Episode7 思惑

———四月二二日 午後六時 日本治安維持委員会代表室



「甘木真……。かの男はどんなやつじゃい……」


 初老の男が言った。髪や髭が白くなっていた。


「いや、私に言われましても……」


 部下と思わしき人物が言った。


「そうか……。だが、あの戦争を引き起こしたと言われている人物……」

「どうしたんですか? 甘木真に興味があるのですか?」


 部下は不思議そうに聞いた。


「そりゃあ、気になるわなぁ。名前はあんたも知ってるじゃろう?」

「は、はい。知ってますよ。三年前に第三次世界大戦を引き起こした人物ですから」


 部下は当然のように答えた。


「まあな。それは一般常識だからのう。もう教科書に載っているらしいぞ。必須になっているらしいぞ……。早いのう……」

「は、はあ……」

「だが、表向きになっているのはそれだけのようだ」

「ど、どういうことですか?」


 初老の男は口に笑みを浮かべ答えた。


「奴には不思議なことが多いんじゃ。まず、顔だ」

「顔?」

「そうじゃ。顔を見たという証言がいくつかあるらしい。だが、情報が多すぎるのだ。どれが本物でどれが偽物か……。それさえもわかっていないのじゃ……」

「では、週刊誌などで報道されているものもですか?」

「そういうことじゃな」


 すると、部屋の扉が開いた。


「朝比奈様。ご準備が整いました」


 スーツをきっちりと整えた女性が迎えにきた。


「おお。そうか。すまんのう……。話が短くて……」

「いえ。そんなことはないですよ」


 部下と思わしき人物が首を竦めた。


「では、失礼するぞ」


 そして、初老の男は外へ出て行った。この部屋に静けさが訪れた。

 部下と思わしき人物は黒い外套を羽織った。


「あのじーさん、頭悪いなぁ……」


 落胆したように言っていたが口は笑っていた。そして、クルッと扉の方向を向いた。


「Let’s start……」


 指パッチンをした。だが、先客がいた。


「おやおや……。これはこれは朝比奈沙良代表殿ではありませんか……」


 沙良は叔父であるさっきの初老の男のパソコンのデータを見ていた。


「ダメですよ……。そんなことしちゃ……。それがわかってしまったら僕の犯罪がバレてしまうではありませんか……」

「……」


 沙良は黙って外套の男を見た。男は全く動じず沙良に声をかけ続ける。


「これはですね。僕の実力を認めてくれない治維会が悪いですよ……。おかげで僕もあんな組織に入りましたよ。確か……『Blood Hells』ってとこでしたね」


 沙良の眉が動いた。


「あんな組織もバカですね……。伝説と言われているとある男の討伐をしたものが次のボスになるだなんてバカですよね。そう思いません……?」

「そうですね。なら、私はこれで失礼します」

「待って待って。まだ話は終わってないよ」


 男はナンパするように沙良の手を取った。


「交渉ね。そのこの前のトーナメントのデータと引き換えに君の命を保証する。こんなのはどうかなぁ?」

「はぁ……。やっぱりそういうと思いました」

「ならぁ」

「でも」


 沙良が男の言葉を遮った。


「お断りです。犯罪者とつるむのは嫌です」

「ああ……。そうですか…………」


 男は悲しそうに言った。


「じゃあ」


 すると、たくさんの人影を感じた。しかも、沙良よりも幼い中学生ほどの子供

ばかりだった。


「死んでもらいましょうか……」


 男はニヤリと笑いながら言った。


「あなたは兄様が言っていたやつですか……」


 沙良はようやく気付いたかのように言った。


「君の兄さんが何を言っていたかは知らないけどそうなのかなぁ? 僕、すっかり有名人になったんだね!」


 男の思考回路がおかしい。どう考えても犯罪者の思考回路であった。


「では……。始めましょう……」


 そして、夜が始まった。



 男が連れてきた忌み子たちは男の言うままに動いていた。その目は怨みを晴らすために必死になっているようだった。沙良はそれを見て心苦しかった。なので。


「!」


 一瞬でスーツに着替えて男の後ろへと跳び移った。


「これは兄様に届けるものです。あなたたちには渡しませんよ」


