Episode4 外套の男

「誰だテメェ……」


 遊は強い口調で言った。だが、その人は口角を上げた。


「アーッハッハハハハ」


 突然、大笑いをした。腹を抱えて笑っていた。遊は何を思っているのかわからずただただ睨み返すしかできなかった。


「誰って? 覚えてないのー? あーあ、残念だなぁ」


 ようやく声色がわかった。これは男の声であった。だが、遊の人生の中の記憶にはこの声はない。


「じゃあ、お預かりですね。あの子は」

「テメェか……!」


 遊は拳に力を入れた。


「では……」


 その男は手を腹に手を当て頭を下げた。


「逃すかァ!」


 遊は足を思いっきり蹴りだしてその男に向かった。ラノベだとよくある瞬間移動などはなく普通に走って逃げていた。


 屋根の上を疾走に走る抜けるその男は余裕そうだった。だが、遊は過呼吸気味できつそうであった。


(何が目的なんだ……。俺を誘っているようにも感じる……。何なんだよ……)


 走り続けること五分、とても開けた土地に辿り着いた。ここは昔、何かの建物が建っていてそれを壊して土地として販売しているような場所であった。とここで男の足が止まった。それに合わすように遊も足を止めた。


 少しの間があった後、男はつま先を軸にしてクルリと遊の方向を向いた。その時、羽織っていた黒い外套がヒラリを舞った。


「何をするつもりだ……」


 遊は声を低くして言った。男はそれに応じるようにニヤリと笑った。


「では、ゲームを始めよう」


 そして、指パッチンをした。


「⁉︎」


 すると、地面から何かが迫り上がってきた。よくわからない素材が見えてきた。それが平らだと思ったが斜めになっていた。遊はそれに足を滑らせてしまった。だが、男はそれに悠々とその上に乗っていた。地面へと落とされてしまった遊はそれが完全に上がりきるまで待った。すると、斜めになっていたものが地面に対して垂直になった。


「ってことは……。倉庫か……?」


 と遊は仮説を立てた。


 遊が知る限りではこの世界には魔法など異次元の力はない。あったとしても忌み子や、治維会のスーツのような身体強化の類のものしかない。遊本人は小説など読むが異次元の能力が出てくるようなものは読んだことがない。だが、こんな仮説が立てられる。


「錬金術……」


 昔から黄金を作り出す技術として発展してきたものだが本当にいるかどうかは怪しく遊本人は信じていなかった。だが、今目の前にいるのがそうだとしたら、なぜ、そんなものが作れるのか。


「こいつ……。どういうやつだ……」


 おそらく治維会の事件録でもこんな事例はないはずだ。治維会が操作をする事件でよく相対する『Blood Hells』でもこんなやつはいなかったはずだ。なら、こいつはどこに所属しているのか。そこだけがわからなかった。だが、ここで手がかりを得ないと被害が広がる可能性があった。


「クソッ……。やるしかないか……」


 遊は覚悟を決め堂々と立った。その時に合わせてその何かの姿が完全に見えた。遊が予想した通りに倉庫だった。


「!」


 すると、目の前に扉が現れた。これも錬金術なのかと疑念を抱きながら前に進む。扉のノブを握って耳を扉に近づけた。だが、何も聞こえてこなかった。


「やっぱり、行かなきゃいけねえのか……」


 すると、遊は手に何かを握った。スーツの機動装置だ。それを押して体に装着した。そして、ドアノブを捻り中へと入った。


「!」


 そこには鉄でできた通路が何重にも重ねられていた。この場から見ると四階分ほどの高さがあった。そして、正面には前に進めと言わんばかりに階段があった。遊はそれを見つめたがすぐには登らなかった。


「ようこそ。ゲームの間へ」


 上から声が聞こえた。その方向に黒の外套を着た男がいた。そして、隣には。


「遊!」

「零……」


 零の声と対極に小さな声で遊は答えた。


「今からゲームを始めよう。では、まず君の左手にあるタブレットを取ってくれ」


 遊は男に促され壁に立てかけてあったタブレットを取った。この手のゲームは遊本人も何度もやったことがある。だが、どのようなルールでどこがゴールなのかが多くあるためどれが来るのか予想ができなかった。


 モニターを見ると道らしき線が引かれていた。


「これは……」

「わかったか? そう、一筆書きだ。じゃあ、そこに登ってスタートだ」


 一筆書きとは文字の通り一筆で書くものだ。直線や曲線で描かれた図形を同じ線を二度以上通らず、紙面から筆を離さないでなぞり終える書き方だ。このゲームはスタートの時点から一筆書きになっていた。


