彼は祠に入り込み




「ここが精霊の祠……偉大なる炎の精霊様が祀られている場所です」



村の外れにポツンと設けられた洞窟。閑散としていて、どこか静謐な雰囲気に包まれている場所にそれはあった。


横で歩いていたラトラも、村で見せていた好奇心やら何やらはすっかりと鳴りを潜め、今では緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。かく言う俺も、雰囲気に釣られ若干顔が引き締まる感覚を覚えた。



「ふーむ、随分と厳重に守られているんだな。確かにこれじゃあ中に入れそうもない」



幾重にも重なった注連縄が洞窟の入り口を塞いでいる。叩いて感触を確かめるに、随分と分厚く作られているようだ。生半可な攻撃では押し通れないだろう。


人の手で作られた為か、所々隙間が空いているのを確認できる。とはいえ、人一人分もない極小さな隙間だ。これでは腕一本で詰まってしまう。



「ラトラ、体縮めればこれ通れたりしない?」


「お、オレがそんな小ちゃく見えるってのか! これでも成長してる最中なんだぞ!」



つい反応してガウガウと吠え立ててくるラトラだったが、ここが神聖な場所だと思い出したのかすぐに気まずそうな顔で口を噤む。


これでは張り合いというか、弄り甲斐が無い。彼女をからかうのは後でも良いだろう。そう考え、改めて洞窟へと向き直る。


見るだけでも良いとは言ったが、ここまで来たからには何がしかの対価が欲しいところである。何とかして中に入る事は出来ないだろうか?


そんな俺の考えを見透かしたのか、サウリールは首を振る。



「この洞窟の入り口は此処だけですよ。他に出入り出来る様な場所は有りません。そもそも、精霊様の眠りを妨げるのは許されることでは無いのですよ」


「眠りねぇ……」



正直に言えば胡散臭い。精霊が何かした事など見たことが無いし、そもそも御伽噺でしか目にした事がない存在だ。こうまで秘匿されると、そもそも実在しているのかという事すら疑問になってくる。


まあ、その点で言えば神も同じか。スキルは神からの恩寵と言われているが、実の所神を見た訳でもない。単に教会のでっち上げという説も考えられる。


……いや、流石にこんな事を考えているとドツボに嵌りそうだ。やめておこう。



「……注連縄の材質は藁、か」


「……あの、くれぐれも燃やさないで下さいよ?」


「や、やだなぁ。そんな失礼な事する訳ないだろ? ただ単純に材質に興味を持っただけさ」



一瞬浮かんで来た邪念を、サウリールが瞬時に読み取り窘めてくる。思わず動揺した俺は、やや噛み噛みとなって返答してしまった。


彼女らの胡乱気な視線を背中に受け、若干冷や汗を掻きつつも注連縄の様子を改めて確認する。



「駄目だ、押し入るのがダメとなると何も案が思いつかない。大人しく戻るか……」


「何で最初に浮かぶのが物騒な案なんだよ……」


「それはな、俺がそういう感じの旅を送ってきたからだ」


「どんな旅だよ!?」



ラトラと戯れつつ、その場を離れようとする俺達。


だが、変化はその直後に訪れた。



「……あん?」



チリ、と肌を撫でる熱気。何事かと思い、風の吹いてきた方角を見やる。


熱気の出所は、洞窟。一体何が、と疑問にも思ったのも束の間、次の瞬間には一際強い熱気が俺達を襲った。



「熱っ!?」


「キャッ!」


「ぐっ!?」



慌てて顔面を両腕で庇う。俺の能力は炎を操れるとはいえ、熱気には無力だ。下手に吸い込んだりすれば、気管支が焼け爛れるかも知れない。どうする事も出来ず、波が去るのを待つ。


やがて熱気が収まった頃に、漸く目を開く事が可能となる。



「二人とも、無事か?」


「あ、ああ……」


「今のは一体……あ!」



サウリールが声を上げつつ指差したのは、洞窟の方向。釣られてそちらを見ると、想像だにしなかった光景が広がっていた。



「縄が、消えている……?」



先程まで厳重に引かれていた注連縄が、今や跡形もなく消え去っている。いや、よく見ると辺りには真っ黒な燃え滓が散らばっている。



「バグスさん、もしかして……」


「オマエ、いくら入りたいからってこれは……」


「ちょ、俺のせいじゃ無いから! 流石にいくら俺でも許可無しに押し入ったりはしないから!」


「許可あれば押し入るのかよ!」



勿論、俺がこんな事をした覚えはない。という事は、この熱風が燃やし尽くしたのか? だとすれば、俺たちは何故無傷? そして、この熱風の出所は?


