3◆襲撃
月光に照らされた密林上空を運行していた輸送機が高度を落とす。室内に生じた気圧の変化がアッシュを悪い夢から引き離した。
貨物室は殺風景で、彼の他にはもうひとりしかいない。
アサルトライフルで武装したウッドだ。全身をアッシュと同タイプの戦闘服で包み、背にはバックバックを背負っている。
アッシュはスノーの部下になるために条件を出した。
それはゲリラ兵に捕らわれ、いまも人質とされているだろう妹――シュルヴァを救いだすことだった。
アッシュがスノー暗殺という無謀で場違いな作戦を受けたのも彼女を盾にとられたからである。
約束では依頼の正否に関わらずゲリラから解放されることになっていた。
だがゲリラが少年兵との約束を律儀に守るとは到底思えない。故に彼は、自らの生還に一縷の望みをみいだしていたのだ。
結果として、予定とは大幅に違う展開になっていたが。
アッシュはレーションをかじりながら、新たに用意された装備を点検していく。
折られたナイフも新品を与えられたが、以前使用していたものと同系統の魔法が付与されている。銃はそのまま返却されたが、銃弾は普通の魔術処理が施されたもので、
窓の外では次第に密林が濃くなっていく。
「んじゃ、そろそろ降りますか」
ゲリラのアジトを襲撃するのにたったふたりとは正気の沙汰ではない。にもかかわらずウッドに気負った様子はない。
「まだ遠いよ。それにパラシュートは?」
「アッくんてばアホの子ねぇ、ゲリラのアジトを急襲しようってのに、近くまでノコノコ飛んでったら警戒されるでしょ。男の子なら頑張って走りなさい」
ウッドはそう告げると輸送機のハッチを開け、彼を蹴り落とした。
続いて自分も暗い密林の中へと愛銃とともに飛び降りる。
◆
夜の闇にまぎれてゲリラのアジトを目指すアッシュとウッド。土地勘のあるアッシュが人狼化して先行する。アジト周辺に張られた罠はスノーのビルに用意したものと比べれば子供だましに等しい。彼らの進軍を妨げるには質も量も不足していた。
相手は反政府組織の旗を掲げてこそいるが、実際には主義など持たない無法者たちの集まりでしかない。盗賊仕事をしたり、傭兵として他国の紛争に乗り出したりもするが、それらはボスであるヒュールズの気分で行われ、彼の私兵と言っても差し支えない。
ウッドは木に登ると双眼鏡でアジトの様子を探る。そして相手の警戒が薄いことを確認すると、懐から自ら調合した秘薬を取り出した。
「ネームルサラムーン、七人目の魔女の友人よ、かのものたちに眠りの棘を……
誘眠効果のある秘薬が魔法に乗せられ散布される。するとほとんどのゲリラが抵抗なく眠りに落ちた。夜間故に不自然さはなく、それを深く気にする者はいなかった。
広範囲ゆえ、すべてのゲリラを眠らせることはできないが、これにより潜入の難易度は大幅に低下する。
闇に紛れるアッシュとウッドは、時に眠り損ねたゲリラと遭遇するが、それを騒がせることなく
ウッドは気軽に動いているようでその所作に無駄がなかった。その手際の良さにアッシュは舌を巻く。彼が本気で警護していたなら、自分はスノーのもとまでたどり着けなかっただろう。そんな予感すらおぼえていた。
「急ぐわよ」
「わかってる」
目的の地下牢に到着し踏み込んだ彼らだが、シュルヴァを見つけることはできなかった。
「どういうことだ?」
「解放された……ってわけじゃないわよね?」
動揺するアッシュを余所に、あたりを冷静に検分するウッド。
汚れた小部屋には質素な衣類が残されている。捕らわれの娘がこの時間に席を外すとはありえない。
――アッシュを従僕させるために生かされていた娘が牢にない。それが示すことはなんだ?
