彼は勝者になりまして
「……ふ、フハハハハハハハ!!! 面白い、実に面白いぞ貴様! 予想もしなかった時に、予想もしなかったことを仕出かしてくれる! ああ、たまらなく面白い!」
精霊の笑い声が洞窟に響く。フェルグスの姿を借りたまま、耳障りな高笑いを上げていた。
先ほどまで煌々と輝いていた大魔法は既に影も形もない。光源は元々存在した松明のみになり、僅かに洞窟の暗闇を照らしだしている。
だが、俺の体から溢れ出る焔がそんな事実を気にもさせない。軽く腕を振るうと、その軌跡をなぞるように火の粉が散らされる。
問題ない。これなら、いける。
「さあ、我にその力を見せて……ゴハッ!?」
未だに高笑いを上げていた精霊へ、ブーストをかけて一気に接近。先程までとは比べ物にならない出力のせいか、掛かる時間はまさに一瞬だった。
勢いのまま膝を思い切り腹の辺りへと潜り込ませる。人としての姿を取っている為か、はたまた奴が極大魔法の焔を取り込んだからか。先程まで通じなかったはずの物理攻撃が精霊の腹へと突き刺さり、くの字となった精霊の体は岩壁へと吹き飛ばされる。
だが敵もさるもの、吹き飛ばされた岩壁にはクレーターのようなヒビが入っているものの、空中で態勢を整えたのか岩壁に足を付いている。
高速になった思考の元、敵の動きがスローモーに映る。これが『ハイ』になるということか。ゆっくりと力を蓄え
次の瞬間、一気に飛び出して来る精霊。本性が抑えきれなくなっているのか、体の端々から炎が漏れている。
だがーーその恨みがましい顔をしている限り、俺が躊躇する事はない。例えこれが代償行為なのだとしても、この怒りは本物だから。
「オオオオオッ!!」
洞窟に響く、激しい炸裂音。精霊の飛び掛かってくるコースから身を捻り、爆発を利用して攻撃を躱す。
不意打ちの如き一撃を避けられたのは予想外だったのか、驚愕に歪む
「吹っ飛……べ!!!」
ーー全力の蹴りをぶち込んだ。
爆発によるブーストも利用した、渾身の一撃。これまでに無いほど、最高の振り抜きだった。
二度に続く痛打には耐えられなかったか、今度は受け身を取ることも叶わず洞窟の天井へと叩きつけられる精霊。
だが、これで終わりでは無い。俺はアルス・ノヴァで回収した分の焔を右腕だけに纏い、一点にエネルギーを集中させる。
「く、クハハハハハ!! 炎の精霊である我に、簒奪した焔で対抗するか! 良いぞ、来い! 貴様の一撃、この一身で受け止めよう!」
「チッ、戦闘狂がーー」
だが、所詮自分は人間、一方相手は精霊だ。時間を掛けて不利になるのはこちらの方である。奴の考え通りになるのは癪だが、一気呵成に攻め立てるより他ないのだ。
先程までの巨大な火球が、今やビー玉ほどのサイズとなって自身の手の中に現れる。だが、その程度の大きさと侮るなかれ、威力は先程の呪文と全く変わりない。
そして、それだけの威力を一点に込めると何が起こるか。
「これで終わらせるーー」
答えは簡単。圧縮された事による、莫大な破壊力の増幅だ。
「ーー縮・
瞬間。
世界が、弾け飛んだ。
「いっつつ……ちょっと、やり過ぎたかもな……」
瓦礫の散らばる中、痛む全身を堪えつつ俺は辺りの様子を伺う。
上を見上げると、そこにはぽっかりと空いた大穴が。日光が差し込んでいるせいで、先程まで暗かった洞窟内は今では随分と明るくなってしまっている。
原因は明らかだ。先程の全力を込めたアルス・ノヴァの一撃。あれが精霊ごと天井を吹き飛ばしたのだろう。見れば天井どころか、遥か彼方に浮かんでいる雲すらも円形に穴が空いているでは無いか。
賭けに買ったから良いものの、あれが自分に直撃していたらと考えると思わず身が震える。
「おーい、バグス無事かー!?」
「バグスさーん!」
ふと、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。ラトラとサウリールの声だ。全身の痛みに耐えながら、広間の出口へと向かう。
二人は戦闘の余波が届かないところにいたようで、格好には傷一つ付いていない。彼女らは俺の姿を認めると、明るい顔をして駆け寄ってきた。
