そして彼の慟哭は
最悪だ。どうしたらいい。そんな言葉だけが頭の中でぐるぐると空回るも、その解決策だけは一向に思い浮かばない。とりあえず責任を押し付けるように胸元を睨みつけるも、恐らく精霊は分かっていてこの状況へと持ち込んだのだろう、返答は一切返ってこない。
この気まずい状況を何とかしようと打開の言葉を探ってみるも、思いついた先からあれは駄目だ、これも駄目だと飛沫のように消えていく。結局、先に口を開いたのはメリダの方だった。
「……その、久しぶりだね」
「……ああ」
交わされるぎこちない会話。つい一週間前までは何のためらいもなく言葉を交わせていたというのに、それが今では彼女へ振り返るだけでも恐ろしい。この恐れがどこから来るのか見当もつかないが、その訳の分からない恐怖は確かに俺の体を縛り付けていた。
精霊と戦った後には自信が何でも出来るかのような高揚感に包まれていたが、今になってそれは只の気の迷いだったのだと思い知る。過去の出来事を振り切ったような気がして、実のところ締め付けが緩んだだけなのだったと。そして緩められた鎖は、今トラウマとなってギチギチと音を立てながら俺の意識を縛り付けているのだ。
全く情けない。何が勇者か、何が英雄か。結局自分は只の青年で、ただ少しだけ他よりも思い上がりが甚だしかっただけの小僧だ。たまさかの偶然で精霊を下したのも所詮は賭けに勝っただけ、それも到底『勝った』などとは言えない有様。
あの時疲弊しきった俺を倒すことなど、あの時の精霊からしてみれば容易かっただろう。ただ彼女は俺を認めただけだというのに、それを勘違いして自分の力などと一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしい。今になって鎌首をもたげてきた羞恥心が俺の心を苛む。
「どうしてこんなところに居るんだ? 星魔王を倒しに行くんじゃないのか?」
「その……他にもやらなくちゃいけないことが出来て、さ」
「そうか」
「……バグスこそ、どうしてここに? ここは危険だからって、そう言った筈なんだけど……」
彼女がどんな顔をしているのか、振り返ればすぐに分かることだが、その一歩を踏み出す勇気は無い。それでも声色から、彼女自身も俺の事を持て余しているのであろうということは伝わってくる。その事実が、一層彼女と俺の間に存在するもうどうにもならない溝を自覚させるようで。
次第に自身の心が冷え、凍り付いていくのを自覚する。思考はよりクリアに、しかし負の方向へと走る。ようやく動いた口は、凍ったままの言の葉を紡ぎだした。
「なんだって良いだろ。俺がどこに居ようとお前には関係無い筈だ」
「か、関係無くなんて無いよ。私たちは……仲間なんだから」
「元、が付くけどな。もう仲間じゃない。履き違えるなよ」
白状しよう。俺が吐く言葉は、全て偽り無い本心だ。
パーティーから追い出されたことへの怒り。自身に無い力を持つことへの嫉妬。信じていたのに裏切られたという虚しさ。それら全てがない交ぜとなって胸の奥で攪拌され、濁った醜い感情へと変化し、それがこうして言葉となって出てきている。
俺は聖人などではない。こうした自身の内に潜む感情を完全に抑え、否定する事は出来ない。だからこそこうして怒りを躊躇うことなく彼女へとぶつけているのだろう。
……だというのに、何故なのか。こうして当人を前にして積もった物を吐き出せば、少しは楽になると思っていたのに。
どうしてこうも、胸の最奥が痛むのか。
「大体なんだよ。自分たちに協力させといて、都合が悪くなったら現場でポイってか? 全く反吐が出るね。そりゃ愛想も良くなるか、道具にはしっかり働いて貰わなきゃいかないもんな」
「違、私はそんなつもりじゃ……」
「は、じゃあどんなつもりだよ。道具じゃなくて奴隷のつもりだったんです、ってか? 面白い冗談だな」
彼女の言葉が震えているのは、恐らく聞き間違いでは無いだろう。俺程度に言いくるめられている怒りからか、それとも。
「私は、貴方がこれ以上傷つくのが見たくなくて……」
「……は?」
一瞬、思考が停止した。
俺が傷つく? 何を言っているんだこいつは。一体誰のせいでここまで悩んでいると、苛まれていると思ってるんだ。
