第5話 夢の話

「まった?」

5分遅刻のくせに、余裕しゃくしゃくだ。

濃いブルーのジージャンに、黒いパンツの若い男。


「遅刻してんだから、もつちょっと急いだ感じできてよね。」


この男に会うのは5年ぶりくらいだろうか。


「先生、小さくなった?」

「いや、あなたが大きくなったんだよ。」

「先生のつむじが見える、、。」

「うるさいなあ。」


近くにあるバス停でに学生たちが並んでいる。


「まさか、先生とデートできる人が来るなんて思ってなかった。」


私を見下ろしながら、からかうように笑う。

その笑顔を見て思う。

ああ、この子はちゃんと大人になってしまったんだなあ。


昔はこの男の顔を、正面から見ることができなかった。真っ直ぐで、真っ黒な瞳が怖かった。


世間話をしながら私たちは歩き出す。

さりげなく男が車道側を歩いてくれる。


「喉乾いた。少し座って休まない?」

私から切り出した。

公園のベンチに腰を下ろす。

冷たい缶コーヒーをおごってもらった。

日曜日の3時。ブランコと砂場しかない小さな公園には私たちしかいない。


「久しぶりに会ったけど、なんか、大人になったね。びっくりしちゃった。」

改めて男の顔をみる。

真っ黒な瞳。長い睫毛。髪の毛はすこし茶色く染められている。

「先生全然相手にしてくれないからさー。俺頑張っちゃった。」

照れた時に鼻を触る癖はあの頃と変わらないね。


「ずっと元気にやってたの?」

「元気だったよ。大学行って勉強もして、就職もしたし。」


「よかった、よかった。

久しぶりに会えて、大人になってて、安心した。わたしも頑張るわ。」


この男に私はどう写るだろうか。

相変わらず、と思っていてほしいけれど。


あ、と言って男が私の前髪にふれる。


「ゴミ、ついてますよ。」


どくん、と心臓が脈打つのを、たしかに感じた。


「あ、うん。ありがとう」

前髪を直すふりをして目を伏せる。


「先生、俺さ。」

今までとは違う、少し硬い声。

思はず男に視線を戻す。


あの時からずっと変わらない、真っ直ぐで真っ黒な瞳。

目をそらしたくなる。

でも、そらせない。


「俺、ずっと先生のこと好きだったよ。」


大人になってしまったんだね。

でも、長い睫毛はかわらないね。

私は大人だから。私の仕事はあなたを正しく導くこと。


「知ってたよ。」


ぶっきらぼうな私の返事に、男は笑う。


「やっぱり。バレバレだったよね。」

「うん。」


「先生、あとね。

今も多分まだ好き。」

「うん。」


「からかってるわけじゃないよ。」

「うん。」


正しい道に導くこと。何度だって。でも。


「あのさ、もしね、私のことを好きなら、先生って外で呼ぶのやめて。」


男が驚いたように目を大きく開く。


「俺と付き合ってくれる?」


男の頬が赤く染まる。


「とりあえず、またデートしたいなあ、くらいには思っております。」


頰を赤らめた男が、笑顔で頷く。

また、わたしの心臓がおおきく脈打った。







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