俺は一歩引いた所から、冷静に恋愛をしているんだそうだ。最初はそれがクールでカッコよく映るらしいけど、実際付き合って時が経つにつれ、そのクールさが、興味のなさへと変換されていくらしい。
勝手だって愚痴ったら、いつだったかの彼女に、言葉にしないあんたが悪いと罵られた。
そんなの分かってて付き合い始めたんじゃないのかよって思う俺は、薄情なんだろうか?
別れを告げられて、そのまますんなり受け入れるその態度もまた、女性としては耐え難い苦痛だそうだ。なぜ引き止めないのか、と。ほらやっぱりその程度の気持ちだったんじゃない、と。
フラれた俺が傷心じゃないなんて、どうして決めつける? 傷口に塩を塗られたことも一度や二度じゃない。本当に、本当に勝手じゃないか?
じゃあどうしたらいい? 愛してるって伝えればいい? 簡単なこと?
果たして、そうだろうか?
俺という人間が生まれたのだから、両親だってかつてはそんな睦言を囁き合った頃もあったのだろう。でも父親が、そんな愛していたはずの母親に罵声を浴びせる瞬間を、俺は数えきれないくらい目にしてきた。二人は結局、この世で一番憎む者同士となったのだ。
散々言い争った挙句、パパだよな? ママよね? どちらをより愛しているのか、天秤に掛けろと年端もいかない息子を責め立てる。
伝えたってうまくいかなくなることもある愛情。
それなら“愛してる”には、いったいどれほどの有効期限があり、どれほどの重みが含まれているのだろう? どれほどの価値があるのだろう?
恋愛イコールすぐ結婚なんて年じゃまだないから、そんなに深刻に考える必要はないのかもしれない。
でも、俺は怖い。愛してると伝えて、愛してると伝えられて、一度知った幸せの後には何が待つのか。俺も父親のように、好きな女性に向かって声を荒げるような男に成り下がる日が、いつか来るんじゃないのか。
そして、そして……俺はあのときの自分のように、
あえて言葉にしないことを、免罪符としているのかもしれない。さようならと告げられたとき、仕方がないと結末を受け入れるための。
俺は別れの瞬間、少なからず安堵してしまうんだ。深く繋がる前に、がなり声を上げる前に、終わりを迎えられたことに。
落胆する心と、安堵する心。自分でも矛盾していることはよく分かってる。けど、どちらも相容れないようでいて、俺の中には確かに同時に存在するのだ。
「そんな深く考えないでさ、一度くらい心のままに行動してみても良いんじゃないの?」
俺の恋愛が歯痒いのだろう。貴志は事あるごとにそう零す。
そう言われても、だけど俺にはさっぱり分からないんだ。考えることと行動すること、この二つってそもそも切り離せるんだろうか? できるのなら、そんな特異な現象に、どうやったら陥れるのだろう。
そしてやっぱり、そう考える度に不安がよぎるのだ。
もし、いざ陥ったとき、俺の声は、誰かに向かって荒げられることになりはしないのだろうか、と。
安易に進んだ道の先には、実は切り立った崖が待っていて、恋という病に罹り盲目となった俺は、相手をうっかり突き落としてしまったりしないのだろうか、と。
どうやらあの子は、とても人気者らしい。楽しくお付き合いをできる自信のない俺が、おいそれと手を出す相手ではない。
釣った魚に餌をやらない男、いつしか俺にはそんな不名誉なキャッチコピーがついていたから。
でも貴志は、そんなこと百も知りつつ、いけるんじゃない? などとけしかけてみたりする。
苦笑するしかない。こいつは案外心配性だから、俺が親の呪縛から解き放たれて、周りの恋人たちが当たり前のようにやっている当たり前の恋愛を、今度こそできるんじゃないかって、決して好きではないはずの煙草を咥え、声にならないそんな思いをもどかしそうに、吐き出す煙に乗せてみせたりするのだから。
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