逆恨みにも似た感情が一瞬で暴発する。わずかに感じていた胸の鈍痛も無視し、気付けば俺は叫んでいた。
「ふざけるな! 誰がこうしたと思ってる、誰がここまで追い込んだと思ってる!」
「……っ」
「自分勝手な都合を押し付けて、自分勝手な思考を巡らせて、それで満足か!? 俺だって必死に学んだ、お前らに置いて行かれないよう頑張った! それがなんだよ、パーティーに相応しくないだって? そんな一言で、俺の人生を否定されて溜まるかよ!」
清閑な森に響く、一人の男の慟哭。だが、俺の冷え切った頭はバカバカしいと、この言葉全てを否定する。
努力したから何だ? 学んだから何だ? いくら自身の力量を鍛えようとも、どうしたって追いつかない領域というのは存在する。俺は偶々能力が強く、そこそこ色々な事が出来るから勇者の一員として加えられただけだ。
俺以外に集められた人員は天才だった。だが、経験が足りていなかった。俺はその分を年齢という部分でカバーし、どうにかこうにか天才と肩を並べている様に、ひいては天才であるように見せていただけだったのだ。
秀才は、天才には敵わない。手垢のついた言葉だが、旅の最中、初めはろくに発動もしなかったメリダの魔法が、気付けば一撃で魔獣を葬るようになっていた時、俺はそのフレーズを漸く実感することが出来た。
この言葉は、ただの僻みだ。妬みだ。嫉みだ。負の感情から漏れ出した、一方的な苛立ちだ。だが頭ではそう分かっていても、感情がそれを留めることを許さない。
「ふざけるな! ふざけるな! 初めから裏切られるんだったら、こんな旅に参加するんじゃ無かった! 何が勇者だ、何が星魔王だ! 俺だって、俺だってな――!」
その先を発言することは、自身の理性が許さなかった。口がガチリと音を立てて閉じられ、熱されていた感情がゆっくりと冷えていく。
言った。ついに言った。言ってしまった。抱え込んでいた醜い感情を、最も知られたくない相手に曝け出してしまった。
「……茶番はもう終わりだ。俺は戻る」
『感動の再開はもう終わりか? 何だ、存外につまらん結末だな。安い三流小説でも見せつけられている気分だったわ』
淡々とした精霊の声が響く。普段ならば一つや二つ言い返している所だったが、今の気分では到底それも出来そうにない。踵を返しながら、決して目を合わせないよう深く俯き集落へと引き返す。
背後からの視線をいつまでも感じながら。
『全く、いい主なんだがユーモアが無いのが玉に瑕だな。まあ、見てて飽きないのは道化としての素質を感じさせるが』
つまらなそうにそう言い放つのは、
メリダは垂れた前髪の間から精霊へと目線を向ける。その瞳には剣呑な光が宿っており、とても穏やかとは言いづらい状況だ。
「……初めから分かってたの? こうなる事」
『何度も言ったであろう? 我は全てを見通す、それが未来の事象でもな』
次の瞬間、辺り一帯に暴風が吹き荒れた。
周囲の木々が多くの葉を散らし、地面には吹き荒れた跡が刻み込まれる。だがそれも一瞬の事で、次には元の清閑な空間へと戻っていた。
『おお、怖い怖い。そんな目線を向けるなよ――うっかり手を出してしまう所だったぞ?』
精霊の喉元へと突き付けられた光り輝く直剣。そしてメリダの周囲に浮かぶ無数の炎弾。お互いがお互いへと、必殺の一撃をぶつけようとしていたのだ。
攻撃を止めているのは慈悲ではない。これ以上動けば、お互いにただでは済まないと感じているからだ。強者故の駆け引きが、今この場において緩衝材となり得ている。
『聖剣、人の意識を束ねる神造兵器か。我は好まんが、貴様らのような低級種族には必要なのだろうな。まあ、至極どうでもいい事だが』
「……貴方が彼の横に居るのは悪影響でしかない」
『ハ、我がここまで案内してやったというのに結構な言い草だな? 気に入らん。気に入らんが……主殿の物語の為には貴様が必要になりそうだ。よって許そう、先の無礼も含めてな』
一瞬にして消える炎の群れ。自身が向けられている剣先にも頓着せずに、精霊はそのままどこかへと飛び去ってしまう。
光を無くした目で、彼女は精霊の去った先を睨みつけていた。
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