第4話 我が輩は

 人間というのは、一体全体どうしてここまで無駄好きなのか。

 

 生きるために必要な物なんて、睡眠と飯くらいだろうに。

 

 朝起きるとしぼみかけた風船みたいな顔で布団から這い出て、背を一度も伸ばすことなく、ぼさぼさの髪を無理矢理なでつけて出かけていく。

 俺に言われたくないだろうが、ものすごい猫背だ。ネクタイだって曲がっている。あんなにボロボロのまま一体どこへ行くって言うんだよ。


 まあ、家に帰ってくることには「ボロボロのヨレヨレ」に進化してるんだけどね。


 あの人間が出かけてからは、私がこの家を守る。

 あの人間があんなにボロボロだから、我が輩がこの家も人間もまもってやらなきゃならんのだ。


 どれ、とりあえず、人間の布団でも暖めておいてやるか。


 


 おっと、だいぶ眠ってしまったようだ。

 腹が減ったな。


 ガチャッと鍵の開く音がする。玄関にいる人間を迎えに行く。

 「ボロボロでヨレヨレ」の人間を迎えてやらねば。


 俺はその日初めて、背筋がピンと伸びた人間をみた。

 その日の人間は「ツルツルのツヤツヤ」だった。

 脂ののった鰹の刺身並みのツヤツヤだった。


 そしてが驚いたのは、人間よりも更に「ツルツルのツヤツヤ」の人間がもう一人いたからだ。


 「あら、ねこちゃん。お迎えに来てくれるんだ。」

 しゃがみこんで俺の頭をなでる。


 「おい、玄関狭いから部屋いってから触ってよ。」

 文句を言っている割には、嬉しそうだ。

 男の持っているビニール袋の中には、我が輩の誕生日にしか食べることの出来ない、「ぷれみあむ」なおやつがはいっている。


「ねこちゃん、気に入ってくれるかな。これ」

客人がおやつの袋をガサガサといじる。もったいぶらずに早くよこせ。客人の足元に体を寄せる。


「いいから、とりあえず部屋入ろうぜ。」

「えー、まだねこちゃんと仲良くなってない。」

「こいつはいいの。あとでおやつあげればすぐ仲良くなれるから。」

「やだ、いま仲良くなりたいの。」

「わがまま言うなよ、子供かよ。」

「猫にヤキモチとか、そっちこそ子供みたい。」


なんだ。この不毛な痴話喧嘩は。おやつがもらえないのなら、客人にもう用はない。

ベットで一眠りするか。


人間たちの痴話喧嘩を聴きながら、少し夢を見た。

吾輩が幼かった時の夢。

まだ母と沢山の兄弟とすごしていたころ。

いつも騒がしかったが、寂しくはなかった。


いつのまにか人間たちの声が笑い声に変わっている。もうおやつのことなど、忘れているのだろうな。


まあ、こんな少し騒がしい夜もたまには悪くはない。



 

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