 そんな状況であったが遊はまず、ルートを全て把握するためタブレットを見た。だが、そこに移されていたのは遊が今から行く層だけだ。その次が何一つ書かれていなかった。


「この次はないのか?」


 遊は率直に聞いた。


「あるさ。だが、見せていないだけだ。これにクリアしたのはまだいない。健闘を祈るよ」


 男は遊を見下すような口調で言った。


「クソがッ……」

「遊、逃げて! 早く!」


 上から零が不安そうに叫んでいた。


「逃げるか……! お前だけは連れて帰ってやる!」


 それと同時に上の層の状況を見た。目が色々な方向を見ていたが額には脂汗が流れていた。


「はんッ! 連れて帰れるかなぁぁぁぁぁ????」


 男はムカつくような言い方で遊を煽った。遊はそれに対して歯をギリと言わせた。


 すると、深呼吸をして。


「行くぜ!」

 遊は階段を登りゲームを始めた。遊の足音が床の鉄に当たるたびに音がなっている。カンッカンッと甲高い音がこの倉庫に鳴り響いていた。


 遊はためらいもなく順序よく進めていた。そして、一層のゴールへとたどり着いた。だが。


「ここからどう上に上がるんだ……? 何も上がるところがないぞ……」


 遊が周りを見渡しても梯子や階段のようなものが何もない。登れるとしたらルートの途中で上の層と一番近くなる地点があるだけだ。


「おい! この一層をクリアしたから自由に動いていいよな?」


 遊は上にいる黒い外套を着た男に向かって言った。


「は?」


 そこに帰ってきたのは予想外のものであった。


「んなことあるかよ」


 最初にこのルートを導き出した。だが、それはただの誤算。このタブレットに一つも書かれていないものをどう演算して導き出せるのか。もし、導き出せているのなら楽に上がれていたはず。ってことはあの男はこういう頭脳戦に強いタイプなのか。


 遊は一人自問自答をしていた。そして、出した答えは。


「やるしかねえ!」


 遊は一筆書きのルールを無視し上に上がるという手段に移った。先ほど通ったルートと全く違う通路を走り、次の層に一番近い地点めがけて走り出した。だが、それと同時に床の鉄が崩れて落ちていく。そのため体の重心が定まらない。


「クソッ!」


 そして、スーツに搭載された能力を全力で使い思いっきりその床を蹴り飛ばし上へと向かった。


「届け!」


 手を鉄の通路に引っ掛けようとパタパタさせていた。そして、指先が引っ掛かった。その瞬間、スーツの身体能力増強で体を前転させた。地面につくとバンッと重い音が鳴り響いた。


「痛ッ」


 遊は起き上がりつつ腰を摩った。


「アーッハッハハハハ!!!! お腹痛い……!」


 急に高笑いをする黒い外套を着た男を遊は睨みつけた。すると、遊を見つめた。


「それで本当にベスト一二八か? バカだね……。こっちは余裕だぜ?」


 男は手の指先で脳をツンツンとついた。その行動がいちいち頭にくる。


 だが、ベスト一二八という言葉。どこかで聞いている。というよりか本人がわかっていないはずがない。治維会での年二回で行われているトーナメントだ。そして、ベスト一二八というのは前回の遊の成績だ。となると治維会の関係者の可能性が出てきた。


「チッ……」


 考えても無駄だ。それが誰かまではわからないからだ。


「だが、今まで相対した七人はこの時点で脱落していたが、君は上出来だ」


 すでに七人も……。そんな話を聞いたことはないぞ……。


 と自問自答して遊はタブレットを見つめた。すると、さっきは一層のものだったものが二層のものに切り替わっていた。自分の位置を確かめてルートを探した。さっきのように次の層に一番近いところがゴールであることも忘れずにルートを探していた。


 ここに載っていたものは格段にレベルが上がっていた。その証拠に額に大きな脂汗が流れていた。


「これだ……!」


 ようやくルートを導き出した。そして、ゴール目掛け走り出した。今回も順調に行った。そして、さっきと違うのはゴールに設定した場所だ。今度は難なく上の層へと辿り着くことができた。


