最低なチョコレート
「あー、明日がチョコ貰える日だなー! 早く欲しいなー!」
目の前の男は夢見がちに話している。
「お前サイッテーだな」
すかさず俺は言い返す。
「何がだよ、チョコを貰ったら食べてあげる。金も払わずに美味しいものが大量に貰えるんだぞ? ありがたく頂くのに何が最低だよ」
これには呆れるばかりだ。
貧乏性とでも言える発言にも飽き飽きしているが、同性にも嫌われるような「チョコは大量にもらえます」発言。いや実際にこいつはモテていて、反論の余地もない。だが逆にそれがムカつく。さらに、こいつはチョコを貰って食べることが目的だ。言ってしまうと、贈ってくれた女子の気持ちを1ミリとも感じない。以前こいつに「女子が何でお前に贈るのか」と聞いたことがある。すると何食わぬ顔で「ん? 俺のためだろ?」と返答したのだ。バレンタインというイベントは知っているというのに。
チョコが好き。となればまだ納得がいくのかもしれないが、そういうわけではない。食べることが好きなだけだ。そう、それだけ。
バレンタイン当日。
大量のチョコレートを机の上に披露し、余り切ったチョコを、鞄に入れる作業に奮闘しているそいつへ歩み寄る。
山のように重なったチョコの上に2個のチョコを置く。
「ん、おっ!! ありがとな、献上品!! 」
「別に。2個だけだし」
そいつの前の席に腰掛ける。何か手伝うことがあればすぐに動けるように。……これももう慣れてしまったのか、体が自然に動くようになった。
「お前は俺のことサイテーって言ってたけど、お前も大概だよな!」
快活に笑いながら言うこいつに、俺は苦笑いを浮かべる。
「ほんっとサイテー」
2人の頭上から聞き覚えのある声が降りかかる。
「奈々……」
俺の幼馴染、唯一話せる女子が目の前に立っていた。
「言ってやれ、奈々ー! 澪の冷血野郎! すけこましー!!」
「あんたもよ!!」
豪快な拳が健の頭を殴る。
「バレンタインを待ち侘びているのは、何も男だけじゃないの。自分の気持ちを形に変えて、それを異性に、同性に渡すのがどれほどの勇気と緊張を持ってると思うの。それを献上品に見立てて、食べるだけで、気持ちを考えない。チョコが嫌いだからって全て友達になすりつける。なーーーーんであんた達がモテるのかわかんない!!」
一気に捲し立てられ、気圧されたのもあるが、何分こちらを蹴落とされた気がしてならない。
健も俺も目線をあらぬ方向に向けて、誰とも目を合わせられないでいる。
「そ、そういうお前は誰に贈ったんだよ」
話を変えようと、健が聞きたいわけでもないのに聞く。
「……誰にも。だって好きな人なんていないもん」
帰り道。
奈々と俺は同じ道を通るから、必然的に隣に並んで歩く。
「本当に誰にも?」
聞くのは野暮とはわかっていても、話題がこれしかない。
奈々は俯きながらポツポツと話す。さっきまでの快活な言動は置いてけぼりだ。
「……だって仕方ないじゃない。……チョコを贈っても、気持ちが伝わらないんじゃ……。だからあんたにあげたの」
「……」
2人、目を合わせずに話す。同じ目線で、地面を見て。
夕暮れ時の何気ない影が嘲笑っているように見えた。
「後もう1個は何?」
「え!?……1個!?み、見てたのか?」
慌てふためく俺をいたずらっ子のように笑って見つめる。
「本当サイテー。大量に貰えはしないけど、たった1個って貴重よ? むしろ、1個の方が気持ちは届きやすいし、「たった」なんて言うけど、その言葉が覆せるほどの大量の気持ちが詰まってるんだから」
彼女の言葉を聞きながら、貰ったチョコに添えられていた手紙をポケットの中で優しく撫でる。
「で、誰なの?」
「うっせー」
完全に照れ隠しだ。夕陽が当たってて良かったと今日くらい思ったことはない。
まだ学校からそう遠く歩いていない頃、背後から健の声がする。俺たちの名前を呼び、近づいてくる。手には赤い箱を持っていた。
「え、何? その箱」
やはり奈々も箱に気づいたようで、凝視する。チョコの箱だろうか。
「いや……、えっと……」
聞かれた健はというと、すぐにしどろもどろになり、俺の方をチラチラと窺う。窺われても、俺に事情は汲み取れないが。
意を決したように、その赤い箱を差し出す。奈々に。
数秒の沈黙。
「えっと……、チョコ……作った、んだよね。その……形とか味とか本当自信はあったんだけど、やっぱり……贈ったら贈ったで後悔するんじゃないかとか色々……」
俺にも衝撃的な言葉と、表情で、しばらく固まっていた。それは同じだっただろう奈々は、ゆっくりと赤い箱を受け取り、嬉し涙だろう、その箱を湿らせた。よく見ると、ハートなのか丸なのか四角なのかよく分からない大きな物体が箱の隙間から見えた。雑な健の性格が滲み出ている。
「ほんと、サイテー」
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