第1話伝書バトの言うことには
伝書バトがきた。真っ白で目が赤い。
公園のベンチでしなびたレタスがはさまれている、ぞうきんみたいなサンドイッチを食べているところだった。私の足下から伝書バトが私を見つめている。
なぜその鳩が伝書バトだと分かったかと言うと、その鳩が私にこう訴えたからだ。
「わたしは伝書バトです。遠く海の向こうからきました。王子様に相応しい、お姫様を探しに来たのです。」
ぞうきんみたいなサンドイッチを一人で頬張るこの私に。鳩が。
「お姫様候補は見つかったの?」
のどにつまり賭けたサンドイッチをミネラルウォータで飲み干しながら問いかける。食べ物を口いっぱいに頬張ってはいけない、物を食べながら話してはいけない、そもそも平日昼間にジャージで公園にきて、一人で昼飯を食べたりしてはいけない。そういう「女の子」のルールを破って、ドロップアウトした私にお姫様の知り合いなどいるわけがない。
「ええ、まあ。」
「そうなんだ。じゃあ、はやく王子様の所に案内してあげてよ。」
鳩がため息をつく。
「でも、僕、道に迷ってしまったんだよ。もうね、全然分からないんです。焦ってる僕を見て、お姫様も家に帰ってしまったの。」
ふうん。空のペットボトルの中にサンドイッチの包装をつめこむ。
「お嬢さんはなにしてるの?」
「私もお姫様を待っているの。」
伝書バトは私をなめ回すように見て、不思議そうに首を前後に揺らす。その格好で?とでも言いたそうだ。
「一緒に住んでいたのよ。でも、けんかしちゃった。」
「どうして?」
「私が、お姫様を好きになってしまったからね。」
私とお姫様が出会ったのは2年前だった。そのときはお互いまだ大学生だった。同じバイト先で、同い年の私達はすぐに仲良くなって、卒業と同時にルームシェアを始めた。
「出会ったときから、私とは何もかも正反対で。長くてふわふわのくせっ毛で。私には持ってないものをたくさん持っていたから。」
伝書バトがわたしのサンドイッチのカスをつついている。
「男だけを好きになれればよかったのにね。こんな年になっても、そんな当たり前のこともできないなんて、情けないよ。」
誰にも言えないことだから。でも鳩にくらい愚痴ったっていいだろう。
好きになってしまった人が、王子様じゃなかっただけだ。
思いを伝えて、喜んでくれるなんて思ってなかったけど。気持ち悪がられるかもしれないとは思っていたけれど。まさか怒らせてしまうとは思わなかった。
「お嬢さんのお姫様は、ふわふわのくせっ毛で、今日は赤の花柄のワンピース?」
「そうだけど。」
伝書バトはさっきよりも大きなため息をついて私をにらみつける。
「僕の王子様はすばらしい。僕が旅の途中で迷えばどこへでも僕を探しに来てくれる。王子様は民を愛している。お姫様にだって、何不自由なく暮らさせるだろうし、サプライズだって忘れないし、愛の言葉だっておしみなくささやく。お姫様のお父様とお母様だって死ぬまで面倒見るに決まってる。」
鳩の羽毛がぶるぶると震える。
「なのに。人間は欲張りだね。さっきのお姫様。王子様の元へいったら、お姫様がこれまで生きてきて、恋してしまった人には会えなくなります。王子様は心配性だから。そういったらお姫様ったら立ち止まってしまったんだ。
そして確かめたいことがあるとか言って、迷ってる僕をおいて帰ってしまったんだよ。」
おしりがうずうずする。急に地球から酸素がなくなってしまったみたいに苦しい。
「そのお姫様は、ふわふわのくせっ毛で赤いワンピースだったんだよね?」
期待なんか、させないでくれ。
「ええ。間違いありません。僕のように肌がしろかったから。赤がよく似合っていました。」
女の子をドロップアウトした私なんか、こんなところで伝書バトと話している私なんか、お姫様の隣にいる資格なんてないのかもしれないけど。
この伝書バトの出会ったお姫様が、私のお姫様と全然違う人かもしれないけれど。
「伝書バトには王子様がいるんだよね。」
「ええ。そろそろまた王子様に相応しいお姫様を探しに行かなくては。」
「そうなんだ。じゃあ、私もそろそろ帰らないといけないから。」
「ええ。お嬢さん。お気をつけて。」
「すてきなお姫様に出逢えますように。」
伝書バトが飛び立った。私も立ち上がる。
期待なんか、させないでくれ。
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