Books lover
口に入れると、しばらく口内で転がし、噛み砕いて、細かくして、喉へ飲み込む。その行為を食事という。腹一杯に満たし、満足感を得る。
目の前の男は、丸くて白い、光沢を帯びた平たい物体の上に動物の肉片を置いて、その肉片を小さなナイフで一口サイズに切って、俺と同じ行為をする。喉に通すと、満足したように鼻から息を吐き、膝に綺麗に敷いていた白い紙で口を拭く。
「美味しいか?」
分かり切っていることを聞いてみる。
男はチラッと俺の方を見て、拭いていた紙を膝の上に置き、また俺を見る。
その数秒の動作さえも優雅で上品だった。
「そんな分かり切ったことを聞いてどうする?」
「……いえ、どうもしません」
「だろう? ほら、君も食べなさい。そんなものを食べるのは些か疑問ではあるが、君の食事に合うのだろう?」
俺はとうに無くなったことを示すために、ツルツルの白く、平たい物体を相手の方に向ける。
「もう食べ終わったのか? はあ、もう少し待っていろ。俺の食事が終わるまで待機だ」
俺は言われた通りにする。だからといって、することもなく相手の仕草を見るしかなかった。
「さて、本でも買おう」
食事が終わると、次は、今日するべきことを相手の男が言う。
言われてみれば、屋敷に所狭しに設置されている本棚には、もう既にあるべきものがなくなっていた。
「す、すみません」
何故だか罪悪感が込み上げ、謝るが、男は俺の頭を軽く撫でる。
「何を謝る必要がある? ゴミがなくなって助かるぞ」
男と一緒に本屋に行くのはこれで何回目だろうか。俺のために何回も連れて行ってくれて、すっかり常連だ。
店員さんは男のことを、本の虫、だとか頭脳明晰、文学者と噂している。だが、男の目的は男自身のためではない。
「さあ、探しに行って来なさい。俺はここで待っている」
別段、男は本好きでもなく、文学者でもない。そりゃあ、何かしら勉強のために数冊買ったりして読んだりもするのだが、屋敷の大きな本棚に埋まるのは俺のせいだ。
男の家は大金持ちらしく、何冊買っても怒られない。所謂、無数に買えるのだ。
俺はいつものように躊躇いもなく、数十冊を店の棚から手に取り、男に買ってもらう。
「いつも……ありがとうございます」
男は笑顔で応えてくれる。
帰ってくると早速、買い物袋から本を取り出し、テーブルに着く。男がいつの間にか用意してくれたのだろう。ナイフとフォークが置いてある。
本をテーブルの上に置き、手を合わせる。
「いただきます」
口内に乾いた紙が入っていく。次第に自身の唾液で湿っぽくなり、舌に、上顎に張り付く。そしてそのまま溶け、喉に流れていく。俺は幸福感を感じ、もう一度、本を一口サイズに切る。紙が軽やかな音を立てて切れていく。それをそのまま口に入れる。
「まったく……、幸せそうな顔をしてくれるな。肉を食べている時はあんなに無表情だというのに、そんな味もしないただの紙を美味しそうに食べるのだ。本棚にある本全部が無くなるとは思いもしなかったよ」
「動物を殺してそれを食べる方がどうかしてますよ」
「……ふっ、本を食べている時だけは饒舌だな」
俺が本を半分くらい腹に満たした頃。男は立ち上がり言う。
「では、俺は人間を狩りに出かけよう。何か上質そうな本があったら、ついでだが、取りに来よう」
「はい、お願いします」
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