「バグスさん、大丈夫ですか!? ああ、こんな傷だらけになって……」
「見た目程に酷くはない。この程度のケガなら、旅で何回も味わった。精々全身が痛むくらいだ……つつ」
「重症じゃないですか! あまり動かないで、安静にして下さい! 直ぐに薬草を取ってこないと!」
「お、オレ家から取ってくるよ!」
そう言ったラトラは、引き止める間も無くその場を飛び出していく。本当にこの位ならば二時間も放っておけば何とかなるのだが……。
まあ、彼女達の好意を無下にするのも難だ。有り難く受け取らせて貰おうと、差し出されたサウリールの肩を借りる。
ゆっくりと移動した俺は、岩壁に背をもたれる。
「っと、悪いな。助かった」
「いえ……それよりも、貴方が無事で良かったです」
サウリールの純粋な安堵の言葉。そういえば、こうして心から他人に心配を掛けられるのはいつぶりだっただろうか。
旅を初めて最初の内は仲間からそう思われることもあったが、足手纏いという認識になってから心配よりも『またこいつか』という冷たい視線に変わっていくのを感じていた。
充足を求めて勇者パーティーに入り、そのパーティーを抜けてからこんな所で充足を味わう事になるとは、全く人生は分からない物である。
そう考えていると、急に目の前の獣人が掛け替えのない者に見えてくる。居てもたってもいられなくて、俺はゆっくりと彼女の頭に手を伸ばした。
「……あ」
「悪いな、心配掛けて」
わしゃわしゃとサウリールの滑らかな髪を撫でる。
シルクか何かでも撫でているかのような、そんな感触だ。時折手に当たるフワリとした物は、彼女の耳だろう。この絶妙な感覚が、俺のささくれ立った心を撫で付ける。
十秒か、十分か。そんなことをして暫く経った頃。
「……あ、あのう」
いつまでも撫でていられそうな気がしていたが、彼女の声により意識が引き戻される。自身がやってしまったことを理解すると、俺は慌てて手を引き戻した。
「あ、そそそ、その、すまん……汚い手で触ってしまった」
「そ、そんな事!……その、悪い気はしなかったって言いますか……嫌いじゃないって言いますか……もっとして欲しいと言いますか……」
顔を赤くしてあたふたとするサウリール。言葉の最後の方は尻切れになってよく聞き取れなかったが、聞くも恥ずかしい事が言われていたのだろう。
きっと俺の顔も夕暮れの如く赤くなっている。顔に篭った熱からして間違いない。
若干気まずい空気が俺たちの間に広がった時、洞窟内に唐突に声が響いた。
『……全く、黙って見ていれば貴様ら生娘に童貞か。甘酸っぱくてもう黙ってもおられんわ!』
「き、きむっ……!?」
「どど、童貞ちゃうわ!!」
嘘だ。反射的に答えてしまったが童貞である。
俺たちの目の前に、再び炎の精霊が現れる。すでにフェルグスの姿は取っておらず、最初に見た火球の姿となっている。が、先程まで浮かべていた明らかな敵意は既に無い。
『我を倒した勇士がこんな姿を晒すとは……良いか、英雄とは色を好む者。女子の一人や二人、ちょちょいと手篭めに出来ずしてどうする! 他の精霊が許しても、この我は許さんぞ!』
「だ、誰と関係持とうが俺の勝手だろ! いきなり出てきただけのお前に関係なんか無い!」
『いいや、あるから言っておるのだよ』
負けを認めているというのにこの態度。どうやら上から目線だったのは生来の物らしい。いや、精霊に生という概念があるのかは知らないが。
しかし、一体何をしに来たのだろうか。戦意がないということは、もう俺に用はないはず。
「へぇ? 俺とお前に戦う以外の関係性があるのか? なら是非とも教えてもらいたいんだが」
『ああ、単純な話だよ。ほら、手を出せ』
言われるがままに右手を差し伸べる。身体を人としての形に変えた精霊は、そこに同じく右手を重ねて来た。
次の瞬間、ぐいと体が引っ張られる感覚。疲れ切った体では抵抗出来ぬまま、精霊の元へと倒れ込む。
そしてーー
「ーー!!? !!!!!?」
『ん、むぅ……』
「な、ななななな……」
ーー俺は、精霊と口付けさせられていた。
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