虹空
赤色に、桃色に、黄色に、橙色に、空は輝いている。
誰かが空は芸術だと、誰にも変えられぬ芸術家だと言っていた。
それはその通りで、色を幾重にも重ねながら、地球を覆っている。雲に影をつけ、また、色をつけ、その雲の形は毎回違う。毎日毎日別の芸術品が生まれるのだ。
僕はこの空を見て一瞬、怖いと感じたことがある。
何か意思を持つようで、何かが起こる前触れのような。
けれど、周りの人たちは違った。
「綺麗ね」
カウンター席でコーヒーを飲む女性客がいた。僕のブレンドコーヒーが綺麗なのかと思ったが、そうではない。
「私は白い空が好きなのだけど、こういうカラフルな空もいいわね」
僕にはわからない。
「空は誰かの心を写すなんて言葉があるわ。さて、誰の心を写しているのかしらね」
「誰かを考えるのは途方もない推理だよ」
「ええ。だったら、どういう心を写しているのか。それを考えるのは風情があっていいじゃない?」
どういう心か……。
芸術品に対して、それを生み出した芸術家はどういった心境だったかを問いただす風潮はなんだろうか。僕からしたら、芸術家の心境だとかなんとかよりも芸術品の特徴を知っておきたいのに。
この空は誰かが作り出したわけでも、心を写しているわけでもない。でもまあ、そういう話をして時間を潰すのも悪くはないかな。
「さあ、カラフルだから一喜一憂しているんじゃないかな。赤や橙色、ピンク、黄色しか見えない。4色とも暖色だから、心が踊っているんだと思うよ」
僕は食器を丁寧に拭きながら、女性客を見ずに答える。
「それも一理あるわね。でも、私はこう考えるわ。恋してるのよ。女心は秋の空なんていうでしょう? 色も変わりがわり繰り返している。そういうものなのよ、女って」
「……それ、女の人だって確信しているんですか?」
「……さあ、どうかしら?」
彼女はいたずらっぽく赤い唇を横にニィッと伸ばす。
僕は彼女のそんな表情に慌てて目線を外す。
「美味しかったわ。また、ここに来るわよ。次の商品、期待してるわ」
彼女はカップを僕の目の前に置くと、代金を支払い、店を後にする。
「ありがとうございました」
彼女がいなくなったことで静かな寂しさが店内を埋め尽くす。
他にも客はいて、音楽も静かに鳴り、食器の音、人々の会話は聞こえているのに、寂しさが募る。
一瞬で周囲が暗くなる。
空は寂しさを映し出していた。
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