ウッドは思考を巡らすも、答えを見つけるには情報が足りなすぎた。
「くそっ」
一刻も早くシルヴァを探し出そうとアッシュは部屋を飛びだそうとする。
「ちょいまちっ、がむしゃらにアジト全部を探す気? 連れて行かれる先に心当たりは?」
ウッドの言葉にわずかながらに平静になる。
幼くも容姿のよいシュルヴァを狙う輩は少なくない。これまではアッシュが抑止力になりそれらを防いでいたが、彼は帰らぬ仕事へと送りだされた。それを機に蛮行に及ぶものがいても不思議ではない。
だが部屋で襲わず、わざわざ目立つ銀髪のシュルヴァを牢の外に連れ出す理由はなにか。それに思い当たるとアッシュの顔色が変わった。ウッドに断りもせず闇に駆けだす。
身を隠すことを忘却したアッシュは目立ち、すぐにゲリラに発見される。
銃声が響いてしまえば、もう隠密行動は意味をなさない。
手にしたコンバットナイフで出くわしたゲリラを切り裂くアッシュ。ウッドもそれを援護するが、動きだしたアッシュは速かった。
「ちょっとどこに行くっていうのよ、教えなさいよ」
「急がないとまずい」
アッシュが目指したのは近隣からさらってきた娘に暴行する為の部屋だ。その部屋に連れ込まれた者はただ暴行受けるだけではすまない。歴戦の戦士すら眉をひそめる暴行を受け、活動費の足しにとその一部始終を録画され裏サイトで売りさばかれるのだ。
ヒュールズはかつてよりシュルヴァの銀髪を誉めていた。だとすれば連れていかれた可能性がもっとも高い部屋はそこだった。
アッシュは敷地内にある一番大きな建物に押し入ると、中で待機していた警備を瞬時に蹴散らす。
階段を見つけると、最上階までいっきに駆け上がり扉に手をかける。
「シュルヴァ!」
人狼の力でがむしゃらに引かれた扉はひしゃげ、内に秘めた狂気を少年の瞳に解禁した。
それはまごうなき地獄絵図だった。
後かたづけを考慮して敷かれた広大なブルーシート。その上には血塗れの
「あああああああああぁぁぁぁ――――――っ!!!!」
変わり果てた妹の姿にアッシュが絶叫する。
切り離された腕を玩具に遊んでいた男が振り返る。そして獣化したアッシュの姿をみるとその顔を青ざめさせた。
アッシュは絶叫とともに駆け寄ると、勢いに任せに男の顔面を殴りつけその首をへし折った。
続けて逃げようとしたもうひとり男を背後から蹴りつける。カメラとともに転がった相手に馬乗りになると、拳をハンマーのように叩きつける。男はすぐに生き絶えたが怒りに飲み込まれたアッシュはそれに気づかず、顔面が陥没するほどそれを繰り返した。
錯乱するアッシュをウッドが銃床でなぐりつけて命じる。
「アッシュ、遊んでる暇はないとっとここを占領してこい」
「こいつらはシュルヴァを、シュルヴァを!!」
ウッドは泣きじゃくるアッシュの胸元を掴むと脅すように言い聞かせる。
「もう一度は言わねぇ、急いでここを占拠してこい。誰にも治療の邪魔をさせるなっ」
「!?」
そこで少年の瞳に正気が戻った。
すかさずシュルヴァの姿を確認すると、惨い仕打ちを受けたにも関わらず、薄い胸部はわずかに動いている。
「まだ息はある、助けられるかもしれん」
ウッドは緊急治療キットを用意しながらアッシュに命じる。
アッシュはその命令に従った。滂沱の涙を流したまま階下へと駆け下り、憎しみの業火でその場にいたゲリラたちを焼き殺す。
ウッドはアッシュの降りていったのを確認するとライフルで、一部始終を写していたカメラを打ち抜きため息をつく。
暴行されたシュルヴァの顔は涙と唾液で汚れていたが、大量の薬物を投与された彼女は微笑を浮かべていた。大量注入されたドラッグで脳が破壊されているのだ。これによりショック死を防ぎ、お楽しみを長引かせるためである。切り落とされた四肢は、その前にハンマーで砕かれロクに形を残してはいない。
――ベルトを外せばこれ以上苦しませないであげられるわね。
この状態でなお生き延びているのは、半分とはいえ強靱な生命力を持つ獣人の血が強く影響している。それでも生死の境界ギリギリを曖昧にたゆたっていて、少女が元の姿を取り戻すのは絶望的だ。
この場に来て初めてウッドは葛藤する。
少女を生かすことが、本当に当人たちのためになるのだろうかと。
アッシュをこの場から追い出したのは彼に『選択』をさせないためだ。
妹を『生かす』『生かさない』どちらを選んでも、彼は残りの人生を後悔しながら過ごすことになる。あるいは銃口を自ら咥え、引き金を引くかもしれない。
だから年長者である彼が引き受けたのだ。わずかにでも少年の背負うものを軽くするために。
「まったく、ヘビーな展開になっちゃったわね」
ウッドは深く葛藤すると、幼い少年の代わりに少女の未来を選択した。
怪物《フリークス》どもは地獄にて笑う HiroSAMA @HiroEX
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