第2話 年下の男

 人はなぜ恋愛をするのか。

 幸せになるため。もういい年の私はそう考えている。

 幸せになるための恋愛。安定した未来につながる恋愛。安心させてくれる男。それこそが幸せになるためには必要不可欠。


 の、はずなのに。


 「デートにいきませんか?」


 この男のせいで、最近どうも調子がでない。


 「無視ですか?今週デートにいきませんかー?」

 「いきません。」

 「どうせ暇なくせに。」

 「だまれ。」

 「うわ、冷たい。悲しい。なんなのこの人。」

 断固拒否。そう決めている。

 「だめです。嫌です。」


 少し伸びた前髪がさらさらと風になびいた。真っ黒なはずの髪が、太陽の光にてらされて茶色く透けている。

 何があったって、受け入れることは出来ない。絶対に。


 「じゃあ、わたし下もどるからね。遊んでないで、部活いっておいで。」

 背を向ける。すれ違う生徒に「さようなら」と声をかけながら、職員室へ向かう。

 からかわれるのは、大嫌いだ。

 まどの外を見る。12月なのに、今日は本当に天気がいい。マフラーやコートを着込んで下校していく生徒達が、なんだかちぐはぐに見える。


 とんとん、と肩を叩かれて振り返る。

 「まだなにか。」

 わざと大きなため息をついてやった。

 「せんせー、俺、背のびたよね。もう全然先生よりも大きい。」

 そう言って、私の横に並んで、肩をぶつけてくる。

 確かに、もう肩の位置も私よりも高い。

 「そうかもしれないね。あっという間に抜かされちゃったなあ。」

 初めて会ったときのことを思い出すと、嬉しいような、寂しいような。

 同じくらいの目線だったはずなのに。

 同じ時間を生きているとは思えないくらい、成長期の少年少女はたくましい。


 「うん。もっと背伸びてほしい。先生のつむじ見えるくらい。」

 「無理だよ。わたしもまだ背伸びてるから。」

 窓の外をみながら、わたしたちは笑う。


 「先生、にらめっこしよう。」

 「いやです。」

 「じゃあデートしてください。」

 「もっといやです。」


 わたしは、じゃ、と手を上げて再びくるりと背中を向けた。

 歩きだそうとしたとき、肩をとんとんと叩かれる。


 無視すればいいんだよ、歩きだしてしまえばいいんだよ、と自分に話しかけてみる。からかれるのは、大嫌いだ。なのに。


 振り返ると、アイツが私を真っ直ぐ見ていた。

 真っ直ぐで、真っ黒な瞳。やはり、私が少し見上げるくらいに、大きくなってしまった。最近少し頬がこけた気がする。長いまつげは、変わらないね。

 お互いににらみ合っていると、ふと、私の前髪にアイツが触れた。

 どくん、と心臓が脈打つのを感じた。

 

 「ごみついてますよ。」


 前髪を直すふりをして、目を伏せる。


 「ありがとう。」


 本当は、触らないで、と言いたかった。

 そして、お願いだから大人にならないで、と。

 ずっと、小さい子供でいてくれよ。大人にならないで、男にならないで。

 そうでないと、とまどう。


 「先生、俺ね。」

 手でとったゴミを払いながら、目を伏せる。

 「まあいいや。部活いってくる。」

 「ほい。行ってらっしゃい。」


 かけていく姿を見送る。今度こそ私も背を向けて、階段を下りる。


 あなたのその好意は恋愛ではないし、私のこの気持ちも恋愛ではない。

 私の仕事はあなたを見守り、そして間違いそうなときは正しい場所に返すこと。

 何度だってね。


 心臓が脈打ったのは、きっとなにかの間違いだ。


 



 



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