第6話 卒業

机。椅子。教科書。ケータイ。

友達とのおしゃべり。

テストの成績。

家庭の環境。

顔。金。イケテルカイケテナイカ。


教室の中はしがらみでいっぱいだ。

卒業しちゃえば、全部どうでもいいことなんだと思う。

でも私たちにはそれが全て。それが社会。


のはずだった。


今日私はジョシコウセイを卒業する。


「優希ー、なにしてんのー、最後に先生に挨拶いこー。」


藍が花束をもって教室にわたしを呼びに来る。

私たちは3年間、必死にバスケットボールをやってきた。走ってきた。

それなりに勝って、結果も残したけど、1番には慣れなかった。

走り過ぎて足の骨が折れたりもした。辞めていった仲間もいた。

私はやめなかった。藍も。でも、私は結局はずっと補欠だった。藍はレギュラーだった。


私は、下手だったのだから、仕方ない。


「うん、今行くよ」


これから顧問に最後の挨拶に行く。


体育館を目指し歩く。


すれ違う同級生達は、みんなどこか得意げだ。

いつもスカートの長さだの、色付きリップは化粧だのうるさいおばさん先生も、今日は目を細めて生徒との別れを惜しんでいる。


「なんか三年間あっという間だったね。」

藍が突然呟いた。

「そう?私は長かったなー。」


最後に努力が報われれば、こんなに長い3年間には感じなかった。


「バスケットばっかしてたね。」

「本当だよ。めっちゃ怪我した。」

「でも、なんか、辛かったけど、さみしいね」

「うん、もっかいやりたい。最初から。」


努力は無駄だったけど、バスケットボールは大好きだったから。


体育館につく。顧問の先生に最後の挨拶をする。

先生はこう言った。

「藍さん、大学でもバスケットボール頑張ってね。優希さんも、やりたいことに全力で取り組んでくださいね。」


握手をして別れた。


先生、わたしのやりたい事は、バスケットボールなんです。


涙が出てくる。


あらあら、と笑う先生。

もらい泣きしながら笑う藍。


周りからは微笑ましく見えるのだろうか。


顧問への最後の挨拶を終える。

他の友達との約束があるから、と藍の誘いを断り教室に戻った。

一人になりたかった。



「優希さん。」

名前を呼ばれ、振り返る。

「あ、先生。」


「卒業おめでとうな。」

いつものポロシャツに半ズボン姿で、熊みたいに少し丸いシルエット。

「ありがとうございます。」


いつも隣のコートで、バスケットを教えるこの人横目で見ていた。

別に特に仲のいいわけでもない。

授業でも関わったことはない。


「優希は、大学どこだっけ?」

「東京です。」

「そうか、進路も決まってよかったな。

なんの勉強するんだ?」

「リハビリとか、そういうことに興味あって、、医療系です。」


こんなにこの人と会話をするのは今日が初めてだ。


「バスケットはもう続けないのか?」


何気なくされた質問に息が止まる。

答えられない。


「なんだ、やめちゃうのか?」


びっくりしたように目をまるめて、先生が言う。


「俺は、優希さんが、つらそうな顔しながらコートを必死に走る姿が結構好きだったけどな。」


顔が、かーっと熱くなるのがわかった。


みててくれる人がいた。

それがたまらなく嬉しかった。


「必死でしたよ、練習きつかったですもん。」


私の喉を締め付けてた何かが、ほどけていくのがわかった。


「本当は、ほんとは、試合に出たかったんですよ。」


やっと言えた。

先生の姿が滲んでみえる。


「悔しいから、大学で頑張ります。」


先生は、頑張れよ、と言って去っていった。


大きく深呼吸してみる。

息苦しさは消えていた。


しがらみでいっぱいの教室。

努力は報われるとは限らなくて、誰も私を分かってくれなくて。

そんな、めんどくさいジョシコウセイを今日わたしは卒業するのだ。


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