 そして、第三層も苦戦を強いられていたがなんとかクリアし最後の層へと辿り着いた。


 最後の層はただ鉄の板が大きく貼られていた。なんと殺風景な場所だった。そこに遊と黒い外套を着た男、そして、零が紐で両手両足縛られていた。


 そこには沈黙が流れていた。


「遊……」


 零がそう呟いたがそれでも長い沈黙が流れていた。そして、数分後声が発せられた。


「さて……。返してもらおうか」


 遊は険しい表情で言った。


「そう固くなるなよ……。大事なパートナーがなくなるぞ〜?」

「チッ」


 男はやはり煽った。遊もそろそろ痺れを切らしそうだった。


 男は急に丁寧な口調で言った。


「ここまで来たのは褒めます。でも、ここで帰ってもらうのはお前だ。あの屈辱を味わせた罪をここで実行してやる」


 男はまっすぐ指を遊へと向けた。


「屈辱……? なんのことだかわからんな。俺の知り合いにテメエみたいな声をしているやつはいねえしよ」


 遊は首をかしげた。遊は考えていたが全くこのような声をしている人は知らないのだ。向こうが一方的に知っているようだった。


「自覚がないとか……。じゃあ、それもひっくるめた罪をここで成敗してやる!」


 そして、指パッチンをした。


 すると、後ろから遊より年下の少年少女が出てきた。しかも、目は赤く光っていた。


「忌み子……。なんでここに……」


「ずいぶん冷静だな……。前にここにきたやつはここから逃げて行ったぞ……。面白いなぁ……」


 黒い外套を着た男はニヤリと笑って指パッチンをした。すると、忌み子たちが零の側へよった。


「?」


 遊は疑問を持った。だが、そこで衝撃的なことが行われていた。零が一方的に殴られていたのだ。


「おい! やめろ……!」


 だが、やめなかった。零はその一撃一撃を受けていたがそれが辛そうであった。


「クソガァ!」


 遊は全速で男へと走った。だが、男は大きく笑った。何かと思ったら。忌み子が正面から遊に向かって来ていた。遊はやむなく止まった。それでも、忌み子は止まらなかった。


「人間は……。私たちを…………。闇に…………」


 忌み子がそんなことを言った。そして、遊は直感した。


 彼らそれぞれがいいように生きていない。たとえ治維会が保護を行っていても保護を行う前に人間から虐待を受けていたかもしれない。それにそんなことをされていた忌み子はざっと数えて十万はいるだろう。治維会で人間のパートナーとしている忌み子の中にもそのような経験をしている子もたくさんいるのだ。それでも、今を楽しく精一杯に生きようとしている子がいる。


 でも、ここにいる子たちは違った。その時のことを今、己の原動力として生きているのだ。人間を目の仇にして。


「!」


 ここで気付いた。だが、もう遅かった。


「人間は……。私たちの…………。敵……。だから、殺す…………」


 零がその時のことを思い出してしまったのだ。


「もう、俺には無理だ……!」


 遊は絶望を覚え、その場から退散することにした。今、この状態では全く歯が立たない。そう直感した遊は最後の層から降りるため全速力で走り出した。


 ついさっきクリアした第三層の通路を使って外へと出る手段を探し始めた。だが、忌み子の驚異の身体能力により全力で走らないと追いつかれてしまう。


 逃げながら出口を探した。だが、これといったものがない。全てが壁で覆われていて出口なんてないんじゃないかと思えてくる。


「!」


 気づいた時にはすぐ横に忌み子がいた。そして、蹴りの姿勢を取っていた。遊は全力の蹴りをかわした。その影響で前転を何回か行って体勢を整えようとした。だが、正面が行き止まりになっていた。クルリと反転して壁に背を向けジリジリと迫ってくる忌み子をどうしようか考えた。


 キョロキョロと周りを見渡すと右の下の方に始めに入ったドアが見えた。ためらいはなかった。すぐに鉄の通路を囲んであった柵を思っ切り蹴って飛んだ。この事実は何か嫌な予感を感じるからだ。ドアよりの少し高いところで壁にあたり滑り落ちた後、ドアから外へと出た。そして、追いかけてくる可能性があったのでダッシュで家へと帰った。


「ただいまー」


 遊は息を切らしていたが言った。いつも帰って来てしていることだからだ。だが、いつもの声が帰ってこない。


「ま、そうだよな。あんな過去があるんだからな」


 遊はポツリと呟いた。


「その過去を知る人物として何か言わなきゃダメなんだろうな……。でも……」


 遊はそこに崩れ落ちた。


「もうあんな忌み子は見たくねえ……」


 恐ろしいというわけじゃないのだ。ただただ可哀想なのだ。人間を恨んで生きていくそんな姿勢が。


 起き上がり台所へ行き夕飯の用意をした。そして、夕飯を食べ携帯を手に取った。


「一応、今日のことは古崎には報告しないとな」


 そして、古崎のダイヤルへと発信した。


 遊が古崎と呼ぶ人物は古崎凛といい、遊が所属している治維会昭島部署の署長だ。タメ語で話しているのは学校の同級生でもあるからだ。


 古崎のダイヤルに発信したが全く反応がなかった。


「寝てるのか……? 今から本部行っても意味ないしな。明日にしよう」

 そう言って風呂に入って布団に入って今日は寝た。



 とある建物の屋上に彼はいた。


「さーて……」


 黒い外套を羽織った男が望遠鏡で東京の中心街を眺めながら言った。


「どいつもこいつもバカだなぁ……。簡単にパートナーなら来るのかよ。ハッ……! バカバカしい」


 吐き捨てるように言った。


「あいつらがいないと何もできん奴らが上に上るなんて許せねえよな……。やはり、ここは文武両道と行かねばな」


 彼は意味深なことを言った。


「だが、ようやく粛清する時がきた。全てはボスになるために……」


 そして、姿を消してしまった。

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