彼は色々と勘違いされ




 窓から差し込んでくる光の明るさで、俺の意識はゆっくりと浮上する。



「……朝か……」



 少しばかりの仮眠をと思ったのだが、どうやら思った以上に疲労がたまっていたらしい。思えば、勇者パーティーに参加してから随分と野宿続きだった。ここまでゆっくりとベッドで寝ることが出来たのは何時ぶりだろうか。


 ベッドから身を起こし、手早く身支度を整える。薬のおかげか、先日の腹の痛みはすっかり引いているようだ。軽くなった体を動かしながら、俺は部屋を出る。



「あら、お早うございます」


「あっ……フン」



 既にラトラ達は朝食を取っているようで、食卓にはいくつか皿が並べられている。


俺の姿を見たサウリールは笑顔で挨拶をするも、ラトラにはそっぽを向かれてしまう。態度を見るに、一夜明けても未だ彼女の機嫌は直っていないようだ。



「その様子を見ると、よく眠れたみたいですね。ささ、とりあえず此方に」


「ああ、ありがとう」



サウリールに促されるまま、ラトラと彼女の間の席に座らされてしまう。


俺が隣に座った瞬間、ラトラの耳がピクリと反応した様な気がするが、それきりだ。再び朝食を口に運ぶ作業に戻ってしまう。


現時点での対話は難しいかと判断した俺は、諦めてサウリールへと話しかけた。



「昨日はどうも。お陰で久し振りにぐっすり眠ることが出来ました」


「いえいえ、大したもてなしも出来ませんで……あのベッド、固かったんじゃないでしょうか?」


「はは、地面に比べれば羽毛みたいなモンですよ」


「あら……色々と事情があるみたいね。取り敢えず朝食をどうぞ」



テーブルの上に並んだ皿を見やる。サラダに冷製スープ、そして生肉……。朝食としてはあまり見慣れないラインナップだ。


というより、生肉に至っては食えない。そういった調理の仕方もあると風の噂で聞いた事はあるが、それにしても生肉をそのまま食えと出される訳ではないだろう。


この見慣れぬ土地で食あたりなど起こせば、どうなるかわからない。病院も無い土地だ。手持ちの薬が効かなければ、最悪死もあり得るだろう。


失礼だが、サウリールに言って加熱してもらうかと考えチラリと彼女を見る。見られたことに気づいたサウリールは、不思議そうに小首を傾げた。



「あら、どうしたのですか?」


「……あー、ちょっと失礼しますよ」



まあ、わざわざ言って手間を掛けさせるまでも無い。肉を一切れつまみ、その下に右手を構える。この程度の薄さなら大した火力は必要無いだろう。


ポッ、と音を立てて手の中に火の玉が形成される。その瞬間、両隣からけたたましい悲鳴が響いた。



「キャッ!?」


「お、おわっ!?」


「え?」



肉から目を離すと、両隣に座っていたはずの二人が距離を取り、少し離れた場所で此方を見ている。


何か驚かす様なことをしてしまったのか。改めて自身を確認するも、特に可笑しいと思えるような点は無い。



「そそそそそ、それってもしかして、お前!?」


「? こいつがどうかしたのか?」



ラトラが震えながら指差したのは、俺の手の中に浮かぶ炎。特に珍しい物でもなく、火力が強い訳でもない。所詮肉が焼ける程度のものだ。


この程度の炎ならばいくらでも出すことが出来る。手の中の炎を二つ三つと増やしてみると、面白い様にラトラが動揺している。


もしかして、炎の存在自体に驚いているのか? 確かに台所を見ても、炎を使う様な設備は見当たらない。だとすれば、スープが冷製だったり、肉が生なのも頷ける。



「あー、驚かせたのなら悪かったよ。旅の都合上、焼き加減とかは自分で調節しなきゃならなかったから習慣になっててな」


「……もしかして、貴方は精霊様の子孫なのでしょうか?」


「精霊様?」



この大陸が精霊大陸と呼ばれているのは知っているが、その精霊と何か関係があるのだろうか。おずおずと問いかけてきたサウリールに、俺は質問を返す。



「はい。精霊様の子孫は精霊様の力を受け継ぎ、様々な能力を操ることが出来ると言われています。特にこの集落には、火の精霊様を祀る祠があるのです。現在残っている子孫は長老様とその息子だけになってしまいましたが、炎を扱えるのならばもしや……」



