彼は男を捜索に




残った朝食を全て腹に収め、食器を綺麗に片付ける。何処から去来する寂寞感を気にしないよう努め、俺は一人家を出た。



「……それにしてもやけに暑いな」



憎らしいほどに燦々と降り注ぐ陽の光。軽く見上げた空には雲一つなく、集落は森の中だというのに強い日差しが照りつけている。チラリと見るだけでも目を細めずにはいられない。


昨日までは大した気候でも無かったというのに、こうまで変化するというのはやはり精霊大陸の特徴なのか。渡って来てからさほど日数は経っていない為、詳しい所は分からないが。


普段から炎に慣れ親しんでいる俺ならともかく、勇者達ならこの気候は鬱陶しく感じる事だろう……いや、勇者であるあいつは例外か。思えば苦しい状況下である筈の砂漠を訪れた時さえ、彼女が汗ばんだ所すら見たことがない。バテる俺達の事を気遣う、あの涼しい表情がやけに印象に残っている。


 ……しかし、今頃あいつらはどうしているだろうか。あの勇者がいて負けるシーンは浮かんでこないが、それでも万が一というものはある。未だ星魔王の正体は分からないし、潜んでいるとされるこの精霊大陸も全貌は不明だ。出現する魔物も見慣れないものが多い。中には勇者たちを苦しめるような個体がいてもおかしくはないだろう。


 再度空を見上げる。それにしても本当に暑い。いかな暑さに強い俺だとしても、この気候は少々応えるな。森の中ならば少しは涼しくなるだろうかと考え、歩を進める。



「あ、昨日のおにーさんだ!」


「ん?」



 背後から聞こえて来た幼い声。振り向くと、そこにはこちらを指さしてくる幼女と昨日のベリオが立っていた。妹と思しき幼女とは手を繋いでおり、体のあちこちには包帯が巻かれている。



「ああ、ベリオに昨日の妹さんか。こんにちは」


「むー、私にはハルカという立派な名前があるの! いもうとさん、なんてへんなので呼ばないで!」



 目線を合わせ挨拶すると、途端に膨れっ面になり怒って見せる少女。どうにも本名で呼ばれなかったのがお気に召さなかったようだ。子供っぽいというか、ほほえましいというか。



「おい失礼だろハルカ……」


「いや、構わないよ。これからよろしく、ハルカちゃん」



 笑顔で手を差し伸べると、仕方ないなぁとでも言うような顔でその手を握るハルカ。何も考えていない幼子の言動は、いつ見ても癒されるものだ。


と、そんな事を考えていると不意に背筋に寒気が。恐る恐る振り向くと、笑顔なのにどこか威圧的な雰囲気を漂わせているベリオの姿が。


怪我をして満身創痍だというのに、放つ気配は尋常ではない。幾多の争いをくぐり抜けて来た筈の俺が、思わず一歩下がってしまう程のそれだ。



「……妹に手を出したら、分かってるな?」



重度のシスターコンプレックス。そんな言葉を思い浮かべつつ、俺は握手した手をゆっくりと解き、諸手をゆっくりと上げた。ハルカは不思議そうな顔をしているが、恐らくその内理由がわかる日が来る事だろう。



「落ち着けって。いくらなんでもこんな小さい子に粉かける訳ないだろう?」


「何!? うちの妹には魅力が無いとでも言いたいのか!」


「んなこと言ってねぇよ案外面倒だなお前!」



イエスと答えてもノーと答えても積みじゃないか。仲良きことは良き事かな、とは言うものの、仲が良すぎるのも考えものである。


ベリオはハッとした顔になると、一つかぶりを振る。



「っと、すまん。妹のことになるとつい暴走してしまって……でもこれだけは信じて欲しい。俺は決して、邪な目でハルカを見ているわけじゃ無いんだ!」


「おにーちゃんうるさい! わたしは今おにーさんと話してるの!」


「ああ、ごめんハルカ! 邪魔するつもりは無かったんだ……」



兄が尻に敷かれている光景を見るのは中々愉快だが、こちらにもやらなくてはいけないことがある為そうも言ってられない。あまり余裕もない為、そろそろ行かなければ。



「あー、もういいか? 俺もそろそろ行かなきゃいけないところが……」


「ん? 何か用事でもあるのか? 出来ることなら俺も手伝うが」



その言葉は実に頼もしいのだが、妹に頭を下げながら言う台詞ではない。


だが……もしかしたら情報の一つくらいは持っているかもしれない。話を漏らしてはいけないと言われた訳でもなし、少しくらいは聞いておくか。



「今人探しをしててな。メリダスのことを探してるんだが、どっかで見てないか?」


「メリダスだって? まさか、あいつまた何かやったのか?」



そう言って苦い表情をするベリオ。また、と言う言葉から察するに、普段からあまり素行もよろしくない様だ。


彼のことは一度しか見たことは無いが、確かにあの態度はある種傲慢とも言えるかもしれない。普段からああやって他人に接しているのだとすれば、他の村民の反感を買ってもおかしくはないだろう。



「いや、何をやったとかではないが、ロッテとか言うやつに頼まれてな。何でも今朝から見つからないらしい」


「今朝から? 餓鬼じゃあるまいし、ほっときゃ良いものを……どうせ今回も森の方に行ってるんだろうよ」


「森?」


「ああ。アイツら昔から森の方でなんかやってるみたいでな。長の言いつけも守らず、随分と好き勝手してるんだとか。ま、今回のもどうせそんなところだろ」



……なるほど、普段から随分とやらかしている人物の様だ。ラトラの件といい、この集落では随分と悪い評判が立っている。


だが、だとしたらロッテのあの反応は一体何だったのだろうか? いつもメリダスと行動を共にしているのなら、ああまで焦る必要は無いだろうに。こうなると、より一層あいつのことが怪しく見えてくる。



「……情報助かった。取り敢えず俺は森の方に向かってみるよ」


「おい、まだ狂獣は生きてるんだ。危険だぞ?」


「安心しろ、俺の逃げ足の速さは知ってるだろ?」



ひらひらと後ろ手に手を振り、ベリオ達に別れを告げる。


村の入り口あたりまでたどり着いた時、唐突に胸元から声が聞こえた。



『ふむ、随分ときな臭い事に首を突っ込んだものだな、主殿』


「……あー、もう突っ込まないぞ」



精霊である。いつの間に潜んでいたのか、こうして人がいなくなるタイミングを見計らっていたようだ。気を遣えるだけ進歩したと言うべきか、それとも勝手に懐へ忍び込むなと注意すべきか。


まあこちらも朝に機嫌を損ねてしまった身。今日ばかりは譲歩する事にしよう。溜息をつき、彼女に話しかける。



「確かに今回の件、怪しさしか感じないのは俺も同感だ。ただの失踪事件にしては、あまりに不審な所が多過ぎる」


『ほう? まあ我が主がこの程度の事にも気付かない暗愚ではなくて安心したぞ。だが、それならば何故あの男を探そうとする?』


「決まってるだろ。虎穴に入らずんば、って奴だ。真相を知るにはある程度危険を冒さなければね」



わずかな沈黙。何かまずいことを言っただろうか、と心の中で首を傾げる。



『……そうだな。主殿の言う通りだ。我もそろそろ、この力を鈍らせない程度に動ける相手が欲しいと思っていた所であるしな』


「いや、お前が変に暴れたら被害がとんでもないからやめてくれよ」



どうやらその心配は杞憂だったようだ。帰ってきた精霊の言葉に何故か安堵しながら、呆れたように返事をする。



『(……随分とな、主殿は)』

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