 そう言って扉の外へ向かって走り出した。だが、一瞬で忌み子たちに回られ追い付かれてしまった。


「ッ!」


 そして、忌み子の重い蹴りをくらってしまった。腹からくの字に曲がり部屋の壁に激突した。その反動で体が重く感じた。動かそうと思っても簡単に動かなかった。


「では、渡してもらおうか……」


 男がジリジリとこちらに近付いて言った。それを囲むように忌み子も並んで沙良にせまっていた。


「クッ……!」


 沙良は悔しげな声をあげた。今の状態では何もする事もできない。出来たとしても悪足掻きぐらいだった。


「さーて、頂こうか……」


 男がUSBメモリに手をのばした。


 バンッ!


 急に扉が開いた。その場にいた全員がその方向を見た。とそこには。


「あ、君達そういう関係だったのね……」


 沙良の兄にあたる海斗であった。と微妙な空気を察してかスーッと戻ってしまった。


「兄様! なんで帰るんですか!」

「お、すまん。すぐ行くわ」


 すると、海斗はその場から消えていた。


「逃げやがったか……。フンッ。バカだなぁ……」


 そして、男は改めてUSBメモリへと手をのばした。


「逃げたと思ってんの……? そっちこそバカじゃねえのか?」

「⁉︎」


 男は周囲を見渡し始めた。それと同時に忌み子たちも見回す。


「ココだぜ?」


 だが、声が聞こえて来たのはこの部屋に唯一置かれている机の椅子の方だ。そこに海斗は座っていた。その机は先程沙良がデータを取り出したパソコンがあった。


「そのデータよりこれをこのまま持ってった方がお前たちにとってはいい事だろ? それにそのUSBはコピーだし」

「……」


 男は黙り込んだ。だが、容赦無く海斗は続ける。


「狙いはただそれだけか……? なら、ここまで大掛かりにしなくても良いんじゃねえか? そうだろ?」


 海斗は立ち上がり机の周りを回って男の元へと寄った。


「何が目的だ……。ここにデータを取りにきたってことは俺らの話を聞いていたんだよな?」


 だが、男は何も答えなかった。海斗は段々と男に近づき顔を覗きながら言っ

た。


「じゃあ、ここでケリつけるか……? 一応、ほとんどの奴は残ってるぞ」

「……」


 男はニヤリと笑った。


「良いですよ。始めましょうか……」

「お? なら、しようか……」

「どうなってんの……?」


 沙良は意味が分からなかった。急に海斗に呼びだされるわ、何だか戦闘が行われそうだしと脳内の処理が追いつかなかった。


 海斗がある程度距離をとって拳闘の構えをした。それに合わせて男も構えたが隙がとても多かった。


「行くぜェッッッッ!」


 海斗が地面を思いっきり男の懐に入り込んだ。姿勢を低くしたまま左アッパーを入れた。


「⁉︎」


 軽々と左手で受け止められた。すぐに海斗は距離をとった。そして、悟った。


(こいつただものじゃねえ……)


 海斗の額には冷や汗が流れていた。

 海斗本人は今まで数々の成果を上げてきていた。日本にいくつもの治維会の支部があるが東京本部から一番成果を上げていて実力のある人ですと海斗を差し出せる。今までも苦戦を強いられていたとしても必ず成果を上げていた。だが。


(コレは今までと格が違い過ぎる……。なんだ……? この憎悪の塊は……。それに素の実力でもかなり差が出ているぞ……)


 そして、判断した。コレは倒せない……と。


「沙良! 早くここから脱出しろ。俺が殿をする。早く遊の元へ届けて来い!」

 海斗は伝言を託した。そして、目の前の敵をしっかりと捉えた。

「……。さて、やりますか……」

「そうか……。日暮に届けるのか……。それなら、楽しみだなぁ……」


 男が海斗が思っていたところではなく妙な所に反応した。その目は喜びに満ち溢れていた。だが、喜び以上に殺意も感じた。


「また、出直してやるよ……。明日、また、ここに来る……。それでは」


 そして、煙を発して視界を悪くした。


「逃がすか!!!!」


 海斗は瞬間的にスーツを着てそれから風を起こした。だが。


「クソッ……」


 すでに逃げられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る