なるほど、俺達が神を信仰するように、この大陸では精霊を信仰しているのか。


ただ、彼女の疑問は残念ながらハズレだ。彼女らは獣人、俺は人間。それに一度も精霊大陸に訪れた事はない。直系の子孫だとすればこれは明らかに可笑しいだろう。



「悪いが、俺はそんな大層なものじゃ無い。ただ炎を扱える、ただの一般人だ。それに炎なんてそこらで作れるじゃ無いか」


「そんな! 炎を作り出せるのは精霊様と精霊様の子孫、そして時折空から降ってくる雷のみですよ! 私達のような一介の村人が出来ることではありません」


「火打ち石と火種、それと少々の努力があれば誰でも作れる。買い被りすぎだ」



俺は炎を消し、肉を皿に置くと、懐から簡易的な火付けセットを取り出す。これは荷物を手当たり次第に纏めていた時に間違えて入れてしまった物だが、正直俺には必要無い為これまで使われずに腐っていた。


彼女らの前に皿を置き、その上に藁で出来た火種を置く。



「道具だけでも火をつける事は十分に可能だ。こうやって……」



カキン、カキンと火打ち石に打ち金を何度も打ち合わせる。暫くすると火花が散り始め、漸く火種へとわずかに点火する。


息を何度か吹き込み、その作業を続けると火種がついに燃え始める。これでようやく作業終了となる。


見た目以上の重労働から流れ出た汗を拭い、改めて前を見ると、二人は興味津々に燃え盛る火種を見つめている。先ほどの驚きや怯えは何処へやら、近すぎて心配になるほどだ。



「とまあ、少々時間はかかるがそう難しくは無い。料理に生活に何でもござれ、炎は役に立つぞ?」


「な、なあ! これ、オレでも出来るのか!?」



目を輝かせながら俺に問いかけてからラトラ。彼女の中で先程までの確執は既に吹き飛んだのだろう、実に喜ばしい事だ。



「もちろん出来るとも。ほれ、こいつをやろう」


「い、良いのか? これ、高いんじゃ無いのか?」


「ああ、昨日の詫びだ。それに、俺には必要ないものだからな」



火付けセットを全てラトラに渡す。そこそこ値は張るが、これ一つで彼女の機嫌が取れるなら安いものだ。


それに、元は勇者パーティーの物。俺の懐は全く痛まない為問題ない。火付けセットが無い以上、火をつける際は魔法を使わねばならないだろうが……まあいいか。自分を追い出したパーティーの心配をするほど俺は優しく無いのである。


打ちあわせると火花が散る様子に、ラトラ達はビックリしつつも楽しんでいるようだ。このまま微笑ましい光景を見るのも良いが、それよりも先程の話で一つ気になる事が生じていた。



「サウリール、少しいいか?」


「こんな簡単に火が作れるなんて……あ、はい。何でしょう?」


「さっき火の精霊の祠があるって聞いたが……ちょっとそいつが気になってな」



火の精霊。恐らく精霊大陸がそう呼ばれる所以となったであろう存在。同じ炎を操る者として、気にならない訳が無い。


それにその子孫である長老達も気になる。これでも炎の扱いに関しては一家言ある身。精霊大陸の炎使いのレベルも見ておきたい所だ。



「精霊様の祠ですか……入り口までは行く事が出来るのですが、それ以降は立ち入りが禁じられています。その為、内情を知っているのは長老とその息子のみなのです」


「成る程ね……その二人が精霊を独占してるって訳か」



炎を操れるからといって、一般の村人に火の扱い方を教授しないというのは少し気にかかる。何がしかの理由で教えて無いようにしているのではないか、そんな邪推をしてしまう程に。



「入り口迄でもいい。後で案内してもらいたいんだがいいか?」


「はい、わかりました。では取り敢えず……」



サウリールが振り向いた先には、火打ち石を打ち付け過ぎて再び火種に火が付き、若干慌てているラトラが。何とか息を吹いて消そうとしているが恐らく逆効果だろう。


こんな穏やかな時間を送ったのはいつぶりだろうか。ラトラを宥め、一緒に火を消すサウリールを見ながら、俺は皿の上に置いてあったサラダを一つ摘んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る