彼は未だに葛藤し
「そんで、救ってくれってのは一体どう言う事なんだ? もう少し詳しく説明してくれ」
所は変わって家の中。玄関先で土下座されるのも体裁が悪い為、食事中ではあるが一先ず招き、中で話を聞く事にした。
ラトラが気にせず肉を頬張る中、自分の事をロッテと名乗った男は神妙な顔で話し始める。
「あ、ああ……アンターーバグスさんも昨日見たと思うんだが、この集落の長老、その孫であるメリダスと俺は何時もつるんでたんだ。今日も何時ものようにアイツの家を訪ねたんだが、アイツ一向に出てこなくて……行方不明になっちまったんだよ」
「フンッ、家に居なかった程度で行方不明かよ。ガキじゃあるまいし、どうせそこらへんほっつき歩いてるんだろ」
「ラトラ……」
目線で彼女を窘めるも、発言を取り消す事なく不機嫌そうな顔でそっぽを向く。昨日のやり取りといい、どうにもラトラはメリダスに随分と因縁があるようだ。
だが、当の暴言を吐かれたロッテは力なく首を振るだけ。言い返す気力も無いのか、よく見ると心なしかやつれた顔立ちをしている。
「勿論集落は全部回った……だけどどこにも居なかったんだ。祠の辺りからいつもの溜まり場まで、隅々まで探したけど居なかった。アイツが俺たちに黙って消えるなんて、今までなかったのに……」
「へっ、どーだか。フンみたく付き纏うお前等に愛想尽かして出て行っただけじゃねーのか? 今頃森にでも飛び出して、マガツの餌になってたりな」
「ラトラテメェ!」
ガタリと椅子を鳴らしていきり立つロッテだが、頼み事をしている立場である以上、ラトラを睨みつける事位しか出来ない。ギリギリと音が鳴りそうなほど歯を食いしばっており、今にも爆発しそうなほど感情を溜め込んでいるのが分かる。
そんな視線を受けても、彼女の態度は揺るがない。むしろその強情な姿勢を崩すこと無く、目の前の料理に手を付ける。
「……取り敢えず水でも飲んで落ち着け。そんなんじゃマトモに話も出来ないだろ」
兎にも角にも煮え立った思考を一旦落ち着けてもらわなければ相談どころではない。俺の目の前にあったカップをロッテへと勧めると、軽く礼をしてから彼は一息にそれを飲み干す。
ぷは、と口元を拭う彼に対し、俺は一つの疑念を投げかけた。
「まあラトラの言う通りと言う訳ではないが、少々焦り過ぎじゃないか? 子供ならまだしも、そのメリダスという彼だってもう立派な青年だろう……それとも、それほど心配するだけの理由があるなら別の話だが」
軽く首を傾げ彼の顔を覗くと、ピクリと微かに瞼が震える。かつての仲間に師事して培ってきた知識が、動揺している証だと俺に伝えていた。
「……と、特に大した理由じゃねぇよ。ただ、なんか嫌な予感がするだけだ」
青ざめた顔でそう呟くロッテ。全く、隠し事があるのは結構だが、これでは何かあると自ら口にしているようなものだ。
さて、どうしたものか。普通に考えれば、というか考えずともこの提案は見え透いた罠だと理解出来る。無条件で敵対心を向けてくる男。謎の失踪。ロッテのあからさまな態度。そして人一人が居なくなっているというのに、態々来たばかりの余所者に捜索を頼むという点。全ての要素が、俺に激しい警鐘を鳴らしてくる。
だが気になるのは、この怯えきったロッテの態度だ。ここまで動揺を露わにしているというのは、余程演技が下手か本心からの行動か、その二択だ。
俺を罠に嵌めたいのであれば、前者を選ぶ事はあり得ない。ということは必然的に後者、怯えの感情が本心からのものであるという事になるが……。
「……よし、その依頼聞き入れよう。そのメリダスが行きそうで、他に心当たりのある場所は?」
「な、おいバグス!?」
戸惑いの声を上げるラトラを尻目に、俺はロッテへと問いかける。
彼が怯える、ということは何がしかの出来事がメリダスの周囲で起こっているということだ。自身を罠に仕掛けようとするのもその一環なのかも知れない。となると、その大元を絶たない限り俺の生活に安寧は訪れないのだ。
虎穴に入らずんば、という言葉があるように、ここは一度罠にかかってみるしか無いだろう。いざとなれば、自分には精霊の力がある。彼女がいれば、死地を食い破って生還することも難しく無いだろう。
