Episode20 現場

 遊たちがたどり着いた現場にはすでに警察官が数人いた。皆、威厳強くその場に立っていた。見ているこちらまで緊張が伝わってくるほどであった。


「本当に来たな」

「うん」


 遊の呟きに零が反応した。すると、右方から声が聞こえた。


「日暮!」


 古崎だ。すでに現場入りしていて担当刑事と話をしていた。

 遊は呼ばれるがままにその方向へと歩んだ。すると、スラリと細身の刑事が一緒にいた。


「君が古崎さんが言っていた方かね」

「え? ああ、そうですね」


 遊は戸惑いながら言った。


「初めまして、今回の事件捜査担当松本祐介だ」

「こちらこそ初めまして。俺は日暮遊だ」


 遊が自己紹介をすると古崎が腕を引っ張り耳打ちをした。


「なんで初対面の人にタメ口なの?」

「俺は敬語が喋れねえんだよ。文句あるか?」

「文句大あり」


 古崎は呆れたように落胆した。遊は不思議そうに眺めていた。


「でも、無礼なことだけは絶対にしないようにね」

「はいはい。それくらいの常識は持ってますよ」

「それなら、なんで敬語が話せないの……」


 古崎はまた大きくため息を吐いて松本を見つめた。


「今回はよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。今回ばかりは特殊だからな」

「特殊?」


 遊は首を傾げた。ついさっき、現場にきたばかりなので状況は全くと言っていいほど把握できていない。


「その話をしてなかったな。なら、中に入って話そうか」


 そう松本に促され現場であろう建物の中へと入って行った。

 その建物のリビングが事件の現場であった。被害者は布で覆い被されていてその布の隙間には赤い血が見えていた。


「ヒッ……」


 零が怯えた。遊は落ち着かせるように頭を撫でた。


「無理すんなよ?」

「うん……」


 ちょっと苦しそうであった。


「では、いいかな」


 松本が言うとズボンのポケットから手帳を取り出し話始めた。


「今回の被害者は木嶋宣武、三五歳。警視庁の幹部の人間だ。死亡推定時刻はつい一時間前。通報は木嶋本人がかけ、我々が現場についた時にはすでに亡くなっていた。と行った状況だ」


 松本の説明はなんとなくわかったのだが一つ不自然なところがあった。


「なんで、木嶋さんだっけ? その人が通報したの?」


 零がその疑問を質問した。


「わからん、犯人からの脅しの可能性がある」


 松本は答えた。


「じゃあさ、この人幹部って言ってたけど細かいところだとどこの役職だったんだ?」


 今度は遊が質問した。


「確か長官の側近だったかな……」

「じゃあ、恨みの線は?」


 遊が鋭く質問していく。


「ある可能性はあるが一概には言えん。だが、恨まれても仕方ない立ち位置だ」

「どう言うことだ?」

「長官の側近という役職は長官本人から選ばれるからな。実力が認められたやつしか入れない位置なんだ」


 遊は考え込んだ。恨みの可能性があってもなんだか現実味が全くない。


「じゃあ、他の場所で調べた場所は?」

「いや、遺体処理しかしていないからまだわからん。というわけで今日はここまでだ。短い時間だったがありがとう」


 松本が遺体のそばへと屈み込んだ。


「じゃあ、最後の質問だ」

「なんだ?」

「他に長官の側近についているやつは? 確証はなくても狙われる可能性はあるぞ」

「……あと二人だ。その中に俺も含まれている……」


 松本はトーンを落として言った。


「なら、本当に気をつけろよ。じゃあ、これで帰る。明日もこればいいんだよな?」

「ああ。ありがとう。これからよろしくな」


 遊たちは現場を後にして帰路についた。


「遊! なんであんな態度をとるの?」

「ああでもしないと吐かないだろ」

「そんなことしなくていいって。向こうにメリットなんてないんだから」


 古崎が遊を叱っていた。


「あるだろ。警察内部の情報がバレてみろ、こっちに弱み握られるだろ?」

「そうだけど……」

「もうちょっと距離を取れよ。協力してるとはいえ完全に分かり切った相手じゃねえんだからよ」

「何なの? 昔、そんなことがあったみたいな言い方」

「わからん。だが、そう考えてもおかしくないだろ?」

「……知らない」


 古崎はそっぽを向いた。零はそんな二人をみて頰を膨らませていた。


「?」


 遊は不思議そうにしていた。

 現場から五分ほど歩いてから古崎と別れて自宅へと向かった。すると、人影が見えた。


「あれ、誰?」

「わからん」


 あまりにもフラフラしているので不思議に感じてしまった。二人はほぼ同時に駆け出してその人の元へと走り出した。回り込んでその顔を覗き込んでみると遊の見知った顔であった。


「七瀬?」

「あ、先輩。どうしたんですか、こんなところで」

「お前に言いたいぞ。何だこのボロボロの体は」


 七瀬の四肢は擦り傷などの跡が大量に残っていた。つい先ほど何かに襲われたように。


「何でもないですよ。合気道の道場で擦りむいたんです」

「そんなことないだろ。それなら何で太腿の間が擦り切れてんだよ……」

「本当に何もないですって」

「嘘つけ。うちで消毒だとかしてやるからさ……」


 七瀬の顔が少し明るくなった。


「えーっと、よろしくお願いします」

「じゃあ、背中に乗ってくれ」


 遊は七瀬を背中へと促した。七瀬は気恥ずかしそうに遊の背中に乗った。背負うと遊は立ち上がり家へと向かった。


「大丈夫ですか?」


 七瀬は不安そうに聞いた。


「全然。七瀬、軽いし」


 遊は七瀬の不安を消すように言った。


「遊」


 遊の右側から重い空気が漂ってきた。遊は恐ろしく感じて冷や汗をかいた。


「はい、何でしょうか」


 遊は丁寧に答えた。


「今だから許すけど、これ以上したら何か対価を返してもらうよ」


 零はものすごい見目で遊を睨みつけた。遊は怯えながらコクリと頷いた。


「……フフッ」


 七瀬が笑った。遊と零はその様子を見て不思議そうに首を傾げた。

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