第9話 絡まる
ピロロロロ、ピロロロロ、ピロロッ
「……もしもし?」
「こんばんは、椛 移様の携帯でお間違いないでしょうか?」
「はい、そうですけど」
「少しご相談したいことがございまして、今お時間宜しいでしょうか?」
電話から響く不自然な声に、椛は眉をひそめた。
「……どちら様ですか?」
機械のような声はへらっと笑うと質問に質問で応えた。
「ところで、妹さんお元気?」
「ッ……。誰だあんた」
「あ、答えなくて大丈夫ですよ。知ってますから。
「おい、錦に何かしたのか⁈」
椛のもとには先程、生駒から確かに電車に乗るのを見届けたと電話があったばかりだった。本人からのメールだって届いている。
「何もしてませんよ。するつもりもない。ちょっとお預かりしているだけです」
椛は拳を握りしめた。本当かどうかは分からない。ただ、彼の妹が今実家にもここにも居ないのは確かだった。
「誓いますよ。妹さんは必ず、安全に貴方の元へお返しします。私の目的は妹さんでは無いのです」
「…………何をすれば良い」
電話の機械音が、ケタケタと不気味に揺れた。
「話が早くて助かりますぅ。ただ、言う通りに動いて頂ければいいんですからね」
売店でコーヒーを買った俺たちは、窓際の席に座った。俺ですら足のつかない高めの椅子に浅く腰掛ける。
「生駒さん、椛の妹は無事なの?」
遠回しな言い方をしている暇はないのは分かっていた。俺はコーヒーに口をつける前に口を開いた。
「っ……。うん。うちの家で匿っとる」
「そっか。それは椛を思う通りに動かすためだよね」
生駒さんは泣きそうな顔をしていた。ただ、彼女から溢れたのは涙ではなく、猫失踪事件の真相の片鱗だった。仮面を被った男に協力を持ちかけられたこと、椛の妹を利用したこと、椛にはその男が連絡を取っていること。俺は一つも聞き逃さないよう意識を集中させる。
「ほんまは、猫が墓参りに来たタイミングで時計と人形を持ち寄って、その場で決着をつける予定やってん。でも突然、アイツが公平にするために第三者に時計と人形を持って行って貰おうって」
「その第三者が、椛だったわけやね。」
生駒さんは唇を噛み締めながら、僅かに頷いた。
「墓参りっていうのは?」
「うちのひいおばあちゃんのやと思う。うちに残って日記に、白い猫が出てきてて。多分、あの猫はもともとひいおばあちゃんの飼い猫やったんやと思う」
「飼い猫……。時計ってさ、もしかしてあの家の大家さんの店にあった鳩時計のこと?」
「うん。あの時計は猫と、うちのひいばあちゃんの特別な思い出らしいねん。亡くなる前、すごい大事にしてたみたい。でも中の人形が長いことバラバラになっとった。うちのハンカチも、人形もひいばあちゃんの着物から作ったもんなんよ」
「ああ、だからあんなに泣いたのか……」
俺は講義室でハンカチを握りしめて泣く猫の姿を思い出した。
「……やっぱり泣いとったんやね。もしかしたら、あの子はひいばあちゃんたちが帰ってくるんを待ってんのかもしれへん。あの時計を元に戻せば、あの子はうちのことを見てくれるかもしれへんと思って……」
猫と深い関係のある家系、時計を容易に持ち出せる立場。生駒さんに取引を持ちかけてきた男にとって、これほど利用したいものもないだろう。
「生駒さんがそんな怪しいやつに協力したのは、その人形のため?」
「そう。最初は断るつもりやったけど、行方知れずやった紳士の人形が手に入ると思って舞い上がってしもた。うちには猫の飼い主の血を引いてるっていう自信もあった」
「……」
「時計とうちの持ってる猫の人形をリュックに入れて、駅のコインロッカーに入れた。その前に、紳士の人形を移が持ってる画像が送られてきたから、条件は一緒やと思って安心した。移の動く理由は、うちの手元にあったから……」
「妹さんの居場所をバラせば、いつでも椛を止められる。でも、気がついたときには時計も人形も、猫も、その男に奪われてた。その話でいくと、椛のリュックに入ってるのは時計であって猫なはずないもんね」
生駒さんは悔しそうに俯いた。
「アイツ、猫の墓参りは今日やって言っとったのに」
「でも、猫が出かけたのは昨日の朝だった」
俺は生駒さんの言葉と、ここ数日間の記憶をすり合わせる。その男は誰だ? 時計の人形を持ち、猫の存在どころか行動まで把握できる人物……。
「うちの家の元下宿生か? いや、でも生駒さんのことはともかく椛の妹にまで関係するってなると……」
ぶつぶつと、頭の中の断片を言葉でぶつけるが、イマイチうまく繋がらない。まずい、生駒さんの話と椛の行動から考えて、猫はもうすでに男の手に渡ってしまっている可能性が高い。急いで見つけないと手遅れになる。
「懐石くん、これ」
考え込んでいると、生駒さんが突然自分の携帯を差し出してきた。
「え?」
「アイツ、最初に会ったとき以外は全部電話でやり取りしててん。声は機械で変わってるけど、一応録音してあるから」
「っ! さすがっ」
会ったこともない人間の声なんて聞いたところでどうにもならないが、もしかしたら何か手がかりがあるかもしれない。俺は急いで携帯を耳にあてた。
「…………………」
「……どう?」
「……あれ……。生駒さん、あのさ。錦ちゃんの家でした理由って、分かる?」
「え? ああ、何となくしか聞けてないよ。何か恋愛絡みで家族と揉めたみたい。自分のせいで好きな人が遠くに行かなあかんようになったって、凄い悩んどったみたいやけど」
「……」
「それが、関係あんの?」
俺は冷めきったコーヒーを飲み干すと立ち上がった。生駒さんに携帯を返し、直ぐに自分の携帯を開く。
「生駒さん、猫のとこ行こう」
「え、場所分かったん⁈」
「いや、今から。早く、時間がない」
俺は生駒さんを連れて自転車置き場へ走りながら、苗代に電話をかけていた。
「もしもし、苗代⁈ 今朝の電話なんだけどっ……」
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