「あ、ああ……まだ探してないのは、森を南東に進んだ辺りにある開けた場所。少し遠出をしなきゃならないが、アンタならすぐに着くはずだ」
「わかった。なら俺はその辺りを重点的に探してみよう。ただし、あんまり期待はしないでくれよ」
「……悪いな」
……悪いな、か。果たしてどういう意味なのやら。俺がその目的地まで早く着ける理由を知っている点といい、色々と問い詰めたい所だが、ここでそれをして逃げられては話にならない。
虎穴を乗り越えた後、彼にはゆっくりと聞かせてもらうとしよう。
「こちらでもアイツを探してみる」と言い残し、ロッテは家を去って行った。だが、それまで黙りこくっていたサウリールがここでようやく口を開く。
「……その、メリダスさんを助けに行くんですよ、ね」
「? ああ、まだメリダスとやらが窮地に陥ってるかは分からないが、多分そういうことになるかもな」
少し詰まり気味に呟かれた彼女の言葉。若干戸惑いつつ返事をすると、サウリールは曖昧な笑みを浮かべてこちらを見てくる。
一体何の笑みなのか。俺にはよく理解が出来なかったが、それがあまり良い意味ではないという事だけは感じ取ることが出来た。
「……あ、私食べ終わったので自分の部屋に戻りますね! 食べ終わった食器はテーブルの端に重ねて置いておいて下さい。昼食の方は後で作っておきますので、個人で食べて下さいね」
「お、おいサウリール……」
あからさまに動揺した様子を見せるサウリール。様子の変化を気に掛け呼び止めようとするも、食卓を立った彼女は止まる事なく自身の部屋へと戻る。
一昨日、昨日と手伝いを申し出ても応じなかった彼女が、後片付けをこちらに回した。小さい事ではあるが、それが彼女の触れられたくない何かを物語っているようにも思える。
唖然とする俺に、ラトラが話しかける。極めて無表情を貫こうとしているようだが、それが却って感情を際立たせている様にも見えた。
「……姉ちゃんはさ」
ポツリと呟くラトラ。その様子に只ならない雰囲気を感じた俺は、口を出す事なく聞き入る。
「今でこそああやって元気に振る舞ってるけど、ちょっと前までまともに他人と話すことも出来なかったんだ。原因は、メリダスの強引なアプローチ」
「それは……」
言葉こそ濁しているが、それがどのようなものであるかは想像に難くない。どうやら彼女の事情は、予想以上に根深いもののようだ。
「自分の立場を良いことに、強く断れない姉ちゃんに無理矢理迫ったんだ。幸いにしてオレがその直前で帰ってきたから何とかなったけど、あのままだったら……」
先程まで元気よく肉を口に運んでいた彼女の手は、今や白くなるほどに強く握られている。何かを堪えるようなラトラの表情。
「オレはさ、アンタに感謝してるんだよ。人間という立場で、他の奴らとは違う風に姉ちゃんを見れる。姉ちゃんも、きっとアンタの事を信頼してる」
「……つまりはあれか、メリダスの捜索なんか止めておけって事か?」
「……本心を言えばそうかもしれない。でもこれはあくまでオレの気持ちだし、バグスが決めた事に無理は言えない」
ガタリと席を立つラトラ。空になった皿をテーブルの端に置き、彼女は自身の部屋へと歩き出す。彼女が踏みしめた床が、僅かに軋んだ音を立てる。
「でもこれだけは覚えてて欲しいんだ。下手な選択をすれば、多分姉ちゃんはまた心を病んだあの頃に戻ってしまうって」
そう言い残し去って行く彼女の背中を、俺は引き止めなかった。いや、引き止めることが出来なかった。今の彼女らに対し、事情をあまりに知らない部外者である俺が掛けられる言葉は何一つ無いからだ。
テーブルに残された朝食。一人で食べきるには多すぎるその分量を見て、俺はボソリと呟く。
「でも、俺は困ってる人を助けなきゃいけないんだ」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、静かな空間にやけに響いた。
その様子を、ドアの隙間から精霊が見ていたとも知らずに。
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