疑問は尽きないが、兎にも角にも目の前にぽっかりと口を開けた洞窟を探索する方が先決だ。俺は未だ熱気を感じる洞窟へと一歩足を踏み出した。



「ちょ、バグス行くのかよ!? 流石に危ないんじゃないか!?」


「当然だろ。俺達を誘うように都合よく入り口が開いたんだ、入るのが礼儀ってもんだよ。それともあれか? ラトラはここに残るか?」


「あ、あそこにいつまでも残ってたら入り口壊した犯人として疑われちゃうだろ! オレも行く!」


「ふう、本当は行って欲しくないんですけれど状況が状況ですわね。二人とも、危なくなったら引くって約束して頂戴」


「「りょーかーい」」


「……著しく不安だわ」











洞窟はシンプルな一本道で、然程迷うような要素は無かった。だが、奥に行けば行くほど熱気は強まっており、それが先へ進む事を難しくしていた。


熱気は乾燥している為、そこまで激しく汗は出ない。だが、あまりの熱さに呼吸もし辛くなっており、非常に苦しい。ラトラもサウリールも、見るからに体力を消耗している。


もう引き返そうか、そんな弱気な考えが脳裏に浮かんだ時、長く続いた一本道が終わりやや開けた空間に出る。



『……来たか。我と同じ、炎を操る者よ』


「……あん?」


「これは……」


「あ、熱い……」



頭に直接響くようなハスキーボイス。ついに熱で頭がやられたかと思うも、どうやら二人にも聞こえていたようでそれぞれの反応を示している。いや、ラトラは舌を出してげんなりとしているだけだが。というか熱くて舌を出すのは犬だろう。


そんなヘトヘトになっている俺たちの様子を見て察したのか、頭の声は再度声をかけてくる。



『ああ、そう言えば人の子は熱に弱いのだったな。三百年ぶりの邂逅ですっかり忘れていたよ。ほれ』



指を鳴らす音が響いたかと思うと、一瞬で辺りに充満していた熱気が消え去った。


漸く吸えたまともな空気に、漸く一息をつける俺達。打って変わって感じるのは、洞窟特有のひんやりとした空気だ。



『我が起床した際の欠伸のようなものだ。悪気は無い、許せ』


「……さっきから一方的に話しかけて来やがって。姿を見せたらどうなんだ?」


『おっと、確かに失礼だったかな』



ーー瞬間、目の前に現れる炎の塊。それは洞窟を煌々と照らし出し、自らの存在をこれでもかと主張する。


確証はない。だが、俺は半ば確信を持って相手の名前を呼んだ。



「ーー炎の精霊、か」


『如何にも。この私こそ全ての炎を統べる存在。この洞窟で長い微睡みを繰り返していたが、珍しい存在の気配を感じ取った物でな。こうして叩き起こされた所よ』



背後のラトラ達は、目の前の火の玉が精霊だと認めた瞬間息を呑む。おそらく相手の神聖な気配に畏れを抱いているのだろう。自分達の信仰している対象だ、無理もない。



『……ふむ、我を前にして柳眉一つ動かさないとは珍しい。其方、随分と豪胆よな?』


「あー、生憎アンタみたいな雰囲気を出す奴と出会うのは珍しくなくてな。一々心の底から畏まってる余裕は無いわけよ」


『ほう? 中々に面白い旅路を歩んで来たようだな。結構な事だ』



くつくつと笑う炎の精霊。だが、俺は警戒を解く事が出来ない。大抵こういった上位存在は、自身の気まぐれだけでロクでもないことを引き起こすからだ。



「それで、その珍しい存在とやらを洞窟に引き込んでおいて、アンタは何がしたいんだ? 生憎と手持ちの金は少ないからな、カツアゲなら程々で頼むぜ」


『カツアゲ、というのが何かは分からぬが、我が求めているのはただ一つのみーーそれは、闘争である』



やはりか、と思わず口からため息が漏れた。こういった武人然とした雰囲気を醸す奴は、大抵腕試しに余念がないのだ。旅で得る事が出来た数少ない知見である。


と、漸くショックから復帰したのかサウリールが背後から頭を垂れながら声を上げる。



「お、お待ち下さい! 御言葉ですが、人の身と精霊様が争い合うのはーー」


『黙れ。貴様に発言など許していない』


「キャァッ!」


「う、うわぁっ!?」



瞬間、俺とサウリールらの間から立ち昇る炎。炎の壁の向こうからサウリール達の悲鳴が響く。



「サウリール、ラトラ! テメェ、何しやがる!」


『黙れ。貴様の相手は我だ。故に、貴様が見て良いのも我のみ。他なる有象無象を気にかけ、我との一時に

無粋な横槍が入る事は許さん』


「チッ……話の通じねぇ奴だな! 唐突なラブコールは嫌いじゃ無いが、時と場所を弁えろよ!」



戦わなければ、この場から解放される事はない。精霊の執着に辟易とするも、俺はここから逃れる為に仕方無く構えをとった。

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