音楽

 街には音楽が鳴り響く。

 それは今日がパレードだったり、何かの祭りだとか、特別な日だからというわけではない。

 ずっと、毎日、流れているのだ。


 上空には大きなスピーカーが設置されており、そこから遠方の街にまで音楽が行き渡るようになっている。

 そのスピーカーは年中無休で働いており、世界中の音楽をかき集めては1曲ずつランダムで選曲されている。だから毎日、違う音楽が流れ、飽きないのだ。

 街の人々は音楽を聴きながら勉強したり、仕事をしたり、音楽は欠かせないものになっている。

「かつて昔は、若者がイヤホンという小型のスピーカーを耳に入れ、音楽を聴きながら街を歩いていた。それはとても危険だった。音量を大きくし、街を歩けば、周りの音は遮断され、車の衝突事故、接触事故なんて絶えなかった。そこで若者に音楽を聴くなと言ってもそりゃあ辞めれないわけさ」

 俺の目の前の男は熱く語る。それはもう何十回も何百回も聞いたことのある話で、右から左へ受け流す。目の前のほろ苦い、コクのあるコーヒーを口に運び、聞こえてくる音楽に耳を澄ます。今日はクラシックだ。このカフェに似合う、ベストセレクトだ。ニコロ・パガニーニの「carnival of venice」。彼の演奏を間近で聴いているようだ。

「なんで辞めれないかだって? そりゃあ、音楽というのはそういうものさ。辞めたくても辞められない。一種の麻薬だよ。君は考えたことはないかい? 音楽ってなぜ廃れて消えないのか。それは、音楽そのものを嫌う者が居ないからさ。そりゃあ、嫌いな曲というものはあるかもしれない。ジャンルとかね。でも、それでも音楽は嫌いになれない。そう、だからあのスピーカーがあるんだ」

 彼は上空に浮かぶスピーカを指差し。

「あれは神の産物だね。若者に不快感を感じないながらも、危険を陥れるようなことにならずに済む。これで、皆の好きな音楽を聴きながら、街を歩けるのさ」

「でも、クレームは所構わず出てる。葬式の日にロックなんで流されてみろ。場違いにもほどがある」

 俺は、聞いているのか!! と非難を向けられないように、とりあえず聞いているふりをするために反論をする。と言っても、彼が結局何を言いたいのかはわからないので、反論と言うより意見だろうが。

「それは……。神様が葬式くらい明るくしようって仰ってるんだろう」

 彼は今までの上機嫌でテンション高めだったのが、俺の言葉で尻込みし始める。

「というか、お前は本気であれを神の産物だって言ってるんだな」

「当たり前だろう。こんな素晴らしい世の中にしてくれたのは他でもない、神の産物だ」

 まあ、彼がどれをどんな風に信じようが彼の自由だ。これ以上追求はしまい。

「でも、私は思うのだ。このままだと危ないのかもしれないと」

 そこで、初めて彼は神の産物に対して不安を口にした。こんな彼は珍しく、とりあえずコーヒーを吹いた。わざと。

「き、汚いな!! 何をする!!」

「いや、なんか親友がそんな不安を口にするとは思わなかったからとりあえず吹いただけだが……、どうした? 何があったんだ?」

「とりあえずで吐かないでくれるか!? ここの主人も呆気にとられてるぞ!!」

 見ると、カウンター席の奥の方から、若い店主が呆けた目で見ていた。俺は手で謝り、友達に向き直る。

「で、何があったんだ?」

「……、確かにこの世は音楽に満たされ、皆が幸せに浸っている。……だが、このままだと、その音楽に魅了され、溺れるのではないかと。そう思うのだ」

 彼は自分勝手で、自分の意見を熱く語る反面、視野を広く持ち、誰よりも著しく変化を感じ取る特徴があった。だから俺は、こいつとは切っても切れない関係にある。楽しいのだ。こいつといると。

「なんでだ? 音楽に酔いしれるのはとてもいいことではないのか?」

「それは、そうだが。……そうだろう? 今までの話、君は私の話など意に介さず、音楽に集中していただろう。それが皆々、起こっているのだ」

 ぎくっ。あれ、気付かれたか。

「それは……お前がもう何十回も言ってることを言うからだな。もう飽きたと言うかなんと言うか」

 でも、それがなんの問題があるのか。

「私は見たんだ。例えば、恋人たちとの会話。友人との会話。家族との会話。その会話に音楽を介入させてるが故に……。会話が途切れ、さらには喧嘩に勃発する様を」

 彼は恐れている。俺との関係にもそういうことが起こるのではないかと。しかも、俺は性格が悪いから、そうなる可能性が高いと。

「安心しろ。……とは言えないが……だからって喧嘩にはならないだろ? 今までもそうだったしな」

 俺は彼の肩を叩き、安心させてやる。

「そう、だな。そうだよな」

 まだ心配だったが、俺たちは割り勘をし、店を後にする。


 夜は音楽は止み、静寂が訪れる。

 代わりに家のスピーカーで音楽を鳴らす。近所迷惑にならないように小さな音量、クラシックを流す。「nocturne」夜には最高な音色だ。

 かの音楽家、……モーツァルトだったかは忘れたが、彼は「音を楽しめることこそが音楽だ。音を楽しめないものなんて音楽とは言わない」と名言を残した。

 本当にそうだ。聴けば脚が勝手に動き、指が動く。気がつけば口遊んでいる。

 そして、知らぬままに眠りに落ちる。


 音楽しか聴こえない。彼が何を言っても、音楽しか耳に入ってこない。街は踊り狂っている。音楽に魅了され、音楽に虜になった踊り子が街の中心で舞を踊る。

 音楽しか聴こえない。ロックだったり、クラシックだったり、バラード、フォークソング。それに合わせて脚と手と、指先から頭のてっぺんまで。楽しい。幸せだ。

 毎日毎日、違う音楽で違うダンスを。皆で歌い、踊り狂う。

 夢のような夢でない世界。

 気がつけば親友がどこに行ったか忘れた。一緒に踊っているだろうか。

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