森に残った痕跡は




「とは言ったものの、一体どの辺りを調査すれば良いのやら……。こんな所にアイツが潜んでるなんて到底思えないんだが」


『確かにな。失踪にせよ誘拐にせよ、ここまで分かりやすい場所にはそう居るまい。いるとすれば更なる奥か……まあ、ロクでもない所なのは確かだろう』



木々が鬱蒼と生い茂る森の中だが、別に隅から隅までみっしりと木が生えている訳ではない。たまり場にするには格好な位の空間ならば、探せばいくらでもあるだろう。そうした場所をあちこち回れば、そのうちメリダスの痕跡が見つかるのではないか。そう考えた俺は、ロッテに指定された辺りを重点的に捜索していた。


 とはいえ、森は尋常ではないほど広い。似たような景色が続き、非常に迷子になりやすい環境でもある。森に慣れている獣人ならば分からないが、街生まれ街育ちである俺には方角を把握しておくことが精々。ましてやそんな俺がそう簡単に痕跡を集められる訳もなく、こうして作業は難航しているという訳だ。



『しかし、主殿もよくこの程度であ奴を探そうなどと考えたな。勇者ならばともかく、探偵にはあまり向いてないと見える』


「うっ、否定できない……。ただな、俺はそもそもこういったことに向いてる能力が無いんだよ。それはお前だって一緒じゃないか?」


『戯け、我をそこらの凡夫と同じにするなよ? 奴が居るであろう場所など、とうの昔に推測がついておるわ』


「は? じゃあ早く教えてくれよ! こんな苦労する必要なかったじゃん!」


『戯け。この程度の些事に我を付き合わせるだけでは飽き足らず、力まで所望するか? 主がその程度の俗物だとは思っていなかったぞ』


「……まあ、そんな事だろうとは思ってたけど。てか付いてきたのはそっちだろ」


『ははは、精霊ジョークだ。存分に笑うといい』



 自身の分体を作り出せる精霊ならば、メリダスを早く見つけ出すことが出来る。ダメもとで頼んでみたが、やはり彼女の性格的に協力は望めないようだ。


 どうにも彼女には、精霊以外の存在を見下しすぎるきらいがある。俺があまり獣人と関わらせないようにしているのは、獣人が彼女を信仰対象としてみているというのもあるが、彼女がそれを受けてどんな対応を取ってしまうか分からないからだ。


 元々の彼女ならば話しかけられても完全に無視していただろう。だが、今では俺と言う存在がいる。長への対応を見る限り、『俺の為』という名目で何かをやらかす可能性がゼロではないのだ。下手に混乱を呼べばそれは軋轢を生み、最終的には崩壊に繫がる。


 勿論、精霊の力を使えばあの集落を統べることも容易いだろう。だが俺はそのような事を望まない。力ですべて捻じ伏せる、それは統治では無く、ただの圧政と言うのだ。外敵を追い払うのであればいざ知らず、俺に統治者としての資質は無い。それは勇者だったり、王だったりとカリスマを持つものだけが行える物だろう。


 だが、そういう意味ならば精霊にもその資質はある。そこにいるだけでひれ伏したくなるような、根本の部分から感じる支配者の資質。選ばれし者だけが持つ、圧倒的なカリスマ性だ。それが無ければ獣人達も精霊を崇めようなどと考えなかっただろう。


 ただ力を持つだけでは人は付いてこない。その当人に魅力を感じて、初めて人は付いてくるのだ。



『どうした主殿、そんなに熱い視線を向けて。もしや見惚れていたか? ふ、ようやくこの我の魅力に気付いたというのだな』



 周りに人がいないからか、いつの間にか実体化していた精霊が尊大に声を掛けてくる。確かに形としてはグラマラスボディの女性だが、残念ながら輪郭だけだ。中身が炎であれば見惚れるもへったくれもない。



「いや、ずっと燃えられてるとかなり眩しいと思っただけだ。他意は無い」


『なっ!? 我に魅力が無いと申すかこの無礼者め! そも、この我の姿を現世で拝めることこそが非常に「れあ」であるというのに!』


「炎の塊にどう感情を持てっていうんだよ……。まあアンタの存在が珍しいってのは同意するけどさ」


『ならばあれか! 我は所詮珍獣枠か! よくあるマスコットだとでも言いたいのか!』


「誰もそこまで言ってねぇよ」



片手で「えぃっ♪」としただけで街一つは滅ぼせそうな奴がマスコットになって溜まるか。仮になったとすれば、それはほのぼの日常系ではなく世紀末の荒廃した世界が舞台となるだろう。悪人を虐殺スローターする魔王少年の完成である。世界の命運を賭け、星魔王と戦ったりするのだろうか。



『常々思っていたのだがな、主殿は我への扱いが雑すぎる。これでも精霊というのは世界でも最強に近い存在なのだぞ? それなのに主殿ときたら我のことを無理やり押さえつけたり、嫌がることを命令したり……その辺りしっかりと分かっているのか?』


「そりゃお前が自分勝手に行動したりするからだな……。こっちだってお前が常識的な感性を持っていればそんな制限なんか掛けねぇよ」


『何を言っている、我が常識の一つや二つ持ち合わせていない訳が無いだろう? ただ従うつもりが無いだけだ』


「なお悪いわ」



 俺がルールだとでも言いだしそうな勢いだ。自身が常識に即していないと自覚している分なお質が悪い。



『とにかく、我は待遇の改善を要求する。さもなくば、主の為に働くことは無くなるからな』


「いや今も働いてないじゃん……わーったよ、ある程度は考えといてやる」



 これ以上彼女と議論するのは精神的にも疲れる。そう判断した俺は、会話を切り上げるように適当な返事を返しておいた。だが、その返答の何が気に入ったのか精霊はふふんと一つ鼻を鳴らす。



『なかなか殊勝な態度ではないか。うむ、我が主たるもの、深淵よりも深い心を持たなくてはな。これからも励むといい』


「これ本当に主従関係出来てんのか? なんか立ち位置逆転してるような気もするけど」


『ふふ、まあ細かいことは気にするな。ほれ、褒美に一つ良いことを教えてやる』



 すらりと長く伸びた指がしたのは、何でもないような森の奥。目を凝らして見ても変哲のない木々が視界に映るだけだが、精霊の目には何か違うものが見えているらしい。



『この先を真っすぐ進んだあたりに少し開けた場所がある。とは言っても、何者かが勝手に作った人工の空き地だ。そこに行けば、探し人の痕跡が残っているやも知れんぞ?』


「は? オイ、そりゃどういう……」


『まあ騙されたと思って行ってみろ。きっと主殿の役に立とう』



 精霊は人を食ったような事を言うが、間違ったことは言わない。ひとまず彼女の言葉を信じて、そのまま歩を進める。



「これは……」



 切り株が点々と存在する、少しだけ開けた土地。人が通った証として足元の草は固く踏みしめられており、風化しそうなほど薄い足跡があちこちに残されている。


 なるほど、確かにこれは重要な手がかりだ。だがそうそう気付ける様な物でもない。少なくともここまで薄い足跡、近くに寄って注視しなければ分からない。ということは……。



「……この事知ってやがったな?」


『言っただろう? 我が知らぬことは無い。この世界で起こっていることはすべて我が炎から見通している。我の目から逃れようなど不可能というものだ』


「お前、趣味が覗き見ってのは流石に無いだろ」


『フン、そんな趣味がある訳なかろう。ただ長年も洞窟に籠っているとやることが無くなってくる。さすがの我も退屈には勝てんからな、要するにただの暇つぶしだ』


「それを趣味が悪いって言うんだよ……」



 そう呟きつつ、地面に刻まれた足跡を確認する。溜まり場にしているという情報の通り複数人分の足跡が確認できるが、大方の足跡が集落の方面へ繋がっている中、一つだけ更に森の奥へと向かっている物がある。


 そして、それに続くように存在しているのが巨大な獣の足跡。サイズや深さからして、先日の『狂獣』サイズはあるだろうか。恐らくこの獣に襲われているならば、メリダスの生存は絶望的だろう。


 とはいえ、ここで何が起こったのか既に精霊は把握しているのだろう。呑気に落ちている葉を燃やしている彼女を何となく見やる。



『む、なんだ主殿? そんなに我を見つめても何も出ないぞ?』


「……はぁ、お前はいいよな悩みが無さそうで」


『ははは、よく分かっているではないか』



 嫌味を言ったつもりだが、楽し気な笑いで躱された。恐らく先ほど情報を与えてくれたのは気まぐれで、これ以上詳細に事を話すつもりは無いのだろう。俺はため息を一つ付くと、足跡の先をじっと見つめた。


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